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想いがあふれたバレンタインデーの夜

これは、彼と私が付き合う前の話。



彼と出会ったのは、9年前。

私は、大学の新入生で、サークルの勧誘を受けていた。

このサークルに入ろうかなとほぼ決めていたとき、彼はふらっと部室に現れた。
フルートパートに入りたいんですと言ったら、ぼくがパートリーダーだよと言って、自己紹介をしてくれた。

でも、「この部活よりもいいサークルあるよ。」と言いながら、別のサークルの紹介をしてくる。

わたしのことが気に入らないのかなと思っていると、
「ぼくも転部したいんだ。一緒に別のサークルに行こうよ」と言い出す。

いやいや、さっきあなたパートリーダーって名乗っていましたよねと、私が訝しんでいると、
「でも、このサークルにどうしても入りたいんだったら、仕方ないね。ぼくも残るよ。今度、パートのみんなと一緒にご飯を食べに行こうね。」
と言って、彼はいたずらっぽく笑った。

サークルに入ってほしいのか、入ってほしくないのかよくわからなかったが、この人がちょっと変な人だということはわかった。


私と彼は、そんなふうに出会った。

私が、このちょっと変な人を好きになるのは、ずっと後のお話。


私が1年生のとき、彼は、3年生だった。
私が所属していたサークルは、3年生でサークルを引退する。

私と彼がサークルで一緒に活動していたのは、1年だけだった。

その1年間には、特になんの進展もなかった。


彼は、最後の演奏会で、数々のソロをこなし、みんなから褒められていた。

調子に乗った彼は、演奏会の打ち上げで、
「みんなかっこいいですねって言ってくれたのに、だれも好きですって言ってくれない」と嘆いていた。

私は、そんな彼を白い目で見ていた。


でも、彼のことを嫌いではなかった。
「嫌いではない」というよりも、「憎めない」というほうが正しい。
いろいろ無茶ぶりをさせられるのに、憎めなかった。

こんなことがあった。

私が通学に使っていた電車の終電が21時だったので、私はシンデレラより3時間も早く帰宅しなければならかった。
そのため、サークルの打ち上げはほとんど欠席していた。

みんな終電だからといえばすぐに納得してくれたのに、彼はそれでも打ち上げに誘ってきた。

「なんでももこちゃんは、打ち上げに出ないの?」
「終電が9時なので。」
「ふーん、じゃあぼくも打ち上げ行くのやーめた。」
と言って、私を困らせる。

「いや、先輩は行かない理由がないですよね。」
「ももこちゃんが行かないなら、ぼくも行かない」と彼は譲らない。

一応断っておくと、このとき、彼は、私に気があったわけではない。ただ私が困っているのを面白がっているのである。

私が、どうやってこの人を黙らせようかと考えていると、
「終電が9時でも、Yちゃん(私の一つ学年が上の女の先輩)の家に泊まらせてもらったらいいじゃん。」と余計な提案をしてくる。

私は、打ち上げのために誰かの家に泊まらせてもらうなんて、図々しいことをしたくなかったが、彼が一歩も譲らないので、仕方なくY先輩にお願いしてみた。

そうしたら、殊のほか、Y先輩が喜んでくれた。
一緒に打ち上げに出るの、初めてだね、と言って。(Y先輩は天使のような先輩だった)
それをみて、彼は、してやったりみたいな顔をしていたので、その顔に私はちょっとイラっとした。
でも、そのおかげで、私ははじめて打ち上げに参加できたし、Y先輩と仲良くなれた。


彼は、誰にでもそういう態度をとっていたので、私も特に彼を意識することはなかった。


そもそも、私はあまり男性が好きではなかった。
中高は女の子ばかりだったし、女の子はかわいいし、男の子はかわいくないと思っていた。


でも、彼はちょっとかわいかった。
犬がいると近寄って、飼い主さんに撫でてもいいですかと断って、犬に触れていた。
彼自身が仔犬みたいな人だった。
彼は、私の家で飼っている柴犬に似ていた。
誰にでもなつっこくて、いつもにこにこ楽しそうにしている。

悪口を言わないし、だれにでも優しい。

ほかの男子が品のない話をしていても、そういうノリに流されなかった。
品のない話をつづける人がいると、聞かなくていいからねと言って別の話をしてくれた。

そんな彼は、「女子会」にも呼ばれていた。
しかも、女子会の幹事を任されていることもあった。
私はそれって屈辱的ではないのかなと思っていたが、彼は気にしないどころか楽しんでいた。

彼はあまり男として見られていなかったと思う。

みんな彼の魅力に気づかなければいいと私は思っていた。


たぶん、先に好きになったのは、私だ。
でも、私はそれまで恋をしたことがなかったから、好きという感情がよくわからなかった。


彼がクリスマスイブに行われた演奏会を最後に、サークルを引退してから、彼に会うことはほとんどなくなった。


でも、バレンタインデーの日、たまたま同じバスに彼が乗っていた。

彼は、「バレンタイン残念会」に向かうところだった。
男友達と飲み会をするのだという。
でも、残念会はキャンセルして、ももこちゃんとごはん食べに行こうかな~と彼は冗談めかして言った。
私が、いいですね、と答えると、彼はちょっと驚いていた。
「行きたいなぁ。どこ行く?うーん、でも、待って。残念会キャンセルして、後輩の女の子とごはんに行ったら、友達いなくなりそうだからなぁ。また今度にするね。」
と言い残して、残念会に向かった。

