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美術館の学芸員を目指す人へ

今年度学芸員になったばかりのひよっこ学芸員が語るには、題が重すぎるという気もするのですが。

ここ最近、年度末にさしかかって学芸員の募集の案内をたびたび目にするなか、少しでも学芸員を目指す人の役に立てるならと思い、筆を執ることにしました。

ベテラン学芸員さんだからこそ書けることもあれば、最近受験したばかりの私だからこそ書けることもあるかもしれない、と思って。

学芸員試験を間近に控えている方向けの話もしつつ、将来美術館で働いてみたいなとぼんやり思っている方たちに向けてのお話もします。




1 そもそも学芸員って何?

学芸員は、美術館・博物館などの教育機関で働く専門職員です。

美術館の学芸員をしていると言うと、展示室で監視や解説をしている人?と聞かれることがありますが、それはたいていの場合は監視員や解説員と呼ばれる別の職です(学芸員も、解説会のときなどに展示室で解説をすることもあります)。

美術館で働く学芸員は、作品の調査・保存管理、展覧会の企画・実施、ワークショップなど教育普及系の事業の企画・実施などを担います。それぞれの専門に分かれている館もありますが、それらの業務のすべてを担当することも多く、その業務の幅広さから「雑芸員」と揶揄されることもあります(学芸員が自虐的にそう自称することも多い)。

学芸員といってもいろいろあって、歴史系の博物館で働く人や、動物園や水族館、天文台で働く人、埋蔵文化財の調査をする人などもいるのですが、今回の記事では、主に美術館で働く学芸員についてお話しします。


2 美術館の学芸員になるためには何を勉強すればいいの?

大きく分けると2つのルートがあります。

①美学や美術史について、文系の大学で学ぶルート。
②美術教育や作品の修復について、美大(あるいは教育大)で学ぶルート。

応募条件によってどちらかを指定していることもあれば、どちらでもいいとしているところもあります。

ただ全体的に見ると、学芸員としては、①を応募条件として課している館が多いかなと思います。いまの私のように、①のルートの学芸員が、教育普及事業を担当することもあります。

②のルートを通った美術教育の専門家を置きたい場合であっても、②のルートから新しく採用するのではなく、学校の美術の先生を異動させてそのポジションに充てることも多いです。

だからといって、①のほうがいいというわけではなくて、②で美術教育や専門的技術を学ぶからこそできることもあるので、どのルートを選択するかは結局のところ自分がなにを専門としたいのかによります。


3 学芸員にはなかなかなれないって言われているけど、本当?

「学芸員は、狭き門」というのは、学芸員を目指す人のあいだで通説になっています。

学芸員資格をとるための講義でもたびたび言われますし、博物館学の参考書にもたいていそう書いてあります。

たしかに、それは嘘ではありません。美術館の学芸員は、基本的にはポストに空きが出たときにしか募集されませんが、それでもなりたい人はたくさんいるので、ひとたび募集が出れば、たいてい数十倍の倍率になります。

でも、「狭き門」という言葉で、だれかの夢をつぶしたくないな、と私は思います。

数十倍の倍率だとしても、「該当者なし」ということはほとんどないので、必ずだれかが勝ち抜いています。

地域を限定してしまうと、年に数度、あるいは数年に一度しかチャンスがないかもしれませんが、地域を広げれば、そのぶんチャンスも増えます。

正職員にこだわらずに、非正規の職員としての経験を積んでから正職員を目指す方法もあります。

別の職業に就きながら、学芸員になる夢をあきらめずに学芸員になった人も知っています。

狭く見える門もいろんな通り方があります。

なりたい人が必ずなれるわけではありませんが、挑戦する前にあきらめるのはもったいない、と私は言いたいです。

4 学芸員になるのに、学歴フィルターって存在する?

結論から言うと、あるともないとも言えません。

偏差値だけで学芸員としての素質をはかることはできません。

ただ、少し厳しいことを言うと、勉強が好きではない人には、あまり向いていない仕事かもしれません。

なので、学歴だけで決まるわけではありませんが、一般企業や公務員の他の職種よりも、学歴や学校での成績、研究成果を重視されていると思います。私の知る学芸員は、旧帝大、早慶などのいわゆる難関大を出ている人が多いというのも事実です。

私自身は「どの大学で学んだか」よりも、「何をどう学んだのか」のほうが大事だと思いますが、それを判断するのはなかなか難しいことかもしれません。

語学試験のスコアをとっておいたり、学会での発表をしたりするなど、自分の学習意欲や研究成果を客観的に示せるものがあるといいですね。

学部よりも修士で大学のランクを上げるというのも、研究意欲を示すという意味では、ある程度有効なのではないかと思います。

5 修士課程や博士課程は出ておいたほうがいいの?

