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コスモナウト 第十章 雨の星

宇宙船のエンジンが再び嫌な音を立て始めた。ジュピタで仕入れた工具を使い、航行中にある程度処置することはできたのだが、このまま旅を続けるのは少々危険だと判断し修理に出すことを決めた。
近くにあるステーションで1日ビバークし、映像器から情報を仕入れたところ偶然近くに雨が永遠とふりつづける、文明が発達した惑星があるようなのでそこを訪れることにした。
惑星に近づくにつれ分かった。それはこの星が灰色の星であることだった。雲が上空を支配しており、その地上を見ることはできないのだ。当然、暴風が吹きあれている可能性があるため、ゆっくりと降下した。
ビーコンの赤い線をたよりに効果する。雲を抜けると、沢山の長い塔のような建物が並ぶ夜の都市が視界に入って来た。
そのまま波止場に停留する。着地する寸前にエンジンは鈍い音をたて苦しく鳴いていた。
宇宙船を運ぶためのトレーラーが必要だったので、まずはその調達をしなければならない。
一度船舶させ、波止場のシェルターから出ると、しとり、と優しい雨が降っていた。
外に出ると濡れてしまう。近くの売店で透明の傘を購入して街道へと赴いた。
街は灰色の世界だった。雲に迫るほどの高層建築が並び、それぞれが航行する船に自分の存在を示すために赤色のランプを点滅させていた。
すれ違う人々は皆傘をさす。その色は街に反して様々なものがあった。青色の傘、水玉のもの。はたまた動物の毛皮のように黒と黄色のストライプのものなど、それぞれが個性を表すかのように傘をさしている。その光景はなんとも面白いものだった。
街の案内人はいないようだったので、自分の足で探すほかないようだった。一人街を歩く。
夜も深まりつつあるため、このままぶらり、と歩いても見つかる気はしなかったので先に
宿を探すことにした。この街では宿ではなく、ホテルと言うらしい。それぞれのホテルは高額だった。そもそもの客層が旅人ではなく、もっと所得のある商人達なのかもしれない。
ホテルに入り、値段を聞き、また傘をさす。そのような行為を何度もしていると、ようやく手頃な宿もといホテルを発見できた。
「一晩、金貨1枚です」
カウンターに座る女性はけだるそうに言った。
「そうかい。それならお願いするよ」
そう述べると、棚から鍵を手渡した。鍵には10階、と書かれておりそこまで向かうのは骨が折れそうだ、と一人心の中で毒づいていたのだが、気になるものがあった。
エレベーターだ。あまり見かけない代物で、この技術が発達しているからこそ、このような高層建築が成り立っているのかもしれないなと思った。
チン、というベルが鳴り、10階に到着する。廊下はガラス張りになっており、地上の風景を眺めることができた。さまざまな傘が動く。
自分の取った部屋は角に面しており、幾分遠かった。何故かけだるさを感じながら部屋に入る。
ゴホン、と咳が出た。もしかしたら風邪でも引いているのかもしれない。そう思い、その日は早く寝ることにした。
次の日も気分は重かった。それに比例して体調もあまりすぐれないのだった。けたたましく鳴る時計を止め、ベッドから起き上がる。
窓には水滴がついており、雨の惑星という名前の通りだった。もしかしたらこの天気が自分の不調の原因なのかもしれない。
トレーラーを借りつけ、修理場まで運ばなければならないため傘を手に持ち再び街へと赴いた。
昨晩とは違うこと、それは行き交う人々の顔を見ることができるという点だった。そしてこの街には笑顔という言葉が存在していないように思えた。
商店街に行き、それぞれの店でトレーラーを借りることができる場所を尋ねたが、返事は「分からぬ」の一言だった。みな、自分に目を合わせようとはせず、新聞に目をやりながらそう口を開くのだった。
ズボンの裾が濡れ始めたころ、ようやく一つの店を発見した。運び屋、と描かれた看板に吸い込まれるように入る。
そこには、一人の青年がいた。髪を短く刈り上げた柄の悪そうな男だった。
「いらっしゃい。何を運ぶんです」
彼は、ランドマークという変わった名前が刻まれた名刺を差し出した。
「臓器、人身は高いですよ。金貨10枚」
その一言で、この街の本質のようなものを伺うことができた。陰湿で、暗い、そういう本質に。
「どうしたんですか、お客さん」
「ああ。ええと、そういうのではないんだ。宇宙船を運んでほしいんだ」
「宇宙船? どこにですか」
「それはまだ決まってない。ガナバ、だったかな。そこに宇宙船をとめているんだけど、この辺でそういう類の修理場はあるかな」
彼は難しそうな顔をする。
「ありますが、高いですよ」
「いくらです」
彼は指を三本出した。随分とした値段であった。しぶしぶ了承した。
「少し待っててください。今トレーラーを持ってくるんで」
トレーラーと聞き巨大な搬送用のモーターカーであることに気が付くまで大分時間がかかった。
