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挫折した丁寧な暮らし



数年前にインスタグラムのタグで知ったこの言葉


綺麗なリビングや日当たりのいい部屋でコーヒーを飲んでいる写真
お洒落なインテリアに囲まれたりキャンドルを焚いたり自家製の調味料や料理の写真


自分の為にその一瞬一瞬を丁寧に暮らしている人達


何でもいいなぁと思うことは真似してみたくなる私はわざわざ専用のアカウントまで作ったりして、自分の家でお気に入りの場所や使っているスキンケア用品、食器、食品などをいい角度で撮影して加工してそのタグを使い載せたことがある。


いいねをもらって嬉しくて
満たされたような気がした。


根はズボラで適当でインスタグラムには写らない食事なんかは食事と言えるか怪しい健康補助食品で済ませる時もあるし

洗濯は溜め込んで一日に二回もしちゃうし

手作りのキャンドルなんかは必死に動画を見ながら作ったし

お洒落に撮影する為にテーブルに乗っている他の物も肘で端っこにザーッと避けてしまうし



自分でインスタグラムに載せた写真を見返しては
この人、一体誰だろうなんて思ってしまった。



結局そんなことは続かなくて二ヵ月も経たずに辞めてしまった。
今もインスタグラムは続けているけど最近当たって嬉しかったビックリマンチョコのレアシールを載せたり、ぶつけた所にできた青アザが変な形をしててそれが面白くて載せたり、と丁寧とは程遠い生活をしている。


SNSを見ていると似たような思いや考え、経験をしている人が意外といることを知って少し安心した。

毎日生きるので精一杯だとか
インスタグラムに載せる為だけに行ったとか
本当はヨガなんてやってないけどヨガマットの写真だけ載せてみたり
想いの他、フォロワーが増えてそれが惜しくて辞められず今も続けている

なんて、そういう人がたくさん
丁寧どころか切羽詰まって苦しくなる


まがい物の丁寧な暮らしをしてみて大好きな土井善晴さんの本にある一文を思い出した。



人間の暮らしで一番大切なことは
一生懸命生活をすること

一生懸命したことはいちばん純粋なこと

そして純粋であるということは
もっとも美しく尊いということ


私にとっての丁寧な暮らしは毎日起きてから深く息をして水を飲んで
それから仏壇に線香をあげることだ。


私は丁寧な暮らしを簡単に挫折した
それが心地よく生き方にあっている人もいるけれど
身の丈に合わないことをすると続かない
頑張って続けてもいつか、必ず、どこかでボロが出てしまう。

反対に身の丈に合った生活が一番心地よく安心する。


高校の卒業式でカラーコーディネーターの先生が言っていた

「 一流のモノに触れなさい 」

という言葉は少し背伸びしてでも一流のモノに触れることで磨かれる感性があり、感動や普段出会えない感情が顔を出し、知らない世界を知り心を動かして豊かになりなさい、という意味だと思う。


でも大人になった今、先生のその言葉で私が感じるのは一流のモノに触れることで改めて普段の生活や自分に馴染みのあるそのモノが


とても愛おしく
更に大切になり
そして何よりも尊く


日々の私を守り安心させてくれる材料になっているのだと、



脱いだスリッパを揃えられないときもある
パジャマを畳まず出かけてしまう日がある
イヤホンも携帯もすぐ無くすけど

なんとか毎日一生懸命に生きています。

これが私の最大限の丁寧な暮らし



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