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ミニ物語「扇風機」

扇風機

ぼくは扇風機!
4人家族のおうちに住んでいる。
今年も夏がやってきた!今日も1日、頑張るぞ!

おっと、小学校からおちびが帰ってきたぞ。おちびは、インターホンを乱暴に鳴らした後、玄関にランドセルを無造作に脱ぎ捨て、どたどたと大きな足音を立ててこちらにやってきた。おかえり!
「あわわわわわわわわわーーーーーーーーーーーー」
彼は顔をぼくに近づけた後、大きな声を出して、そのビブラートを楽しむ。
ぼくは、彼の前では、立派なマイクになる。


おっと、キッチンからお母さんがやってきたぞ。お母さんは、ぼくのタイマー機能を10分にセットし、卵をゆで始めた。おいしそう!
ぼくは、慎重に10分を数えた後、羽を止めて10分が経ったことをお母さんに伝えた。
ぼくは、お母さんの前では、立派なキッチンタイマーになる。

おっと、会社からお父さんが帰ってきたぞ。インターホンをテンポよく響かせ音楽を奏でた後、カバンを玄関に置き、「ただいまーー」とその声を家中に響かせる。そして、冷蔵庫からビールとおつまみを取り出し、ダイニングテーブルの椅子に座った。お疲れ様!
ぼくは、おとうさんにめがけて風を送ってあげる。おとうさんはビールを飲み、顔を赤らめ大きな足を床に放り出し、満足げにしている。つられてぼくも、満足げになる。
ぼくは、お父さんの前では、立派な扇風機になる。

おっと、お風呂上がりのあねきがやってきたぞ。あねきは首にタオルをかけ、冷えた牛乳の入ったコップを手に、こちらにやってきた。
彼女はぼくに背を向けて座った後、牛乳を飲んでは気持ちの良い唸り声をあげた。
ぼくはといえば、彼女の髪の毛にめがけて風を送る。そのとき、髪の毛がコップにつかないように細心の注意を払った。
ぼくは、彼女の前では、立派なドライヤーになる。


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やがて時が経ち、小学生だったおちびは中学生になり、ぼくのまえで大声を出して遊ぶことはなくなった。ぼくがマイクになることはなくなった。

中学生だったあねきは高校生になり、ドライヤーで髪の毛を乾かすようになった。ぼくがドライヤーになることはなくなった。

お母さんは、キッチンタイマーを購入し、ぼくがキッチンタイマーになることはなくなった。


ぼくは、家族のみんながだんだん離れていくのを感じて、とても寂しくなった。

今日も誰からも見向きもされず、落ち込んで地面を眺めていると、お父さんがビールを片手にぼくの目の前にやってきて、ぼくの頭をくいっと上げた。
お父さんは、ダイニングテーブルのいすに座っては、ぼくのところにきて頭の角度を調節した。何度かぼくといすを往復した後、満足げにいすに座って、ビールを飲んだ。


ぼくは、お父さんにめがけて風を送ってあげる。
ぼくは、立派な扇風機だ。







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