「倫理学の基礎Ⅰ」 ~2023.5月、新実存主義哲学者マルクス・ガブリエルの来日講演をベースに~
1.はじめに
僕は、自分が理事をしている『BPIA(Business Professional Incubation Association)』で、その会員向けに「Think!」という研究会を2013年から行っています。
※BPIAのHP https://b-p-i-a.com/
この7月~9月は3回で『ビジネスパーソンが持ちたい倫理学の基礎』を行います。
以下は、先月(2023.7.28)に行った研究会の抄録です。
高校で行うような「倫理」のような内容を行っても退屈なので、今回と次回は、ドイツの実存主義的哲学者・マルクス・ガブリエルが2023.5月に来日した際の講演の内容をベースに「倫理」について解説します。
この講演は『倫理資本主義の展望』と題して、ビジネスパーソン向けに行われ、僕はオンラインで視聴いたしました。
※この講演は「IDF(インテリジェント・デザイン・フォーラム)」主催で行われました。
哲学界のロックスター!!と言われるマルクス・ガブリエルは、『なぜ世界は存在しないのか』などの著書で日本でも注目されはじめました。
このガブリエルの講演内容をベースに「倫理」について皆さんと考えたいと思います。
※なお、彼の著書『なぜ世界は存在しないのか』は研究会「Think!」でも2年前に取り上げましたので、下記noteのURLをご参照ください。
https://note.com/nobless/m/m109b225ccc97
価値観が多様化し、それが加速していることは現実です。ビジネスの世界でも、顧客のニーズの多様化への対応に僕たちは日々苦労しています。
この四半世紀、哲学の領域でも「相対主義哲学」が跋扈しています。多様性(ダイバーシティ)への注目はその表れの一つです。しかし、この多様性を重視する一方、国家間、組織内の世代間、男女間などの「異なる価値観」での間での分断は激しくなっています。
最新の哲学のテーマは、この複雑化する「多様性」を乗り越えるために何をどうすべきか?であり、マルクス・ガブリエルらの言説が注目されています。
この複雑化する「多様性」を乗り越えるためのキーワードが「倫理」なのです。
2.マルクス・ガブリエルは講演でこう語った
マルクス・ガブリエルは、未来の社会は「新啓蒙社会」(New Enlightenment Society)になると語っています。
※「啓蒙」とは、簡単に言うと、知らない人を教え導くという意味。啓は教え導くという意味の漢字で、蒙は道理にくらい人、道理を分かっていない人という意味の漢字です。
また、この「新啓蒙社会」の、社会経済的インフラは「倫理資本主義」(Ethical Capitalism)であるとしています。
この講演の内容は、次の3つに分かれます。
❶倫理とは何か
❷資本主義はシステムではない
❸倫理と資本主義という二つの概念を統合した「倫理資本主義」
今回のnoteでは、上記❶と❷について共有します。
※❸は次回となります。
3.❶倫理とは何か
マルクス・ガブリエルは「倫理」について説明する前に、「事実」とは何か? から語ってます。
彼は「倫理学は哲学の一分野であり、"道徳的事実"の性質と範囲を研究することを目的とするもの」と言っています。この流れで、彼は「事実」をこう定義しています。
"事実とは、真実であるもので、意味のある質問に対する真の答え"
次に、彼は「道徳的事実」について語ります。
人間がある物事を行う道徳的理由が存在すると強調して語ります。そして、この道徳的理由は、「道徳的事実」として存在するものとしています。
上記の図で言うと、「浅瀬で溺れている子供を救うこと」は「道徳的事実」として存在しているということです。
彼は講演でとてもユニークなことを語っていました。
子供を助けるべきか、冷たいビールを飲むべきか、で迷っている時点であなたは「悪人」である。つまり、問題なのは(あなたが悪人なのは)、この時点で自分が何をすべきかを選択していることである。
あなたは迷うことなしにその子を救うべきです。それは道徳的な事実です!
