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確かにかつては大家族という小宇宙が私たちの周りにはあったのです──小路幸也『東京バンドワゴン』

古くは『七人の孫』(源氏鶏太原案)から『寺内貫太郎一家』(向田邦子脚本)、あるいは『時間ですよ』(橋田壽賀子他脚本)も加えてもいいかもしれませんが、かつてはテレビドラマに大家族ものというジャンル(?)がありました。
この小説はそんな大家族の雰囲気を思い出させるのではないかと思います。知らない人には大家族というものがどのようなものなのか考えるきっかけになるかもしれません。(この小説も少し前にテレビドラマ化されました)

主要な登場人物は『七人の孫』と同じく10人、とはいっても一人(?)は幽霊ですが……。舞台は明治から続くという古本屋、その屋号が『東京バンドワゴン』、奥にカフェが作られておりなかなかの賑わいを見せています。広い意味では推理小説風な味わいもありますが、それより登場人物たちの個性あふれる小気味のいい会話に裏打ちされた人情話といった風情が心地よい物語だと思います。とりわけ第1巻では「冬 愛こそすべて」にそれが強く感じられました。各巻とも四季の章に分かれ、その季節の味わいを感じさせる書き出しは心温まります。

ところで、少し気がついたのですがこの大家族小説、今までのテレビドラマの大家族ものと違うところがあるように思いました。それは、家族の中心がいないのではないか、ということです。『七人の孫』は森繁久弥の頑固じじい、『寺内貫太郎一家』も貫太郎、『時間です』は森光子のおかみさんでしょうか、それぞれの家族にどんといる中心があるということです。

もちろん『東京バンドワゴン』にも中心となるお爺ちゃん堀田勘一という存在がいるにはいるのですが、かつてのホームドラマのような中心とは違っているように感じられるのです。実際この第1巻でも物語を展開させていくのは息子の我南人だったり孫の紺、青、藍子だったりしています。

この小説を、それ以前のホームドラマと一線を画しているのはその中心が実際の(物語上で生きている)人物ではなくて、不在の幽霊にあるからではないでしょうか。語り手として幽霊(かつて生きていた人)というのはほかにもあるとは思いますが、この物語ではそれがとても生かされているように感じました。とはいってもその一方で、それが大家族というものが存在し得なくなった今というものを象徴しているだと思うのは考えすぎでしょうか。そんなことがふと頭の隅をよぎったりします。もちろんそんなことを考えることなく多彩なキャラクターの生き生きとした物語に浸るのが本筋であるのはいうまでもありませんが。

書誌:
書 名 東京バンドワゴン
著 者 小路幸也
出版社 集英社
初 版 2008年4月18日
レビュアー近況:今回のレビューを以って、プロジェクト・アマテラスでの「ふくほん」の投稿は、サイト休止に伴い終了となります。長い間、ありがとうございました。「ふくほん」は講談社BOOK倶楽部「BOOK CAFE」に移り、引き続きレビューを(ほぼ)毎日お届けすることになりました。野中も読書道(?)に益々邁進してまいりますので、今後もどうぞよろしくお願いします! http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.01.30
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=2664

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