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ricetta1 美術館を心から楽しむーArt saryo物語—


Art saryoーアート茶寮ーへようこそ

Art saryoは、
本日noteにオープンしたばかりの架空のお店です

いつ、どこからでも訪ねられるように
私のお店の扉はいつも開いています

中庭からやわらかな日の光が降り注ぐ窓辺の席
昼間でも夜のようなソファー席
図書館のような本棚の前の席
店主と会話を楽しむカウンター

どうぞお気に入りの席を見つけてください

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ricetta

このお店で提供するのは、「ricetta-リチェッタ-」です。

ricettaは、イタリア語で「処方箋、治療法、レシピ」を表す言葉です。
英語のprescriptionとrecipeの意味を併せ持つ言葉といったらよいでしょうか。
Art saryo は、生きていくうえでお守りになるようなArtを処方する場にしたいので、ricettaという言葉は、私が作りたいものにとても近いと思うのです。

まだ人生経験も知識も浅いですが、心を込めて、訪れてくださった方の心に寄り添えるようなricettaを書きたいと思います。


はじめてのricetta

前回、このArt saryoというお店の構想を告知した際に、温かなコメントをたくさんいただきました。その中で、このお店に入るのに、美術の知識がなくても大丈夫ですか?というご質問をいただきました。

その質問を受けて、美術を楽しむにあたって、何かが壁になっているのではないかと感じました。

私が西洋美術史を専攻していると話すと、素敵だねと言ってくれる方が多いのですが、多くの方が「私は知識がないけれど」とか「ちょっと私には難しいけれど」と前置きをなさるのです。日本人らしい奥ゆかしさ、もしくは、専門的に学んでいる人への敬意もあるのでしょうが、それだけでは片付けられないような、美術に対するコンプレックスのようなものを感じることもありました。そのたびに、少し歯痒い気持ちになっていました。今回は、そんな美術を楽しむための基本のricettaを紹介した上で、次回以降のricettaでは美術作品のお話に入っていきたいと思いました。(ちなみに、次回は「眠れない夜のためのricetta」を予定しています。)


美術の鑑賞

美術の鑑賞というと、どんなものをイメージするでしょうか。

美術作品の鑑賞というと、なんとなく知的な意見を言わなければならないと思ってはいませんか。日曜美術館のコメンテーターのように。

私自身も、専門外の作品を前に意見を求められたときには、知識がないから、難しいから、わからないから、と逃げたくなることもあります。

でも、美術って、本当はもっと開かれたものだと思うのです。

いいえ、もっとはっきりと、私は言い切りたいです。

美術のことなんてさっぱりわからなくても、知識がなくても、美術を楽しんでいいんです。

美術を楽しむにあたって、まずは、美術館の楽しみ方を紹介したいと思います。私自身は、いろんな美術館の楽しみ方があってよいと思うのですが、どんなふうに楽しんでもいいんだよ、と言われると逆にどうしてよいのかわからなくなってしまうこともありますよね。今回は、美術館を楽しむためのricettaとして、私がどのように美術館を楽しんでいるのか、いくつか紹介したいと思います。


ー美術館を楽しむためのricettaー

①美術館のショップやカフェを利用する 

美術館のショップやカフェっておしゃれなお店が多いですよね。美術作品なんて、よくわからないやという方は、まずは美術館のショップやカフェを利用してみてはいかがでしょうか。

最近作られた美術館は、オープンスペースといって、入館料を払わなくても、利用できるスペースを設けているところが多いです。美術館の庭を散歩する、美術館でちょっとコーヒーを飲むといったように、家や学校・職場以外のサードプレイス(=日常の延長でありながら、ほんのり非日常を感じる場)として生活の中に取り入れることもできます。

そんなの美術館の本来の使い方じゃない!と思う方もいるかもしれませんが、私は、「美術は心を豊かにしてくれるもの」、「美術館はそのことに気づかせてくれる場所」と考えています。なので、美術館を訪れた人が来る前とちょっと違う気分になれたら、それだけで美術館を楽しめていると思うのです。


