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人生を刮目せよ

下記はSNSに載せた一文をそのままコピーしたもの


好きな言葉が沢山あるけどその中でも
やる事をやるだけ、という言葉は群を抜いて好き

自分がやりたいとか
こうしたいとか
目標を定めたら後はやるだけ

そこに面倒臭いとか気持ちが向かないとか
余計な感情は介入させないことが大切
私はそういう感情を捨てられるようになってから
大きく人生が変わり始めた

外野の余計な声も
自分への甘い考えも捨てられた

そして沢山の夢を叶えてきたけど
最短で夢を叶える方法は
ひたすらにコツコツと目の前の事をこなすこと

これは自分の仕事じゃないとか
なんでこんなことやってんのか、とか
やらされてると思ってるうちは上に行けない
そういう人は結局そこ止まりでその程度
自分で自分にストッパーをかけて自分の能力に蓋をしてる

与えられる事をコツコツとひたむきに取り組んで
自分から取りに行く気持ちでいれば
気づいた時に叶っているし
やりたかった事に手をかけられる準備が出来てる

答えも目標も決まってるならやるだけなの
その夢を叶える為に
あれはやりたくない
これは必要なない、なんて選択肢はない

よくどうやったらそんな風になれるのか
やりたい事をして叶えられるのか聞かれるけど
シンプルにやることをやっただけの結果だったりする

この先、もっと夢叶えるから
やることをやって
やりたくないこともやるし
やり尽くしてないことを探す


この数ヵ月、私は多くの物事や時間を犠牲にした。大好きだった本を読む時間や美術などの作品に目を向けたり手で触れる時間、noteに文字をしたためる時間も捨てた。代わりに得たものはとても大きい。この何ヵ月かで自分の人生が大きく変わり始めている事や、まだその運命に転機が訪れている渦中にいると実感している。

出会う人で人は大きく変化する、いつもニコニコして楽しそうな人の近くにいれば自然と自分も楽しくなるし機嫌がよくなる。反対に悪い影響を与える人の近くにいれば簡単に飲み込まれ判断が出来なくなり取り返しがつかないところまで落ちてしまう。人は良いと思うことを知っても聞いてもそれを実践する人は少ない。そして実践出来たとしても継続できる人も少なく、その中で成果に辿り着ける人はほんの一握りだ。

それをやれば先が切り拓けると分かっていても行動に移せないのはこのままでも良い、と思っているか、変化が怖いか、いつかその時が来ると思っている人だ。その時を決めるのは他の誰でもなく自分であり、自分が今日から変わると決めたらその日からもう人は変化する。


私はこの数ヵ月、己の時間を捨てて人を動かす立場やマネジメントという仕事を与えられ専念した。

二十六歳、雪解け前の春が近づく頃に突然上司に呼ばれた。「あなたには人を動かす力がある。周りが出来ないような事もあなたなら出来ると思う。そう思うからこの仕事をさせたい。出来るか?」気付いたら二つ返事でハイと答えていた。

それから暫く経つが多くの人のクセや特徴を見て、人は簡単に人に影響されることを改めて知った。マネジメントを始めてから、どうにもできず泣いたり悔しくて眠れないときもあるしストレスで白髪も生えた。

影響の中でも特に楽な方へ行こうとする影響や悪いことへ引き込む影響というのは強烈に強くどれだけ引き止めてもそれを止め続けるのは難しい。人は誰かと意見があったり共感できると途端に相手に対する警戒心が解けて距離が縮まる生き物だと本で読んだことがある。そして共感の中でも悪いこと、すなわち陰口や自分の感じる不平不満が誰かと共感できた時、その絆はより一層、固く結ばれ簡単に解けなくなる。この手でその紐を何度も解こうとしたが出来なかった。結束や団結は一見、いい言葉に聞こえるが決して前向きな言葉ではないのだということもこの歳になって知り、何とも言えない虚無感に襲われた。


そんな出来事が日々、次から次へと津波のように押し寄せてきたかと思えば思いもよらない方向からは雪崩のごとくトラブルが飛び込んできたり明らかに自分の精神が擦り減っていることに気付いた。もうダメかもしれない、でもまだ逃げたくない、人生でそんなに多くない葛藤に直面した毎日だったがそんな私を倒れないように潰れないように、上へ上へと救い上げてくれる人もいる。その人たちの事を私は人として質、レベルが高いと思っている。

