マガジンのカバー画像

(ほぼ)毎日更新ブックレビュー【ふくほん】野中幸宏選01

101
講談社BOOK倶楽部のブックレビュー「ふくほん(福本)」に掲載された野中幸宏レビュー分をまとめています。
運営しているクリエイター

2015年1月の記事一覧

確かにかつては大家族という小宇宙が私たちの周りにはあったのです──小路幸也『東京バンドワゴン』

確かにかつては大家族という小宇宙が私たちの周りにはあったのです──小路幸也『東京バンドワゴン』



古くは『七人の孫』(源氏鶏太原案)から『寺内貫太郎一家』(向田邦子脚本)、あるいは『時間ですよ』(橋田壽賀子他脚本)も加えてもいいかもしれませんが、かつてはテレビドラマに大家族ものというジャンル(?)がありました。
この小説はそんな大家族の雰囲気を思い出させるのではないかと思います。知らない人には大家族というものがどのようなものなのか考えるきっかけになるかもしれません。(この小説も少し前にテレ

もっとみる
歴史家というより優れたジャーナリストの手法を生かして日本を正面から捉え直そうとした日本論です──デイヴィッド・ピリング『日本─喪失と再起の物語』

歴史家というより優れたジャーナリストの手法を生かして日本を正面から捉え直そうとした日本論です──デイヴィッド・ピリング『日本─喪失と再起の物語』



日本人は日本論が好きだとはよく聞かれる物言いですが、それはとりもなおさず近代日本の成立、戦後日本の復興の姿には、必ずやどこかに日本独自の発展史があるように思える(信じようとしている?)からでしょう。確かに明治維新の特異性はさまざに論議され、やれ絶対王政だ、ポナパルティズム(ナポレオンですね)だ、いや半封建制だといろんな議論がかつてはありました。

もちろんそんな論議はいつも後知恵のように思えた

もっとみる
広がり続ける読書(=本)の可能性は未来への扉を開けるものです──池澤夏樹『本は、これから』

広がり続ける読書(=本)の可能性は未来への扉を開けるものです──池澤夏樹『本は、これから』



本について37人の識者が思いを綴ったものです。それぞれの方たちの本(この場合は紙の本のことです)に対する愛情がいっぱいに詰まっています。上野千鶴子さんのように「デジタル情報もアナログ情報もとうぶん併存しつづけるだろう。書物はなくならない、今度は「伝統工芸品」として」というものもあり、また、外岡秀俊さんのように「「書籍」に対する愛着が深ければ深いほど、「紙」と「電子」の違いには、こだわらざるを得

もっとみる
天命を知り己を知って生きている弥十郎には声援というより温かい言葉を掛けたくなる中年の星なのです──北重人『月芝居』

天命を知り己を知って生きている弥十郎には声援というより温かい言葉を掛けたくなる中年の星なのです──北重人『月芝居』



主人公は江戸留守居役を勤めている小日向弥十郎、年の頃は50過ぎ、立派な(?)お年寄り。この留守居役といえば諸藩の外交官のようなもので、さまざまな情報集めや、幕閣の意向、動向を知るべく慌ただしい毎日を送っています。

さて物語の時は老中・水野忠邦の治政、いわゆる天保の改革です。妖怪を異名をとった甲斐守鳥居耀蔵が町奉行の要職を務め、この二人三脚での大改革の真っ最中。この改革、奢侈の禁止と物価の統制

もっとみる
私たちの先入観や独善をすっきりと解きほぐしてくれる清涼剤──池田清彦『世間のカラクリ』

私たちの先入観や独善をすっきりと解きほぐしてくれる清涼剤──池田清彦『世間のカラクリ』



声高に論じたいわけではないけれど、少し気になり、それがずっとつづいていることは意外と多いのではないでしょうか。たとえば、気候変動は一体どうなっているのか、自然災害はふせげるのだろうか、寿命ってどうなっていくのだろうか、そして癌治療はどうなっていくのだろうかと……。

池田さんはこの本のなかで、専門の生物学に裏打ちされた知見で私たちの気になっているけどどうしていいかわからないことをやさしく解き明

もっとみる
火花散らす論戦こそが今必要なことなのかもしれません。政治哲学が不在な日本では……──小川仁志・萱野 稔人『闘うための哲学書』

火花散らす論戦こそが今必要なことなのかもしれません。政治哲学が不在な日本では……──小川仁志・萱野 稔人『闘うための哲学書』



とても挑発的な本だと思います。誰に対して挑発的なのか。萱野さん、小川さんの二人の間でもあり、読者との間でもあり、またここに取り上げられた哲学者たちへのものなのかもしれません。

哲学といってもさまざまなものがあります。哲学内でのギリシャ哲学、分析哲学などや、論理学、倫理学といったものもありますし、また政治哲学、経済哲学といったように呼ばれるものがあります。この本で対論されているのは、どちらかと

もっとみる
「抽象的な行為」に陥ってしまう人間というものが持っている悲喜劇を活写──町田康『告白』

「抽象的な行為」に陥ってしまう人間というものが持っている悲喜劇を活写──町田康『告白』



言葉と行動が一致しないというのはよくあることですが、この場合、言葉は思いと同一なのが前提でしょう。ところがこの物語の主人公・熊太郎は、思いと言葉が一致しないことに困惑しながら生きているのです。
「俺の思弁というのは出口のない建物に閉じ込められている人のようなもので建物のなかをうろつき回るしかない。つまり思いが言葉になっていないということで、俺が思っていること考えていることは村の人らには絶対に伝