②美術館の建築を見る

美術館の建築ってとてもかっこいいですよね。ただの箱じゃなくて、街と人と作品をつなぐ、その建築自体が一つの作品と言ってもよいかもしれません。建築でかっこいい写真を撮るのもいいですし、建築をじっくりとみつめて、建築がどんな風に街と人と作品をつなげているのか考察してみるのも楽しいです。

その空間に身をおいて、全身でその空間を味わいます。そうすると、街の景観に美術館の建物は馴染んでいるのか、それとも浮き出ているのか、窓によって景観をどんな風に切り取っているのか、展示室までのプロムナードがどんな風に人々を展示室まで導いているのかといったことが見えてきます。

そして、自分にとって、どんな場所が心地よいのか考えるきっかけにもなると思います。


③美術作品の題名を見ないで、勝手に題名をつける

展示室の中での楽しみ方もいくつか紹介しましょう。私は美術館で作品を見るとき、まずは題名を見ずにタイトルを考えます。

当たることは稀です。でも、なんの絵だろう?という疑問を投げかけながら作品を見ると、受け身な見方ではなく能動的に作品を見られるような気がします。一緒に行った人とゲームのように推測しあうのも面白いです。そして、一見難しそうな神話主題や宗教主題の作品も、その主題が表現しようとしているものは、知識がなくても感じ取れるものかもしれません。想像した題名は、実際の題名とは異なっているとしても、絵画から感じたことまで間違っているわけではありません。あなたがそう感じたなら、それは一つの正解かもしれません。

そのうえで、やっぱりどういうことを意味しているのか知りたいと思ったら、それを探す手段はたくさんあります。美術館には図書館が付属していますし、美術作品に関するたくさんの書籍が出版されています。おすすめの書籍を最後に載せておきます。


④完成された作品から、制作過程を想像してみる

絵画作品なら、絵の表面を「想像の筆」でなぞってみます。どんなふうに筆を動かしたんだろう、どんな風に絵具を重ねているんだろう、と思い浮かべます。これは写真だと難しいですが、作品の絵具の厚みや筆遣いを間近で見られる、美術館だからこそできることです。絵を描く人なら、こうしているうちに制作意欲が沸き起こってくるかもしれませんね。私にも描けそうだな、と描き方が想像ができることもあれば、こんなのどうやって描いたんだろう?と想像できないこともあるかもしれません。

そして、どうしてこの色をここに置いたんだろう、どうしてこんな筆遣いをしているんだろうと、次々疑問が生じてきます。疑問が生じたのに、その答えが見つからないともやもやしますよね。でも、その「もやもや」って、本当はすごく大事なものだと思うのです。今は、わからないことがあれば、スマホでさっと調べられる時代ですね。でも、美術作品についての情報って、インターネットだと結構限られています。特に日本語だけで調べようとするのは困難です。なので、もやもやを解決しようと思ったら、本を繰りながら、推測していくか、外国語を駆使して検索をかけます。なんだ、やっぱり美術って難しいじゃん…と思うかもしれませんね。

そう、もやもやを解決するのって本当は難しいことだと思うのです。そのうえ、そうやって苦労して探しても、明確な答えが見つからないこともあります。

今は、すぐに答えを知ってすっきりした感覚を味わうことに重点が置かれているような気がしますが、私は考えるというプロセス自体の方が大切だと思うのです。考えること自体が面倒くさい、休みの日くらいは休ませてほしいという方もいるでしょう。でも、美術をめぐって考えたことは、意外とその後の暮らしの中で生きてきます。

次回以降は、美術がどうやって暮らしの中で生きるのか、お伝えしていきたいと思っているので、ぜひ次回以降のricetta も読んでみてくださいね。


⑤隣り合う作品を意識する

これをやり始めて、美術の鑑賞がぐんと面白くなりました。
たとえば、下の図を見てみてください。
どんな違いがあるでしょうか。

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この二つは、ほんの少ししか違わないのですが、メッセージは明らかに異なります。上は、全ての作品を均一に並べていますが、下は、a|bcという区切りを感じますね。

