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【連載小説】母娘愛 (29)

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 新幹線99号は、ほぼ定刻に広島駅へ滑り込んだ。

 駅前ロータリーで来ぬタクシーを待つ裕子に、真夏の日差しは容赦なく襲いかかる。余計なマスクが恨めしくなる裕子。片方の耳からマスクを外しかけたとき、やっとタクシーが姿を現わした。

「県庁まで、急いで!」乗り込むなり、そう告げる裕子。

 只ならぬ裕子の関東アクセントの勢いに、タクシードライバーは、笑顔ひとつ返せなかった。掌を扇子の替わりに、顔を扇ぐ裕子の表情を、ルームミラーで盗み見ながら、辛うじて小さく、「ハイ!」と応えただけで車は転がり出した。

 京橋川にかかる栄橋は、スムーズに渡れたのに、城南通りが混んでいるようだ。腕時計を気にする裕子は、ルームミラー越しにドライバーを睨みつける。

 その瞬間、パトカーのサイレンが左手から近づいてくる。

「お客さん!この先でなんか?事故でもあったようじゃ・・・」ドライバーは、絞っていた、本部からの無線のボリュームを少し大きめにして、言い訳がましく裕子を説得しかけた。

 何台ものパトカーが、城南通りを県庁方面へ急いで行く!

「・・・」

 裕子の胸騒ぎは高まるばかりだ!「抜け道はないの?あなた!プロなんでしょ!」「お客さん!もうすぐに動き出すよ!動き出したら5分で着くけぇ・・・」

 裕子にとって、5分どころか1分でも、1秒だって早く着きたいのだ。『ひょっとして・・・』裕子の頭を過ったよぎったのは、あのパトカーは県庁へ・・・恵子ははの身になにか?

 悪い予感が、より悪い状況を呼び寄せてくる。

 やっと、動き出したタクシーは、牛歩のごとくで遅々として進まない。広島城が右手に見えてきたあたりで、裕子は爆発した。

「停めて頂戴!ここで降りる!」

 裕子は、県庁目指して駆け出した。噴き出す汗を気にもせず、一心不乱に駆け出す裕子の眼に、パトカーの赤色灯が飛び込んで来た。県庁前のロータリーに並ぶ数台のパトカーに、恵子ははの姿が重なる。

『ママ・・・』裕子は、つぶやきながら、県庁へ飛び込む。

「お客様!今はちいと入れん!警察の方が・・・」「何があったの?」「貸会議室で銃声がしまして・・・警察の方が上がられとって・・・」インフォメーションの年配の女性は、動転して説明にも要領を得ない。「ジュセイですって?」

「どういうことなにのよ!」「撮影会がありまして!銃声がして!警察に・・・」

 館内へ入りかける裕子の前に、防弾チョッキ姿の大男の警察官が立ちはだかって、その先へは一歩も進めない。

「私!関係者ですが・・・」裕子は必死で、訴えるのだが、「今は・・・どなたも入れん!」警察官もガンとして職務を全うするばかりだ。

 そこへ救急車が無機質なサイレンを轟かせて玄関に到着した!


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