本当に残念会に向かったのかな、ほかの子とデートだったりして、と思いながら帰宅すると、彼から残念会の写真がメッセージとともに送られてきた。

「みんなじめじめしてるよ。やっぱり、ももこちゃんとごはん行けばよかった」




私は、そのバレンタインの日に会って以来、たまに彼とごはんやおやつを食べに行くようになった。


ときは巡って、次の年の2月。

私は、2月が誕生日なので、彼が誕生日祝いをしてくれることになった。

いつなら空いてますかと聞くと、2月14日しか空いてないというので、2月14日に会うことになった。

2月14日という日にちは、どうしたって意識してしまう。

でも、彼は、私を意識しているようには思えなかった。
彼にとって、私はただの後輩の女の子だった。

けれど、私は、ガトーショコラを焼いた。
手作りって、重いかな。
好きでもない子からもらうのは、怖いかも。
と思いつつ、ガトーショコラ好きって言っていたし、私の得意なケーキなので、思い切って手作りした。

告白するつもりはなかった。
ただ、会ってくれる御礼に渡せたらいいと思っていた。

その日は、ジャズコンサートを聴いて、イタリアンレストランで誕生日を祝ってもらった。

コンサートは、席が近くて、ちょっと緊張した。

少し寒いなと思っていると、彼がコートを貸してくれた。
これって、傍からみたら、カップルに見えるんじゃないかなと思って私はどきどきしていたけれど、彼にとってはなんでもないことのようだった。

レストランで食事をしていたとき、サークルの話になった。
それは、私のサークルの先輩の話だった。
私にとって一つ年上のT先輩は、彼にとっては一つ年下の後輩だった。

私は、T先輩からそのふた月前に告白されていた。
でも、断った。
T先輩が私を好きになってくれたのはうれしかったし、私は異性にモテるわけではないから、もうこの先誰にも好きになってもらうことなんてないかもしれないと思った。
それでも、断ったのは、彼のことが頭にあったから。

それなのに、彼は、なぜかT先輩のことを私に薦めてくる。
私も、T先輩も、彼にとっては、かわいい後輩なのだ。
それに、彼はみんなのいいところをみつけるところが得意だから、T先輩のいいところをたくさん話してくる。

彼は、悪いことをしているわけじゃない。
でも、どうしようもなく苦しかった。

私は、この目の前にいる人のことが好きなんだと、そのときようやく認められた。

好きな人に、別の男の人を薦められる。

最悪のバレンタインデーだ。

なんて残酷なことをするんだろう、このひとは。

なんて鈍感なんだろう。恋心に気づかないなんてと思った。
(先程までの自分のことは棚に上げている)


やさしいって、残酷だ。



帰り道、彼は駅まで私を送ってくれた。

私は、だんだんと腹が立ってきた。

バレンタインに呼び出しておいて。
ケーキだって、作ってきたのに。

いやいや、彼は、ただ誕生日を祝ってくれようとしていたんだ、彼に悪気はないんだと思いながらも、ふつふつとこみ上げる怒りは収まらなかった。

私は、カバンから、焼いてきたガトーショコラの包みを取り出して、彼に渡した。
彼は、きょとんとしていた。

「本当は、好きですっていいながら、渡そうと思っていたんですけど…」
と言いかけて、言葉が続かず、私は彼に包みを押し付けて、そのまま改札に向かおうとした。

私は、こんなにも、かわいくない告白があるだろうかと猛烈に後悔していた。
一刻でも早くその場を立ち去りたかった。

彼は、状況を飲み込めなくて、慌てていた。

「待って、待って。」
と彼は、私を引き留める。









さーて、そこから、どうなったのかは、ご想像にお任せします。笑

さすがに、書いていて、だんだん恥ずかしくなってきました。


私は、彼と付き合って、もうすぐ7年目になりますとだけ言っておきましょう。
もうすぐ7年目ということは、バレンタインデーに付き合ったわけではないんですね。

ホワイトデーに付き合ったのか。

それとも、もっと先だったのか。

彼は、私のことをいつ好きになったのか。

それは、秘密です。


今回のお話は、この企画にあわせて書きました。
ホワイトデーエピソードor泣ける思い出というテーマでしたが、ちょっとどっちにもあてはまらないかな。

まあ、思い出話だし、ホワイトデーもちょっとかすっているし、ということで許してください。

私の記事には、読んだ方が泣きましたとコメントしてくださる記事が割と多くあるので、泣きたい方はそちらの記事をご参照ください。(そういう記事は、たいてい私も泣きながら書いています。)


高校生の頃、「恋って付き合う前が楽しいんだよ」と言っている友達がいて、恋をしたことのない私は、ふーん、そういうものなのかぁと思っていました。

でも、私は、付き合ってからも、同じくらい楽しいです。

付き合うようになってからは、会うための口実がいらなくなって、
ただ「会いたい」と言えば、会えることに感動していました。

けれど、付き合う前の、会う口実を一生懸命考えていた頃も、なんだか甘酸っぱくていい思い出ですね。




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