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Ricetta 3 夏バテ気味のあなたにーArt Saryo物語—


最近、私はすっかり夏バテ気味です。

甘くて冷たいものしか食べたくない、そんな日がつづいています。

今回は、そんなときにぴったりなricettaを用意しました。

ricetta1と2はちょっと重めの内容でしたが、今回は軽くつまめるricettaです。最近ちょっと元気がないな、気分が重いなという方も軽い気持ちでつまんでみてください。
今回は、小説ではなく、エッセイとして綴ります。



ricetta 3 夏バテ気味のあなたに

毎日寝ているはずなのに、朝になっても疲れが取れない。そんなときは、お日さまの光を浴びたり、シャワーを浴びたり、コーヒーを淹れたりして、朝の空気を作る。

それから、コーヒーを味わいながら、音楽を聴く。本を読む。絵や映画を観る。そうして、少しずつ心と体を目覚めさせていく。

連載の初めに、美術の「び」は、びっくりの「び」と伝えたけれど、美術は生活のあちこちにある。そんな「び」を見つけると少しだけ気持ちが軽くなる。


1 絵と日常のあわいで

先日、家族と日帰り温泉に行った。朝6時くらいに家を出たー空いているうちに入るために。モダンな温泉だった。温かみのある色の石でできた、四角いお風呂は、朝日が水面に反射して、きらきらと輝いていた。その光景をみて、デイヴィッド・ホックニーの《画家の肖像(プールと二人の人物)》を思い出した。

ホックニーのこの絵を見ていると、プールに今すぐ入りたくなる。晴れた日に、冷たい水に入る気持ちよさを思い出す。今年の夏はプールに行けなかったな、と思いながら私は温泉につかっていた。本当に入りたかったのは、温泉ではなくて、プールだったかもしれない。だが、温泉の光景とホックニーの絵が重なったことで、水面のきらめきを見たり、流れる水の音を聴く幸せを思い出せたような気がする。

夏の気分が味わえる絵、見ると元気になれる絵、そんな絵を心の中に持っているだけで、世界が少しだけ今とは違って見えるかもしれない。


2 日常に潜む音楽

最近、sonicbratのアルバム『Stranger to my room』をよく聞いている。夏の思い出を、空間ごと包み込んでそのまま音楽にしたような、ノスタルジックだけど爽やかな曲の数々。

風鈴のような音から、このアルバムは始まる。

風鈴の音、ガラスの中で氷が揺れる音、風の音、鳥や虫の鳴き声、私たちの生活の中にはたくさんの美しい音が潜んでいる。

ipadから流れる美しく繊細な音楽が、日常に流れている美しい音楽に気づかせてくれる。

そして、美しい音楽が流れている空間は、それだけで美しい。見慣れている光景も、音楽に彩られると、物語の一場面になったように感じる。

疲れているときは、音楽を聴く余裕さえないこともある。
音楽を聴く時間そのものを忘れてしまう。
けれど、本当は音楽はいつも生活のそばにあって、少し耳を澄ます時間を作れば、いつでも手に入る幸せな時間だ。


3 涼しくなれる映画

映画を観るのには、絵を見たり、音楽を聴く以上に時間を使う。でも、時間をつかうからこそ没頭して、別の世界を旅したり、別の人生を経験できる。

ここでは、今の時期におすすめの涼しい気分を味わえる映画を、二つ紹介したい。

一つ目は、アンドレイ・タルコフスキー監督の『ノスタルジア』。
ストーリーは、ミニマムで、理性的にこの映画を捉えるのはちょっと難しく感じる。

動く蝋燭の炎、ピエロ・デッラ・フランチェスカの《出産の聖母》、スカートの裂け目から羽ばたく鳥たち、舞い落ちる羽根というように、はっとするほど美しいモチーフが次々と紡がれていく。

圧倒的な映像美。

私が特に美しいと感じたのは、主人公が詩集を燃やす水没した教会だ。透き通った水を辿って行き着く場所。水の音が心地よく響く。水の色、壁に繁茂する植物の色、水の反射、すべてが美しく調和している白昼夢のような光景。ひたひたと水が満ちていているこの場所は、やさしくくぐもった水の音がして、母の胎内にいるかのような安らぎがある。

この映画では、たえず水の音がしている。夏らしい映画ではないかもしれないけれど、この美しい映像を見ていたら、きっと涼やかな気分になれると思う。


もう一つおすすめするのは、溝口健二監督の『雨月物語』。

水墨画のように霧の立ち込める湖、蝋燭で妖しく照らされた日本家屋、伝統楽器の奏でる音楽、能面のような顔をもつ女など、日本的な美を追求している。

俯瞰的な視点、流れるように紡がれたカメラワークは、絵巻物のよう。ちょっとメロドラマ的な場面もあるけれど、流れるように紡がれる映像、幸せは身近なところにあるという普遍的なメッセージに心打たれた。

怪談をもとにしているが、ホラー映画のようなおどろおどろしさはないので、ホラーが苦手な私でも問題なく見られた。

それでも、背筋がぞっとするような場面はあるので、見終わった後には、きっとひんやりとした気分になれると思う。そういう「涼」を求めていない方は、見ない方がいいかもしれない。




今回のricettaは、ここまでです。最後まで読んでくださってありがとうございます。


さらりとしたricettaを心掛けたので、いつもより短いricettaになりました。(それでも2000字を超えてしまいましたが…)

いつもとはちがう夏、連日の猛暑で、ココロもカラダも疲れていることと思います。

疲れているときは、休むのがいちばんですが、なんとなく満たされない心は、ときに美術が癒してくれることもあるかもしれません。

美術は、もちろんそれ自体で価値があるものですが、美術を自分の心を癒すために「利用」することが、間違ったこと・悪いことではないと思うのです。

実生活の中に美術が浸透していったら、今以上に美術と人のすてきな関係が生まれるのではないかと、私は期待しています。