作品を近くで見た後は、その作品の展示室での置かれ方を考えてみると、展示の意図が見えてきます。展示室に入って一番初めに目に入る作品には何を選んでいるのか、または、どうしてこれらの作品を並べて展示しているのか、ということを意識しながら展示室を歩いてみてください。

展示室は後戻りできないところもありますが、多くの場合は、逆行できます。一通り作品を見たあとで、もう一度初めから展示を見てみるとまた違う発見があるかもしれません。同じ制作者の作品でまとまりをつけていたり、色彩のリズムを感じさせたり、テーマで揃えていたり、といったさまざまな展示の工夫が見えてくると思います。


⑥小さな美術館を作る

最後に、美術館から帰ってきた後の楽しみ方を紹介します。

私は、展覧会を見たあとに、ポストカードを買うことが多いです。けれど、美術館を巡っているとかなりの数のポストカードがたまってきます。それをポストカード入れにしまって、自分だけの画集を作るのも楽しいのですが、ときどきポストカードを展示する「小さな美術館」をつくってみることもあります。

「小さな美術館」には、3つのポストカード用のフレームを用意します(100円ショップで買えます)。それらを壁や棚の上において、そのときの気分に合わせて展示替えします。季節に合わせたり、同じ作家でまとめたり、テーマでそろえたりします。3つ以下でも以上でももちろん構わないのですが、1つ2つだと、ポストカードはサイズが小さいので、少し寂しいような気がしますし、多すぎるとテーマをそろえるのが難しくて展示替えするのが面倒になってしまうので、はじめは3つがおすすめです。

自分で展示してみると、たった3つの作品を展示するだけなのに、バランスをとるのがとても難しいことに気づきます。でも、満足のいく展示になると達成感がありますし、小さな美術館を見るたびに美術館の思い出がふわっと蘇ってきたり、新たな発見があったりして楽しいです。



これで今回のricettaはおしまいです。


はじめてのricettaはどうだったでしょうか。

ついつい熱く語りすぎてしまいました。長くて読みづらかったかもしれませんね。

それでも、Art saryoを訪れてくださった方が、美術館って楽しそうだなと少しでも思っていただけたら、とても嬉しいです。

ほかにも、私はこんなふうに美術を楽しんでいるよというアイディアや、美術・美術館についてこんなことが知りたいという要望などございましたら、お気軽にコメントしてください。すぐにはお答えできないかもしれませんが、勉強させていただきたいと思います。


次回からは、美術作品そのものも登場させたいと思います。趣向も少し変えて、物語テイストにするつもりです。


最後にもっと知りたいという方のために参考文献も載せておきます。

〔美術館の楽しみ方をもっと知りたい方に〕
・藤田令伊『芸術がわからなくても美術館がすごく楽しくなる本』秀和システム、2015年
美術館の楽しみ方がわかりやすくまとまっています。巻末に著者のおすすめ美術館リストも掲載されています。

〔美術作品の基本的な見方について知りたい方に〕
・三浦篤『まなざしのレッスン1西洋伝統絵画,2西洋近現代絵画』東京大学出版会、(1)2001年、(2)2015年
読みやすい文章ですが、絵画の見方が非常に丁寧に解説されています。東大の授業がベースとなっていて、絵画作品へどのようにアプローチすべきかということを講義形式で学べます。

・ダニエル・アラス著、宮下志朗訳『なにも見ていない 名画をめぐる六つの冒険』、白水社、2002年

各章で主に1つの作品について扱いながら、誰かに話しかけたり、手紙を書くような形式で美術の見方を論じている、ちょっと異色な美術史の本。でも、この本を見たあとで、きっと誰もが本当になにも見ていなかったんだと気づかされると思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

またのお越しを心からお待ちしております。





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