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王子様は迎えに来ない


王子様は迎えに来ない。
なぜなら私はお姫様ではないのだから。

そんな当たり前のことに気付いたのは、齢27にしてのことであった。



「リアルしなきゃ恋人できないよ」
「自分から行動しなきゃ」

友人から口うるさく言われてきたが、なぜか運命の人が勝手に現れるものだと思っていた。
「勝手に」という表現だと語弊があるかもしれないが、何となく出会って、何となく結ばれて、何となく幸せになる、そんな未来が当たり前のようにやってくると思っていた。


異変に気付き始めたのは去年のことである。
定期的に会う友人たちは、会う度に誰かしら結婚や同棲の報告をしてきた。
大きく祝福し、喜び、みんなで祝いあった。

友人たちは大切な相手ができても変わらず遊んでくれるし、私も独りで楽しめる人間だから全く気づかなかった。
私だけが祝われていないことに。
私だけが独りであることに。





振り返れば、ロクな恋愛をしてこなかった。

15歳上のモラハラ男や私の身体でタバコを消すDV男、浮気の現場に遭遇してしまったクソ男。

もちろん、幸せだった日々もたしかにある。
それでも彼らというよりは、彼らを選んだ自分を軽蔑してしまうほどに消し去りたい過去である。

ただ、彼らが私にとっていい恋人ではなかったように、私も彼らにとって確実にいい恋人ではなかった。

マゾヒズム的傾向の強かった私は、人格を否定されようと、殴られようと、何も問題はなかった。
しかし、私のその傾向は許容の深度こそあれど、範囲としてはとても狭いものだった。

顔をライターで炙られるのはいいけれど、店員に対して高圧的な態度を取られるのは嫌だった。

行動を制限されるのはいいけれど、一緒の寝泊まりを強要されるのは嫌だった。

人格を否定されるのはいいけれど、価値観を否定されるのは嫌だった。

NGの多いM嬢が指名されるはずもない。
振られるのはいつも私だった。

それこそ自己を明け渡すことで安心するという、自分のためだけの自己愛として誰かと付き合ってきたように思う。
当時間違いなく奴らのことが好きだったが、本当に好きだったかと問われると言葉に詰まってしまう。

途中で相手が王子様ではないと知っても、別に落胆などしなかった。
自分をお姫様だと思っていたから。
振られようが何されようが、本当の王子様が絶対に現れると思っていた。




大人になり成長してまともな恋愛ができると思いきや、むしろ特色のなくなった私は誰からも興味を持たれなかった。

知らず知らずのうちに年齢だけを重ね、ありのままで愛してもらえる賞味期限はとっくに切れていたのだ。

若さや強力な特色を手放した私は、戦場に立つ権利さえなかった。

あぁ、私はお姫様ではなかったのか。
目を背けたい現実だけが確実なものとして残った。
そんな勘違いで、貴重な若さや他人の親切をどれほど無駄にしてきたのだろう。

振り返れば後悔しかない。
しかし、そんなことを悔いてももう遅い。
お姫様ではないとわかったのだから、もう自分で探しに行くしかないのだ。
私はとりあえず待ち子を辞め、自分からメッセージを送り、食事に誘うようになった。


正直、数枚の顔写真と簡易な自己紹介文、形式的なメッセージのやり取りだけで相手に興味が湧くはずもない。
SNSやアプリを通じて誰かに会ってみたいという気持ちになったことが人生で一度もない。

それでもそれしか出会う方法がないのだから、どこかで折り合いをつけて頑張らないといけない。

頭ではわかっていても、誰と会っても可もなく不可もない会話を続け、3回目の食事で大体連絡が途絶え、また1から探す。

絶望しかない。

この先、気の遠くなるような出会いを何回も繰り返さなければならないのだと思うと、諦めたくもなる。

それこそアラサーの穏やかで優しい私好みの人間は、すでに恋愛市場には全くといっていいほど存在しない。

その中から私を選んでくれる殿方と出会うのは、もはや不可能に近い確率なのではないだろうか。


もう諦めよう。
独りで生きていこう。


そう何度も心に決めるが、どこかで希望が捨てきれない。

諦める時期と頑張る時期を何度も交互に繰り返し、そしてやっぱり諦めるべきなのだと悟る。

もう少し若ければ自分の生き方や考え方を変えられたかもしれないが、ここまで頑固に育ってしまったからにはもはや恋愛のためだけには変えられない。

この絶望を前にして、それでも頑張り続けられる人が王子様に見つけてもらえるのだろう。


怠惰な私は頑張れない。
本名すら知らない男に気の遠くなるような時間とお金をかけるのであれば、自分のためだけにひたすら使いたい。
頑張らないと見つけてもらえないのならば、そういう運命だったのだと結論づけよう。



でも、やっぱり。

でも、やっぱり憧れる。
幸せにしてくれる人ではなく、幸せなときに会いたくなる人と歩む生活に。

その憧れだけは捨てきれない。

だから、諦めたけど、頑張れないけど、待つだけ待ってみる。
絶対に迎えに来るはずのない王子様を。

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