もっとみる
官閥+世襲閥政治の日本にもの申す。多才な論客との討論が浮かび上がらせる今という時代──小熊英二他『真剣に話しましょう』

官閥+世襲閥政治の日本にもの申す。多才な論客との討論が浮かび上がらせる今という時代──小熊英二他『真剣に話しましょう』



「対談というからには、やはり相互のやりとりが大切だ。お互いに共通の認識や、基盤があることは重要だが、意見の違う部分を交換して、一人だけでは至れない地点に発展させるプロセスがもっと重要である。自分が対談をやるからには、そういうことをやってみたい。うなずきあいの対談では面白くないし、「人の悪口は当人の前でしか言わない」のが私の信条でもある」
という言葉通り舌鋒鋭い論を闘わせている対談というより対論

もっとみる
心の優しさがあふれているショート・ショート集。穏やかな夢の世界へ私たちを誘ってくれます──ジャンニ・ロダーリ『パパの電話を待ちながら』

心の優しさがあふれているショート・ショート集。穏やかな夢の世界へ私たちを誘ってくれます──ジャンニ・ロダーリ『パパの電話を待ちながら』



イタリアを代表する児童文学者ジャンニ・ロダーリさんのショート・ショート集です。仕事で遠くへ行った父親のビアンキさんがお話好きの愛娘のために、毎晩電話でお話をするという設定で語られた物語です。娘が受話器をしっかりと耳にあてて父親の話をじーっと聞いているシーンが浮かんでくるようなお話が一杯です。しかも(?)どうも長距離電話らしく、電話代が大変なのでショート・ショートになったということです。

子ど

もっとみる
日本近現代史を「はだか」にしていく試みが浮かび上がらせた日本の姿──池川玲子『ヌードと愛国』

日本近現代史を「はだか」にしていく試みが浮かび上がらせた日本の姿──池川玲子『ヌードと愛国』



裸だから、いろいろな〈意味〉を着せたがるということなのでしょうか……。この本はとても挑発的な日本文化史だと思います。本が挑発的であることはある種の美点だと思います。では挑発されているものはなんなのでしょう……。池川さんは七体のヌードを取り上げ、そこに現れる「『日本』をまとったヌード」という系譜を追い「日本近現代史を「はだか」にして」いきます。私たちが包み隠してきたものを明らかにしていくのです。

もっとみる
紙とデジタルは対立でなく、相互浸透、相互自立で価値を高めていくのです──高橋文夫『本の底力 ネット・ウェブ時代に本を読む』

紙とデジタルは対立でなく、相互浸透、相互自立で価値を高めていくのです──高橋文夫『本の底力 ネット・ウェブ時代に本を読む』



日に日にどころか、秒秒ごとに増え続けるデジタルデータ。それに歩みを合わせるように私たちの生活の中にデジタル機器やデジタルデータを利用したサービスが増え続けています。スマホは生活に不可欠なツールになってきていますし、タブレットや読書専用端末の普及も進んでいます。ビッグデータとも呼ばれるようなデジタルの大河、それがもたらす可能性(使い道)はつきることはないと思います。

けれど一方でデジタル化によ

もっとみる
〈能力主義〉と〈自己責任〉がもたらす落とし穴──本田由紀『もじれる社会』

〈能力主義〉と〈自己責任〉がもたらす落とし穴──本田由紀『もじれる社会』



「もじれる」というあまり聞き慣れない言葉に本田さんは「よじれる、ねじれるといった意味を持つ。しかし私は、それに加えて、もつれる、もじもじする、こじれる、じれる等々が混ざり合った、悶々とした感覚を言い表すもの」という意味を加えて使っています。(もともと本田さんのブログの名称だったそうですが)

なぜこのような「もじれ」という現象(感覚)が起きているのか、本田さんはまずその原因を「戦後日本型循環モ

もっとみる
私たちの凝り固まった精神を解き放つことを忘れてはいけないのではないでしょうか──白洲正子『西行』

私たちの凝り固まった精神を解き放つことを忘れてはいけないのではないでしょうか──白洲正子『西行』



「心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ」にふれて白洲さんは
「歌を詠むこと自体が、人間の最大の煩悩の一つであることを思えば、「心なき身」とは、ものの哀れを知ることが不十分なわが身にもと、と控えめな表現を行ったのではないか。そうかといって、特別謙遜したわけでもあるまい。心の底からそう信じて、自分の精神のいたらなさを嘆いたのだと思う」
と感じ、通説である「心なき身」というものを「もの

もっとみる
息苦しい社会を産み出しているのは誰なのか、なにが私たちを駆り立てているのだろうか──池上正樹『大人のひきこもり』

息苦しい社会を産み出しているのは誰なのか、なにが私たちを駆り立てているのだろうか──池上正樹『大人のひきこもり』



なんと息苦しい社会(現代)に私たちは生きているのでしょうか。いつの間にか自分が生き抜くことだけを考えてしまう……。それは何かに生き方を強いられる(あるいは自分でその道を選ばされてしまう)ことでもあるのだと思います。その結果、本人がどう思おうと、生き抜くことが勝ちにつながり、それは他方で負ける人たちを自然と生み出すことになります。 そこでは個人(個性)は勝つことの中に吸収され、本来の多様性を失っ

もっとみる