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官閥+世襲閥政治の日本にもの申す。多才な論客との討論が浮かび上がらせる今という時代──小熊英二他『真剣に話しましょう』

「対談というからには、やはり相互のやりとりが大切だ。お互いに共通の認識や、基盤があることは重要だが、意見の違う部分を交換して、一人だけでは至れない地点に発展させるプロセスがもっと重要である。自分が対談をやるからには、そういうことをやってみたい。うなずきあいの対談では面白くないし、「人の悪口は当人の前でしか言わない」のが私の信条でもある」
という言葉通り舌鋒鋭い論を闘わせている対談というより対論集ではないかと思います。

個人(私)と国家(公)との関係を中心に論じられることが多い日本の思想の中で、吉本隆明さんが提示した「対幻想」というものに着目し、独自の視点からその意味合いを追い続けることから出発した上野千鶴子さん。「同時進行の現象を追いかけた」(上野さん)という言葉どおり『上野千鶴子を腑分けする』と題された上野さんとの対談では上野さんの思想の変遷を追いながら、その時代時代の思潮を上野さんの言論活動から浮かび上がらせています。
しばしば日本で論じられる個人(私)と国家(公)と問題設定では、小熊さんは
「「公」と「私」という論じ方それじたいは、近代特有ではないです。しかしキリスト教世界なら「神と個人」になるところが、「国家と個人」「党と個人」になる傾向があると思います」
と日本特有な思想傾向を指摘し、さらに「江藤淳型」と「大江健三郎型」の二つのありようを提起して上野さんの資質に迫っていきます。この型を論じている部分ではユーモア混じりのやりとりにも見える一節になっていますが、二人の緊迫した息づかいさえ感じられます。
またふたりの対峙点を明らかにしたのが「従軍慰安婦」問題でした。この問題と同時期に上野さんはドイツで国家崩壊に直面したのですが、この問題とふたりの体験を語った部分はそれぞれの個人史(個人体験)とも分かちがたく論じられてこの対談の白眉ではないかと思います。上野さんとの対談はこの本なかでも一番分量が多く、また小熊さんの対談の特長が一番出ているようです。

上野さんとの対談を原理論とたとえれば、ほかの方々との対談は運動論とでも言えるかもしれません。
地盤がないところでも(!)当選を果たした世田谷区長の保坂展人さんからは「既存のルートに包含されない「自由」な人たちが増えている」(小熊さん)ことがどのような現象を起こし、それが政治参加のあり方の変化をもたらしていること、と同時に社会全体に変化が起きていることを語り合っています。

社会変化の指摘はこの本全体の基調担っていると思うのですが、それがよりはっきり現れているのが高原基彰さんと東浩紀さんの二つの対談ではないかと思います。前者では経済成長に呪縛された日本の姿を後者ではデモやゲンロンカフェ(東さんが主催している五反田のイベントスペース)などと政治参加との関係について緊迫した対話を交わしています。
運動論でいえば年越し派遣村村長で貧困問題に取り組んでいる湯浅誠さんとのやりとりはお互いの社会運動家としての差異を明らかにし、どのように運動を持続していくのかを語り合っています。
これら三つの対談は社会運動について小熊さんがどのように考え、また行動し考察しているかがうかがえる興味深い対談です。

異色なのは憲法学者の木村草太さんとの対談です。特定秘密保護法をめぐっての対論(!)では法とはなにか、日本の法とはどのようなものなのか、諸外国の法との対比によって日本の法の特徴を指摘しています。
「議会や政府に対する不信感は、たしかに高まっています」(木村さん)
その結果「行政を暴走させてはいけないから、法で縛って正統性を与える」(小熊さん)いっても、そもそもが「議会で決めた法も、信用されていない」(小熊さん)という悪循環になっているのです。

これは日本の権力構造の実態をはからずも(?)明らかにしている部分だと思います。国権の最高機関と位置づけられている立法府(国会)は行政権力行使の裏付けをしているようにしか感じられません。議員立法ならまだしも(あるいはその実態までいくと分かりませんが)どうもほとんどの法が、行政府(内閣+官僚)の主導で提案されているのではないでしょうか。行政権力行使の法的裏づけ(!)を、まるでお墨付きのように与えているのが立法府の実態のように思えてなりません。本来、権力というものは立法権に起因するはずですが、日本ではこの対談で触れられているように。解釈の幅が大きく、この解釈権は行政が一手にしています。(スピード違反のお目こぼしの例が挙げられています)
明治時代は藩閥政治、戦前は軍閥政治なら、いまは官閥+世襲閥政治とでもいえるように思えてなりません。法はなんのためにあるのか、立法府はなんのためにあるのか、立法と行政との関連はどうなっているのか、法の番人であるはずの司法は機能しているのか、今一度私たちは考える必要があるのではないでしょうか。

書誌: 
書 名 真剣に話しましょう 小熊英二対談集 
著 者 小熊英二・古市憲寿・高原基彰・上野千鶴子・小川有美・酒井啓子・篠田徹・湯浅誠・保坂展人・東浩紀・菅原琢・韓東賢・木村草太 
出版社 新曜社 
初 版 2014年10月8日 
レビュアー近況:朝から全豪オープンテニスを観ました。松岡修造さんが「ケイ、ケイ!」叫ばれる度、何故か長嶋茂雄さんが「カール、カール!」と叫ばれてたのを思い出しました。 

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.01.20
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=2651

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