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私たちの先入観や独善をすっきりと解きほぐしてくれる清涼剤──池田清彦『世間のカラクリ』

声高に論じたいわけではないけれど、少し気になり、それがずっとつづいていることは意外と多いのではないでしょうか。たとえば、気候変動は一体どうなっているのか、自然災害はふせげるのだろうか、寿命ってどうなっていくのだろうか、そして癌治療はどうなっていくのだろうかと……。

池田さんはこの本のなかで、専門の生物学に裏打ちされた知見で私たちの気になっているけどどうしていいかわからないことをやさしく解き明かしてきます。そして私たちがいかに先入観や権威的なものにがんじがらめになっているのかを教えてくれています。

地球温暖化は池田さんはその議論のよってたつところの危うさを指摘してきていました。この本でも「地球は温暖化ではなくむしろ寒冷化に向かっている」と指摘し、「人間が地球気候変動をコントロールできるというのは夜郎自大な妄想に過ぎない。人間は自然の前にもっと謙虚であったほうが良いと思う」というややもすれば自分たちの力を過信しているような言動をする私たちをたしなめています。

そもそも自分自身ですらコントロールできないのが人間なのではないかと池田さんはいっているかのようです。「錯乱した殺人」を引き起こす「アモク・シンドローム」についての考察は、読むものにそのようなことを考えさせます。(このアモク・シンドロームというものは男性が多いそうです)

さらにやっかいなのは自分の倫理観のようなものを、それと気づかずに人に強いることがあることです。池田さんはツイッターで発言したことに対してきた反論にふれてこう記しています。
「あなたの道徳や倫理と私の道徳や倫理は違うわけで、どちらが正しいかを判断する基準はありません。どんな人の、道徳や倫理も他者の恣意性の権利を侵さない限り認めて、それに反する法律は作らないほうがいいというのが私の考えです」
この考え方、文章で見るとごくごく当たり前のことをいっているようにおもえますが、さてこれを実践できるかというといろいろ波風が立ちそうです。
「理念的に重要なのは民主主義は人々の恣意性の権利保護より上位の審級になることはできないことだ。ただ、このことが過半数の人々に理解されないうちは、この理念は実現されないし、それを是正すべき民主主義より上位の政治権力は存在しないという事実が、事実として残るだけである」
なかなか一筋縄ではいかない宣言だと思います。この宣言の奥深さをじっくりと考えてみる必要があるのではないでしょうか。

もちろんこれ以外でも「医者に診てもらうほうが人は早死にする」とか「安倍政権の強い姿勢は日本の安全をむしろおびやかす」など切れ味鋭い池田節が堪能できます。さらにあとひとつ岸由二慶応大学名誉教授が提唱している「流域思考」を紹介したところは、自然環境保全の新たな思考の枠組みで興味深いものです。皆さんもぜひご一読ください。(ところで岸教授を紹介するくだりで「岸の話を聞いて、この人はほんとうは政治家になれば、日本を救える逸材になったのに、とちょっと残念な気がした。安倍のような思い込みが激しい単純な頭脳の人はいちばん政治家にはむていないのである」という表現はご愛嬌ですね、池田さんらしいと思いました)

書誌:
書 名 世間のカラクリ
著 者 池田清彦
出版社 新潮社
初 版 2014年9月20日
レビュアー近況:BSで今OAされてる『華氏451』(書物を読むことが禁じられた世界を描いたSF映画)を観ながらコレを書いていますが、こんな世界だったら読書家はおろか、我々レビュアーは、本と一緒に燃やされちゃうんでしょうか……。怖。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.01.23
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=2655

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