上記図にあるように、道徳的事実とは、単に私たちが人間であるという理由で行うべきか、行うべきではないかということです。つまり、人間であるがゆえに絶対に、そして単純に、やるべきことであり、「人間主義」「人本主義」と彼は語ります。
マルクス・ガブリエルは以下のように我々に問いました。
下記図において「ライオンは間違いを犯しているか?」と。
ライオンは間違いを犯していない。
ライオンは「人間」ではないから.…
さらに、マルクス・ガブリエルは我々に問います。
「ライオンの赤ちゃんが溺れているそばに、ビールがある。あなたはどう
すればよいか?」と…
我々はライオンの赤ちゃんを助けるべきであり、我々にはライオンの赤
ちゃんを助ける義務がある。
「人間主義」は"人類中心主義"とは違う。
人間だけが倫理を理解できる。
人間だけが物理を理解できるのと同じ。ライオンは、物理学、ビジネス、映画、建築が非常に下手であり、倫理も苦手。
だからといって、ライオンが邪悪だというわけではない。ライオンは倫理を理解していないのです。
しかし、私たちは「倫理」が理解できる。
このように、「人間が生きている意味」は、「人間が道徳的な事実を発見できるということ」である。それは私たちにとって大切なことである。
ここまでを下記に整理しました。
講演でマルクス・ガブリエルはこう続けます。
「私は倫理と資本主義を結びつけたい…」と。
彼は、倫理と結びつけた「資本主義」を説明する前に、我々に「資本主義」そのものについて語り始めました。
4.❷資本主義はシステムではない
昨今「資本主義の未来」や「資本主義の次に来るもの」など、Next資本主義についての議論が各方面でなされています。
その中で、マルクス・ガブリエルは下記図のような見解を語りました。
資本主義は道徳的なエンジンであり、それゆえに存続している。
資本主義には代替案がない。資本主義の批判者は代替案がないことを問題視しているが...
今こそ、私たちは、この資本主義というものが何なのかをもっと理解する必要がある
経済学の教科書に載っている資本主義の標準的な「3つの条件」を示す。
資本主義の標準的な「3つの条件」とは何か?
実際には、法的な規制はあるものの、資本主義の標準的な「3つの条件」は、以下の3つである。
➤その1:生産手段の私有化
➤その2:契約の自由
➤その3:自由な市場
講演で、彼は「資本主義批判者」を以下のように批判します。
彼は語ります。
…資本主義批判の文献は、資本主義が労働者の搾取、環境破壊、欲、惑星の境界を超えた無限の成長などの諸悪の根源であると指摘している…
でも資本主義の3つの条件がこれらのすべての問題とどうつながるのか?
つながりなどない。これは完全に純粋な神話。もしそれが資本主義が原因と考えるなら、なぜこれらの問題が資本主義と関係あるのかさえ理解できていない…
契約の自由がなぜ環境に悪いのか?みんなが同じ賃金をもらったら環境にいいのか、想像してみてほしい。完全に馬鹿げた考えだ…
なぜ市場の自由が環境に悪いのか?
仮に、あなたが市場を支配し、化石燃料しか売らないとしよう。するとこれは(自由)市場システムではなく、あなたが使っているのは統制システムで、それで地球を破壊していることになる…
つまり、資本主義という経済概念と世界の悪との間には何の関連性もない
さらに、彼はこう続けます。
資本主義を批判する人たちは、資本主義を体制(system)として捉えている。彼らは、資本主義は、非常に単純な要素を持つ経済モデルとしてではなく、突然、体制、社会体制としている!
資本主義社会というものは存在しない。
なぜなら、資本主義とは経済的剰余価値生産の一側面に過ぎない。資本主義というのは体制ではない。
マルクス・ガブリエルは、資本主義は体制ではないと強調しています。
では、「資本主義」とは何なのでしょうか?
ガブリエルは経済学者シュンペーターらの経済理論をベースに「資本主義」について、下記図のように説明します。
つまり、「資本主義」は、システムではなく、環境に適応していくアナーキーな生命体である。「資本主義」は、互いに人間同士が助け合うことで問題を解決するための道具である。そこには、道徳的な基盤がある。
次に、マルクス・ガブリエルは『倫理と資本主義という二つの概念を統合した「倫理資本主義」』を語りますが、これについては次回のnoteで.…
(つづく)
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