この問いには、私は「はい」と答えます。
少なくとも修士号はもっていたほうがいいと思います。

学部を卒業して立派に学芸員をなさっている方ももちろんいますが。

ただ、「修士以上」を学芸員になるための条件に出している館は多いですし、それにはそれなりの理由があると思います。

学部でも、ある程度の研究手法は身に着けられますが、修士になると講義を受けることよりもむしろ自分の研究がメインになって、学会での発表なども経験できます。

学芸員になっても、大学で学んだ専門分野をそのまま研究しつづけられることは稀で、自分の専門とは異なる分野を担当することも多いですが、それでも、ひとつのことを研究してきた経験は学芸員として仕事をしていく際の自信になります。

6 学芸員になるためには日頃どんな勉強をしたらいいの?

私は、美術史を学んできた学芸員なので、美大系の学芸員さんはまた少し違うと思いますが、美術史系の学芸員が学んでおくといいものを箇条書きにしてみます。

・自分の専門分野の研究
何よりもまずはこれ。自分の専門分野に明るくなると、必然的にその分野周辺にも明るくなります。

・専門分野以外の美術史関連知識
自分の専門だけでなく、他の分野の展覧会に行ったり、あらゆる分野の書籍を読んだり、学生だったら自分の専門以外の授業もとっておいたほうがいいです。学芸員試験のためでもありますが、その後学芸員になってからも、いろんな展覧会を担当することになるので。

・博物館学の知識
学芸員資格をとるためには、単位をとればいいですが、しっかり学んでおくと学芸員になってからも役立ちます。
それと、学芸員を本気で目指す人は、博物館実習を就職試験の一環だと思って臨んでください。学生が思っているよりも、学芸員は学生のことをしっかり見ていますよ。

・語学力
どんな仕事でもそうでしょうけれど、語学はできるにこしたことはないですね。

・文章力
文章を書く機会の多い仕事なので、試験の際も、論文試験が課されることが多いです。日頃から展覧会評を書いたり、美術解説を書いたりしておくといいと思います。noteに書くのもいい練習になりますね。
そして、できれば先輩や先生に添削してもらってください。文章力を磨くのには、自分より文章の上手な人に添削してもらうのが一番の近道だと思います。

・Adobeソフト(Illustrator・Photoshop)の扱い方
ときどき学芸員の応募条件に入っていることもあります。学生用のプランがあったり、学校のパソコンに入っていたりするので、基本的な使い方を学んでおくといいと思います。

7 学芸員試験直前の対策は?

私は、こんなことをしていました、という一例です。

・受ける美術館に行く
自分が受けようとするところに行かない人はたぶんいないと思いますが、2回は行きましょう。
行って確認すべきポイントは、大きく言えば、その美術館の良い点と改善すべき点。良い点は、志望動機として伝えられます。改善すべき点は、自分が採用されたらこんなことをしてみたいと語る際に使えます(そこで働く人が面接してくれることが多いので伝え方には気をつけて)。

・チェックポイントの例
□平日、休日の客層
□展示室での来館者の反応
□講演会やギャラリートークの様子
□どんな教育普及事業やイベントを開催しているのか
□どんな展示の工夫がなされているか
□どうすればもっと来館者を増やせそうか

・受ける美術館以外の美術館に行く
受験する館の良いところや改善すべき点を見つけるための比較対象にもなりますし、受験したい美術館と似たようなコレクションをもつ館に行けばコレクションに対する知識を深めることもできます。
書籍で学ぶよりも、直前だからこそ、実際に見に行ったほうが、言葉に説得力が生まれると思います。実物の魅力を物語るのが美術館学芸員の大事な仕事ですしね。

・美術館の発行している年報や研究紀要を読む
ネットで公開している館もありますが、美術館や所在地の図書館に行けば読むことができると思います。美術館の事業や、研究内容がわかるので、一度は見ておくといいと思います。

・美術館のホームぺージやSNSをチェックする
最新の情報が手に入るかもしれません。若手職員は、広報の担い手として期待されていることも多いので、チェックしておくといいでしょう。

・美術館の所属する機関についても調べておく
美術館の学芸員であっても、自治体(や企業)の一職員です。
自治体であれば、最低でも自治体の首長の名前、その首長が推進している政策、自治体の抱える課題などは言えるようにしておきましょう。
ちなみに、私は面接で、自治体の首長の名前を問われました。

・美術館関係の法律やニュースをチェックしておく
博物館法の改正とか、科博のクラファンの例などは面接でも話題に上りそうですね。

・1分、3分、5分の自己アピール・志望動機を考えておく
事前に、〇分と定められている場合は、きっちりその時間内に収まるように何度も練習して仕上げておきましょう。
定められていない場合も、頻出の質問なので、答えられるようにしておくと安心です。

・試験の際には前泊
すぐ近くの試験会場なら自宅からでいいですが、ある程度距離がある場合は、前泊しておくと心に余裕がもてます。

8 学芸員面接で心がけることは?

