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「大衆化した人間は、自分の宿命である不動の堅固な大地の上に足場を固めることをしない。むしろ、空中に宙吊りの虚構の生を営む。いまだかつてなかったように重量も根も持たぬこれらの生が、おのが運命から根こぎにされて最も軽薄な風潮の中を流されるままになっている。」 オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』より
大衆は足場を固めることをしないと、オルテガは指摘しています。ただ、大衆は望んで足場を固めることをしないのだろうか、と疑問がわきます。実は、固めるべき足場を探してさまよっているのではないでしょうか。 高度経済成長を支えた大衆の「足場」として大いに機能した組織は、宗教(主に創価学会)、政治(共産党)、労組の三つでした。農村の村社会という足場に代えて、都市に集中する大衆の足場として、三つの組織が機能し、昭和の大衆社会を構成しました。 今、この三つの組織は、昭和世代の足場としては、
「自分の時代の問題、自分の時代の言葉の中でだけ考えるのでは、自己を開くに足る事柄が躍動しない。ゆえに古に学ぶのだ。」 伊藤仁斎
荻生徂徠や山鹿素行に比べて、伊藤仁斎の名前は語られていないように思います。あらためて、その主著『童子門』を手がかりに、伊藤仁斎の人となりを空想してみました。 「卑きときは則ち自ずから実なり。高き時は則ち必ず虚なり。」この言葉に、仁斎の剛毅でありつつも、慈しみ深い人柄が滲み出ているように感じます。小難しく理屈だけをこねる思考を「虚」と退けます。天下国家を論じるよりも、もっと身近な、親に孝を尽くすことの大切さを説きます。人間本来の感覚に従い、一人ひとりが、その判断力磨いて思想的