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紙とデジタルは対立でなく、相互浸透、相互自立で価値を高めていくのです──高橋文夫『本の底力 ネット・ウェブ時代に本を読む』

日に日にどころか、秒秒ごとに増え続けるデジタルデータ。それに歩みを合わせるように私たちの生活の中にデジタル機器やデジタルデータを利用したサービスが増え続けています。スマホは生活に不可欠なツールになってきていますし、タブレットや読書専用端末の普及も進んでいます。ビッグデータとも呼ばれるようなデジタルの大河、それがもたらす可能性(使い道)はつきることはないと思います。

けれど一方でデジタル化による芳しくない影響も指摘されています。たとえば「失見当識」というものです。大量の情報の中で「自分がいま、どのような立ち位置にあり、どちらを向いているおり、これからどこに行くべきか、戸惑う」事態が生じているのです。
デジタルデータ活用の大きな要素として使われている「検索」ということの中にも利便性と同時にその落とし穴も指摘されています。覚えない(記憶しない)ようになったとはしばしばいわれますが、それだけでなく「パーソナル化」というものがもたらす陥穽があります。

一見、より利便性が高まると考えがちな「パーソナル化」ですが、それは「決して利用者自らが選び取ったものではない。あくまでもシステムによって、ビッグデータのなかから「利用者の嗜好に合致しているだろう、利用者の眼鏡にかなうだろう」と推定された内容が自動的に表出された、いわばお仕着せの中身であり、それらが優先された部分を占める」ものであり、いきすぎれば「新たな情報やデータ、知識を求めているのに対して、検索結果が利用者の性行や好みに合わせた格好にねじ曲げられ、提供される」ことにもなりかねません。このデータの「パーソナル化」のもう一つの陥穽「がセレンディピティ(偶然との出会い)の喪失」です。

さまざまな陥穽をはらみながらも進んでいく「デジタル化」の波、この不可避なデジタル化の流れの中で本(読書)がどのようになっていくのかを考えたのが高橋さんのこの本です。高橋さんは「デジタルメディアを「文明」とすれば、本や雑誌などの活字メディアは「文化」である」という視点をわたしたちに提起します。(高橋さんは印刷メディア、紙媒体の意味で活字メディアという言葉を使っています)

文明とは何でしょうか。「生活の物質的な諸条件を整え、改善していくための活動やその活動が産み出したもの、それが文明である」し「キーワードは普遍性、汎用性、定型化、一般、共通、料、一律、効率、秩序、速さなど」。
他方、文化とは「それぞれの生活と深く結びつき、意識化に根をおろした生活様式や慣習、観念、規範などが文化である。高度の学問、研究、芸術、宗教などの精神活動や、その活動が産み出した成果も文化だ」とし「キーワードは独自性、個別性、個性、特有、質、気分、雰囲気など」と定義しています。

そしてその観点からふたつのメディアの特徴をこう記しています。「誰もが利用でき、便利で重宝なことこのうえなく、効率もよいが、とかく画一的で千篇一律、あくまでも日用品(コモディティ)であり続ける「文明」のデジタルメディア」と「独自性や個別性はあるものの、コピー(複製)ひとつ作るのにも厄介で効率が悪い「文化」の活字メディア」であると。

激しい「文明」の波の中で時に自分を見失いがちになる私たちにとって、一見利便性等の「文明」から離れてしまうように思える「文化(活字メディア=本)」が改めてその価値をあらわしてくると高橋さんは記しています。その価値とは……、
「一つめは、形や重みがあり一定の秩序のもとで自己完結している「本」という存在それ自体が、データや情報が増大、拡散するデジタル時代、ウェブ時代にあっては一種のアンカー(錨)としてとりわけ意味のある存在であること。二つめは、本を手にとって読むことが「脳」の働きを活発にし、手の「皮膚」感覚にもよい刺激を与える、そしてそのようにして読書で得られた脳の充実感や皮膚の快感という印象は、本人の精神や身体にいつまでも快い記憶として残り続けること。三つめは、本に没頭し本と一体になる読書の行為というのは、あわただしいデジタル化の流れのなかで自分をもう一度見つめ直し自己をとらえ直すのに有効な手段であり、誰もが手軽に取り組める黙想や瞑想方法でもあること」
このように、高橋さんは紙の本が持つ力を見出しているのです。

そのような紙の本の底力を知ることができる読書体験はタブレットや読書専用端末の普及によってどのように変化していくのでしょうか。媒体として紙とデジタルは対立するものでなく、相互浸透、相互自立というものの中でよりその価値を認め合って行くのではないか、そのようことを考えさえる一冊でした。(この本に収録された「母と息子のiPhone利用規約書」はデジタル「文明」についてさまざまことを考えさせる一文です)

書誌: 
書 名 本の底力 ネット・ウェブ時代に本を読む 
著 者 高橋文夫 
出版社 新曜社 
初 版 2014年10月20日 
レビュアー近況: 「ふくほん」「舞台男子」などアマテラスのコンテンツが講談社BOOK倶楽部「BOOK CAFE」に引っ越します! 本日(1/15)正午オープン! 引き続き、どうぞよろしくお願いします! http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.01.15
http://blog.p-amateras.com/fukuhon/?p=2668

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