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広がり続ける読書(=本)の可能性は未来への扉を開けるものです──池澤夏樹『本は、これから』

本について37人の識者が思いを綴ったものです。それぞれの方たちの本(この場合は紙の本のことです)に対する愛情がいっぱいに詰まっています。上野千鶴子さんのように「デジタル情報もアナログ情報もとうぶん併存しつづけるだろう。書物はなくならない、今度は「伝統工芸品」として」というものもあり、また、外岡秀俊さんのように「「書籍」に対する愛着が深ければ深いほど、「紙」と「電子」の違いには、こだわらざるを得ない。共に「本」への愛情に裏打ちされているとはいえ、「紙派」と「電子派」は本来、鋭く対立している。紙がデジタルの奔流に押し流される前に、まず原点に返って自分の中の「紙派」と「電子派」の議論を白熱させること。それが本の将来を考える第一歩だと思う」という原理派までさまざまな思いがちりばめられています。

紙であれ電子であれ本というものの魅力が褪せることはないと思います。デジタル化ですべてのものが情報化され、「紙の本のもつアウラの消失」(西垣通さん)を嘆くのではなく「かつて人々は、多様な共同体のなかで、多様な価値観をもって暮らしていた。だが、いまでは個人は損得第一の「消費者」に分断され、グローバルな市場の中で、機械のようにお仕着せの役割をはたし続けているのだ。いったい電子書籍とは、そういう価値観でわれわれを徹底的に洗脳するものなのか。電子書籍が紙の本を圧倒してしまう前に、その違った活用法を見出すことは不可能なのかを私はひそかに自問するのである」(西垣通さん)

逆にいまほど私たちとって本とはなにかを問われている時はないのかもしれません。知識、情報、思考……もちろんそれらを通底するものとしての楽しさ、それがどのような(紙であれ電子端末であれ)かたちで私たちに届けられるのか、それをどのように受け止めるのか問われているのかもしれません。純然たる楽しい一時を過ごすための読書、生活のちょっとしたヒントを得る読書、世界の謎を解くための読書、知の最先端を追うような読書と、同じ一人の人のなかでも、同じ読書といっても、実はさまざまなものが(ほとんど同時に)ありのではないでしょうか。読書は文化です。もちろん変容はしていくでしょう。けれど、
「電子書籍が注目を浴び、各出版社は、電子書籍への取り組みを強化しています。ところが、これまでのところ、売れている電子書籍は、売れている電子書籍は、本の形でもベストセラーになっているものばかりという傾向が出ています。デジタル社会ではデジタルならではの売れ筋が出てくると期待していたら、そんなことはなかった。やはり人間は変わらないものなのでしょう。(略)本は不滅なのです。だからこそ、人々が「読みたい」と熱望する本を企画・制作してほしい。私は晩年、最後の最後まで、そんな本を手に取って読んでいたいと思うのです」(池上彰さん)
ということもまた確かなような気がします。紙、電子という前に文化に対する愛情とでもいうものの重要性がホントは問われているのかもしれません。
「万巻の書を読みたい」と思っている池上さんの気持ちを私たちも少しは持ってもいいのではないでしょうか。
同じことを
「本や読書の世界が電子ネットワークに引っ越しするだろうからといって、それで執筆や編集や制作や棚組みのプロセスにひそむ本質が失われるようなら、読書が終わりなのである。(略)読書世界はその本質ゆえにさらに多様な「読む森林」や「見る河川」を自身の内外に拡張していくはずなのだ。そこにはビジネスモデルの変更や革新もあろうけれど、それとともに、人類の読むことに関する全歴史の回顧と展望が折りたたまれているはずなのである」(松岡正剛さん)
という言葉にも感じました。

ところで、この本の中には書店さんや装幀家の方たち、図書館の方たちの話も収められています。本の未来に悲観的な話もあります。見知らぬ本との出会いには書店、図書館、装幀の力は大きいものだと思います。検索文化がパーソナル化し、その分便利にはなったかもしれませんが未知との遭遇は減っているのではないでしょうか。統計的なオススメではもっと豊かで多様的であるあるはずの私たちの可能性をつまんでしまうかもしれません。読書(=本)の可能性を広げること、当たり前のことですが、それいかに重要なのかを改めて考えさせる一冊でした。

書誌:
書 名 本は、これから
編 者 池澤夏樹
出版社 岩波書店
初 版 2010年11月20日
レビュアー近況:埃被ってた音楽CDを音楽ソフトに取り込む作業を業務合間、延々。数千曲(!)取り込んで意気揚々帰宅の途、曲をアップロードしていたクラウドから野中のiPhoneに4G帯でどんどこダウンロードされてしまい、一発で通信速度制限。業務ド佳境、一月最終週を乗り切る力はありません(元から)。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.01.27
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=2670

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