ここまでは、採用する側の立場になったことがなくとも、ある程度語れるのですが、面接官になったことはないので、面接ではどういうポイントを見ているのか、正直なところわかりません。

知識が本当に身についているのかどうか、論理的に話ができるかどうか、といったポイントも見ているとは思うのですが、結局のところ「一緒に気持ちよく仕事ができるかどうか」を見ているのではないかと私は思います。

私は、面接を受けるときにいつも心掛けていることがあるので、それをお伝えします。

それは、「面接官に感謝のきもちをしっかり伝えること」。

受験者はもちろん緊張していますが、何人も面接しなければいけない面接官も、相当疲れていると思います(実際、パートさんの面接があった日、上司はぐったりしていました)。

面接をはじめるときには、名前とともに「本日はこのような機会をいただけましたことを本当にうれしく思います。どうぞよろしくお願いします。」などと、面接官の顔を一人一人見ながら笑顔で言いました。終わりのあいさつのときも、「本日の面接を経て、皆さんと働きたいという気持ちがますます大きくなりました。本日は貴重なお時間をとっていただきありがとうございました」などと私はいつも言っています。
そのくらいはみんな言っていることかもしれませんが、面接官は今後一緒に働く可能性のある人だということを忘れずに、丁寧に質問に答えましょう。

頻出の質問もチェックしてきましょう。
□志望動機(どうしてこの美術館なのか、どうして学芸員になりたいのか)
□美術館でどんな展覧会をしてみたいか
□どんな教育普及事業をやってみたいか
□自分の研究内容は(わかりやすく説明する)
□自分の学んできたことを、美術館でどのように活かせるか
□自分の強みは
□自分の弱みは
□学芸員(あるいは公務員)に求められることは何だと思うか
□最近印象に残っている展覧会は
□この館のコレクションで好きな作品は
□どうしたら、来館者が増えると思うか
□学芸員になって、何を目指すのか


9 学芸員に向いている人ってどんな人?

自戒を込めつつ語ります。

・研究が好きな人
・難しいことをかみ砕いて説明できる人
・努力を惜しまない人
・アイデア豊富な人
・いろんなことにアンテナを向けられる人
このあたりは、言わずもがな、かと思います。

・コミュニケーション能力のある人
基本的には裏方の仕事が多いですが、美術館関係者や、業者の方々、来館者と接する機会もたくさんあります。小さい子からお年寄りまで、幅広い世代の方々と接します。講演会など、人前で話す機会も多いです。研究だけしていればいい職業ではありません。
私自身も、もっと先輩方のように気配りのできる人になりたいなと思っています。

・スケジュール管理・マルチタスクのできる人
業務が多岐にわたるので、それをこなせる力が必要ですね。
先輩方を見ていると、いわゆる地頭がいい人たちだな、と感じることが多いです。物事を先回りして考えられるというか。生まれついたものなのかもしれませんが、私もそうなりたいです。

・熱意のある人
最初に挙げたものとも重なりますが。
一見冷めているようで、語り出すと熱くなる人、が多いような気がします。
どうせ雑芸員ですよと自嘲しつつも、みんな学芸員としてのプライドをもっています。

10 最後に、私自身の話も少し

最後に、私がどのようにして学芸員になったのかも少しだけお話しておきます(私の経験を知ることで、私のバイアスも見えてくるかと思うので)。

私自身は、一度学部を卒業してすぐに、地元で学芸員になりましたが、一年半ほどで辞めています。詳細は省略しますが、職場が求めていたものに自分がなれなかったこと、職場で人材を育成する余裕がなかったこと、職場の実情をよく知らなかったことなど、さまざまな要因が重なって、心身ともに病んでしまいました。

それでも、もう一度学芸員になりたいという夢が捨てきれずに、博物館で非常勤の職員として働いたのち、大学院に入り直し、修士論文を書きつつ、美術館で学芸員補を勤めます。その後、結婚して引っ越した先で、美術館の学芸員の募集があり、応募しました。
もうすぐその美術館で働きはじめて一年になります。

色々この記事では偉そうに語っているように思われたかもしれませんが、私自身はまったく立派な学芸員ではありません。学芸員になったのも、29歳になってからです。
学芸員になってからも、毎日先輩方に迷惑をかけまくっていますし。
学芸員としての素質を見込まれたというよりも、学芸員になりたい気持ちに同情されたんじゃないかとも思います。

ただ、遠回りしたことで得た経験、見えてきた景色もあって、全部無駄じゃなかったと、いま振り返ってみて、思えます。
たくさんの人に迷惑と心配をかけましたけれど。

学芸員になるまで何度も諦めかけましたが、いまは諦めなくてよかった、と心から思っています。

とはいえ、学芸員になるという夢を抱えている人も、学芸員になるだけがすべてではありません。

たとえ学芸員にならなかったとしても、学芸員になるために学んだことは、人生のさまざまな場面で生きてくるのではないかと思います。

学芸員になりたいという夢のために頑張る時間は、きっと無駄にはなりません。


学芸員を目指す人の背中を、少しでも押すことができたなら幸いです。


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