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能條ジョー
2019年2月24日 23:58
インド駐在員には、食材輸送サービスってのが福利厚生で付いてくるらしい(もちろん秋平にはそんな制度はない)。どんなサービスかと言うと、輸送量は会社持ちで、日本食を専用サイトから簡単にオーダーすることができると言うのだ。現在は関税で止められてしまうらしいが、当時はお酒も買えたらしい。日本食材が手に入りにくいインドという地では、大活躍必至のサービスと言える。 単身で来ている人は◯kg、家族帯同だと
2019年2月23日 22:36
僕はインド・チェンナイで2年以上に渡り、Podcastでラジオ番組を毎週欠かさずにやっていた。僕がインドに残っていたモチベーションの中で最も高いものの一つで、DJ Kとハッシーの3人で、毎回楽しく収録していた。 この2人はいわゆる普通の“駐在さん”。そんな彼らとの放送は全100回を上回り、チェンナイ在住者のみならず世界中にリスナーを持つほどに成長していた。さて、なぜこんなラジオ番組が始まった
2019年2月23日 03:22
僕の趣味といえば“よさこい”であることは周知の事実だと思う。1999年1月から地元町田市のチーム「ぞっこん町田’98」に家族5人で参加し、今まで20年間お世話になっている。どちらかと言うと“よさこいが好き”って言うよりは“ぞっこんのみんなで飲むのが好き”なので、「よさこいの良さを語れ!」と言われても困ってしまう。今日はそんなお話をするつもりもない。(もちろんよさこいはダイスキ) ぞっこんは、
2019年2月20日 02:09
秋平を日々営業していくと、様々な困難にぶち当たる。その一つが、サプライヤー問題である。日本では時間通りの配達は当たり前。ましてや“来ない”なんてことは絶対に起こらない。しかしインドでは起こるのだ。絶対に起こるのだ。 秋平を始めた当初、僕らを特に困らせたのはチキン屋。英語がイマイチな奴らの口癖は「Sending!!」。直訳すると「送っている!」なので、意味を予測するに「もうチキン持って出発して
2019年2月19日 17:29
ここで、ちょっとチェンナイの話からは逸れる。しかし僕が、過酷なチェンナイ生活を続けるに当たって、とても大切なモチベーションになった出来事があるので紹介したい。 高校時代の友人に"佐々木大蔵"という男がいる。普段は、笑顔が無邪気でどこか抜けていて周りから愛される、いわゆる「天然キャラ」っぽいやつだった。しかし、彼が突然「俺今度、K-1甲子園のベスト8をかけて試合するんだ。観にきてよ」なんてこと
2019年2月18日 01:57
色々な災難が秋平を襲った2016年の年の瀬。しかし、悪い話ばかりではない。もともと日本では作家業を嗜んでいたこともあり、インド在住者の中では知らない人はいない「月刊Chalo」という日本語フリーペーパーにて、コラムを書かせていただくことになった。その情報誌のチェンナイ担当の方と友達になり、編集長をご紹介いただいた、というイキサツ。 秋平の宣伝を載せてもらう代わりにコラムを執筆する、という編集
2019年2月17日 00:35
超大型のサイクロンがチェンナイの街を襲った話は前述の通り。奇跡的に無傷だった秋平はというと次の日には営業を再開していた。しかし、この後待ち受ける出来事は、全く予想だにしていなかった。それは、このサイクロンの約一ヶ月前に遡る。インド政府が突然、このような政令を出した。「0時から500ルピー札と1000ルピー札を廃止します。」当時は全く意味がわからなかった。いつも水を持ってくる業者の男が急
2019年2月15日 18:19
2015年12月、チェンナイを襲った100年に一度の大洪水で、奇跡(?)の生還を果たしたのは前述した通り。そこからはしばらくは、特に自然災害に見舞われることはなかった。しかし、2016年12月12日。またしてもチェンナイが自然災害に襲われることとなる。大洪水の記憶もまだ新しい、ちょうど一年後に起こった出来事である。超巨大サイクロンがチェンナイの街を直撃したのだ。とあるニュースサイトにはこう
2019年2月12日 20:39
仕事人間だった僕だが、唯一心休まるひと時が友達と過ごす時間だった。その中でも特に大好きだった時間が、通称“ゆとり会”みんなとの時間。ゆとり会ってなに?ってことに関してはこちらの記事から。年齢が近いこともあるし、この年齢層(25歳以下)でインドにいる人って、なんだか色々な境遇や背景があって来ている人たちが多い。ような気がする。会社の命でインドに来たわけではない人、いわゆる“現地採用”の人たち
2019年2月11日 21:33
営業開始10分前まで水が出ない問題や、スープを焚いている最中にガスがなくなる問題、そしてお客さんがラーメン食ってるのに停電して闇鍋ならぬ“闇ラーメン”をさせてしまう問題などなど、様々な困難を乗り越えまくって、我が、いや、“みんなの秋平”がついに1周年を迎えた。ここまでの道のりは想像を絶するほど過酷で、壮絶で、楽しくて…社長と僕(と拓とアッサムズ)で必死に走り抜けた1年だった。こんなに中身がぎっ
2019年2月4日 02:02
秋平のあるVelacheryは、日本人客にとって非常に通いづらい場所にある、というのは前述の通り。しかし、そんなことばかりも言ってられない。「日本人が無理ならインド人だろう!」「ってか元々インド人ターゲットにしないと成り立たないだろ!」ってことで、インド人の集客につながるであろう施策をいくつか試したことがある。というのも、チェンナイ在住日本人は、日本人会への登録ベースでカウントすると約70
2019年2月1日 14:50
拓が帰国し、店を回すのは基本的に僕だけになった。毎日毎日、何かしらのトラブルが起こる、インドでのラーメン屋さん。今日はここに2つほど置いていく(書籍化の際には「インドでラーメン屋ブログ」を少しリライトして全て載せる予定)。テーマは「お隣さん」お隣さんその1。拓がいなくなったので、もう一人僕と同じような位置付け(マネジメント業務)でインド人を雇おうという事になった。インドには未だ根強くカー