レベルの高い人間というのはその人の学歴や職歴、容姿や資格やお金のことを指すのではなく、大事な時にどういう対応をするか、大きな決断や決めなきゃいけないときに決められるか、またその選択や人の為に犠牲やリスクを背負えるか、その積み重ねで出来たその人自身のブランドでありそれはお金を出しても決して買うことが出来ず、真似をして取り繕っても所詮、真似に過ぎない。まがい物とは比べるに値しないほどの高品質で本物の事を指していると感じる。

毎日、ギリギリの綱渡り精神で生きている私が踏みとどまり逃げずに立ち向かえるのはそんな戦隊モノのレッドばかりが集まったような人たちに支えられているからだ。

思い返せばやりたいと思ったけど出来なかったことがとても多い人生で、その理由を思い返すとほとんどが言い訳に思う。それは今になって思い返せるからこそ言い訳だったと気付けるが当時はその環境や人との関係、タイミングや金銭的なことでそれなりに悩み苦しんだのだろうな、と感じる。


最初に書いたやることをやるだけ、という精神に至るまで多くの困難があったことは事実だが本当に人は夢、やりたいこと、達成したい目標と実現させたいことがあるのならば目の前のやらなければいけないことをコツコツと続けるだけだと私は思う。自分にとってやらなければいけないことが分からない人もいるし実際にマネジメントという仕事を始めて人の想いや考えを聞くようになり、与えられた仕事をどうこなしていけば良いのか本当に分からない人が沢山いることも知った。そういう人に伝えたいのは物理的なことでいいからとにかくやること。

毎日起きてご飯を食べて自分の心と体を繋げて生きること、パソコン関係の仕事をしている人ならばキーボードを打ち続け、技術職ならばひたすらその物を作るか知るか追及するしかない。毎日同じことを続けるのが苦痛だったり難しいと皆、感じているのにお昼になれば食べることや仕事の時間を逆算して毎日決まった時間に寝たり生活サイクルを作ることができる。毎日、毎日、人は継続する力を確実に身に着け発揮している。生きている意味が分からないという人も、生きていることに意味が見出せなくとも、毎日起きてから寝るまでのその時間が生きる意味であると私は思う。


夢がなくても、叶えたい夢があっても毎日、コツコツとこなしていけば気づいた時にやりたかった事に出会えたりする。ふと気づくとその立ち位置についていたり、それは偶然ではなく、その時が来たから出会えたことであり叶えるために現れたチャンスであるということ。


お金を稼ぎたいと思うならば
そのお金を生み出せる方法を考えること

人を動かしたいと思うならば
自らが動き失敗を経験すること

知りたいと思うのならば
その目で、耳で確かめる情報を取りにいくこと


上司は時折、理不尽に感じる時もあるが絶対に見捨てず、私を上へ上へと引き上げようとしている。

私が入社してからビクともしなかった物事や動かなかった人が動き始め成果として見え始めた時期があった。その時、上司が言ったのは最初に言ったあなたなら出来ると思う、という考えはあってただろう。あなたにはそういう力が秘められているということをこの先も忘れるな。


上司は私に大いに失敗しろ、別に間違ってもいい。後ろには俺たちがついている、と言う。上司もまた、同じくマネジメントという仕事を担い多くの人をその目で見て救い上げ、反対に切り捨ててきた。かくいう私も今現在、毎日育てられ、失敗と経験を積み重ねている。大いに失敗するということはそれだけやりたいと思ったことが出来ている証であり、失敗のおかげで値段がつけられないほどの価値、財産となり私を成長させている。


感情は捨てろ、引き込まれな
常に正しい目で物事を判断しろ
失敗を恐れるな、言いたいことは言え
上に昇りたいなら上だけ見ろ
失敗してもリスクを背負う覚悟があるならいくらでも引き上げてやる


これが私の上司の私に対する口癖だ。
何とも強引で傲慢で偏屈だと最初こそ思ったがついていけないと思ったそのスピードも失敗を重ねたおかげてそのスピードに目も身体も慣れてゆき、今では聞かれことも即答できるようになり、こうしていきたい、こう動かしたいというプランや先の未来まで描けるようになった。

まだまだここでは終わらず、上司は私がこの会社から旅立ちこの先、私がどんな道を選び、どこで働こうが一生使える技術としてマネジメントや人を動かす力、その為に自分が何をするべきなのかを教えてくれている。旅立つことを前提に惜しみなく自分の財産を人に預けていける、そんな人に私も早くなりたい。

その為に私は明日も、明後日も、この先もやることをやる

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