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天命を知り己を知って生きている弥十郎には声援というより温かい言葉を掛けたくなる中年の星なのです──北重人『月芝居』

主人公は江戸留守居役を勤めている小日向弥十郎、年の頃は50過ぎ、立派な(?)お年寄り。この留守居役といえば諸藩の外交官のようなもので、さまざまな情報集めや、幕閣の意向、動向を知るべく慌ただしい毎日を送っています。

さて物語の時は老中・水野忠邦の治政、いわゆる天保の改革です。妖怪を異名をとった甲斐守鳥居耀蔵が町奉行の要職を務め、この二人三脚での大改革の真っ最中。この改革、奢侈の禁止と物価の統制令、貨幣の改鋳等の改革を断行するが、かえって不況を招いてしまう。一方では印旛沼の開拓など新田開発にも着手するが諸大名の負担増のため効果は思ったようにははかどらないまま。それに加えて上知令という土地の強制収容ともいえる改革を断行し世情の不満はくすぶり続けていた。

そんな江戸の不安な情勢の中、弥十郎へ下った主君の命は江戸屋敷を早く見つけろというものでした。当時の江戸の土地所有権は入り交じっていて複雑なところにあったのに(くわしくはお読みになってください)、上知令を悪用した今でいえば、土地転がしのようなことすら行われていたのです。

その中で奮闘する弥十郎、いい出物があると聞けば江戸郊外まで(といってもいまの目白や白鬚橋のあたり)せっせと通い続ける日々を送っている。探し続ける弥十郎の健脚ぶりは半端ではありません。いや実に歩く歩く、北さんの筆致につられて読んでる方も江戸の街を歩いている気になってきます。(古地図片手の方がいいかもしれませんが)道だけではありません。しばしば出てくる船頭たちの姿……。江戸がいかに水の都であったかを思い浮かべさせます。今では地名でしか跡を留めていないさまざまな橋の名前に出会うたび、そうかこの道は水路だったのかと今さらながら思い浮かべてしまいます。

首尾良く主命を果たせるか、その前に立ちふさがる悪人たち、悪政にどのように立ち向かうのか、剣豪小説とはひと味ちがった弥十郎の活躍には目が離せません。なにしろかつては町道場で腕をならしたとはいえ、もはや齢50を越え、竹刀振るより口舌を振るわざるをえなくなったと自嘲気味の弥十郎、己の実力、身の丈を知りつつ一生懸命生きている。

そして土地に群がる悪と対峙する弥十郎に大きな助けになるのが元江戸町奉行の遠山金四郎たちの道場仲間、利に群がる狡知の者どもとの大勝負に向かいます。
「五十にして天命を知る」というのは孔子の言葉ですが、まさしくそんな主人公が丁寧に描かれています。

書誌:
書 名 月芝居
著 者 北重人
出版社 文藝春秋
初 版 2010年9月10日
レビュアー近況:アジア杯、日本代表は残念でした。遠藤保仁選手、これで代表キャップ(出場)が終わるのではないかというサッカージャーナリストの発言が相次いでいます。野中が生で見た天皇杯決勝や、アジア杯予選リーグ第1戦などは、素晴らしいパフォーマンスでした。トルシエ監督の下、ワールドユース準優勝メンバーで今期J1で戦うのは、僅か5人(小笠原満男選手はじめ鹿島の3人、山形の石川竜也選手、それに遠藤選手)。「ゴールデンエイジ」推しの野中、雑音を振り払う活躍をまだまだ遠藤選手に期待しています。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.01.26
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=2646

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