部屋で、街並みを見る。人々はまるで思考を停止したような仏頂面で歩んでいく。そこに感情というものを見ることはできなかった。その代わりの唯一の意思が見て取れるのは傘なのかもしれない、と一人思っていると通りに巨大な物体が現れた。
「お客さん、乗って」
ランドマークは催促をした。そこしだけ濡れながらドアを開け、彼の隣に座る、それを確認すると出発した。
ポツポツ、と窓に水滴があたる音を立てながらトレーラーは走る。
「お客さんは、この辺の人ではないでしょう」
彼は前を凝視しながら語り掛けて来た。
「うん。僕は宇宙人なんだ」
「へえ」
彼はつまらなそうに返事をした。その反応にどのように対応すればよいのか分からず、黙っていると再び彼は尋ねてきた。
「この街、この星をどう思います」
「ああ、どうだろう。失礼かもしれないが、嫌な街だと思う」
「俺もそう思いますよ」
彼は無表情のまま言った。トレーラーは街を走る。
「この星は雨が止まないんですよ。その理由は知っていますか」
「いや、知らない」
「この星で一番偉い人がね、雨が好きだったんですよ。それで随分と大がかりな機械を作りまして、そこから雲がもくもくと作り出されるんです。その機械はとうに壊れてもいらしいのですが、機械は止まらないんです。それでずっとこの有様です」
「何故、止まらないんだ?」
「さあ、詳しいことは分りませんけど。一つ噂はありますがね」
その噂とは何か、という疑問が浮かんだがそれを尋ねることはしなかった。彼からもうこれ以上は話したくない、という感情がその真顔から感じ取れたからだ。
「まあ、この星の人は皆雨が嫌いなんですけどね」
彼は波止場に着くころにそう最後に述べた。
修理場、と言うには随分と小さい場所であった。宇宙船が丁度入るほどの小屋に搬入を終えると、ランドマークは消えていった。
「料金はまた後でもらいます。また運ぶことになるでしょうから」
彼はそう言い、派手な黄色の傘を差し消えていった。
修理場には誰もいなかった。何回か大声で呼ぶとようやく、主が現れた。
一人の女性だった。年は40か、そこらだろう。男のようにバンダナをつけている。
「なんだい」
「あ、宇宙船の修理を頼みたいと思いまして」
「宇宙船、ねえ」
彼女は自分の船に近づき、一つ叩く。
「まあ、いいだろう。あんた名前は」
「アポロンです」
「そうか、私はクイーン。アポロン手持ちはいくらだ」
「え、そうですね」
袋を見せた。金貨が20枚ほどある。
「ふうん。なら金貨10枚でいいよ」
値下げ交渉をしようと思ったが辞めた。何故だかは分からない。このクイーンと名乗る修理屋にそのような交渉は無意味に思えたからかもしれない。いや、違う。彼女自身が最早、交渉などしたくはない、面倒だ、そんな感情を読み取ることができたからかもしれない。彼女に料金を払うと、それを無造作にポケットの中に入れるとすぐさま仕事を始めた。

しばらく、その甲板を開ける作業や、ボルトをいじる仕草を眺めていると、彼女が話しかけて来た。
「この街をどう思う」
ランドマークと同じ台詞だ。
「嫌な気分はします」
「私もだよ」
彼女は自分に一瞥もせず言った。カンカンと金槌の叩く音が聞こえる。
「さっきの運び屋の人にも尋ねられました」
「ああ、そうだろうさ。なにしろこの街、惑星の人は皆そう部外者に尋ねるからさ」
「何故、ですか」
「さあ、分からないね。けど、皆考えていないんだろう。一つの紋切型の質問ならその場で考えないから楽だしね」
「何故、皆そう考えないんですか。すいません質問ばかりで」
「雨のせいさ」
「雨ですか」
「ああ。雨のせい。こうやって何故を考えることなく、雨のせいってことにして
思考を停止しているのだろうさ。楽だからね。だから皆の顔が沈むのも雨のせいさ」
「何か逃げているように思いますね」
「そうだろうね。けど、アポロン。あんたもここに住めば分かるようになるさ」
彼女は静かにそう述べた。
雨。ほんの数日しかここにいない自分でさえ、気分が憂鬱になるのだ。ならば、ここに住むクイーンやランドマークはなおさらなのだろう。雨のせいで何も考えない。雨のせいで同じ質問をする。そして、雨のせいにする自分も、きっと雨のせいなのだろう。
彼女は黙々と作業を続ける。その中で考える。雨の音、それは確かに心地良い。
しかし、永遠と続くとするならばどうだろうか。この雨の音は思考を邪魔し始めるかもしれない。
だからこそ、人々は鈍化し思考を止めるだろう。
「雨を作り出す機械があるせいだと聞きましたが」
自分の質問は彼女に聞こえるまで数秒かかった。
「ああ。そんな話があるね。けどもう故障したようだけど」
「でも雨は降り続ける。彼、ええと運び屋の彼は一つの噂があると言っていましたけど」
「噂、人々の心が空に映し出されるっていう話かい?」
「そんな非科学的なものなんですか」
「ああ、皆が思考を停止し、喜ばず、楽しまない。その感情があるからこそ、雨は降り続けるっていう、まあ単なるお伽話のようなものさ」
「なら、もしその話が真実とするならば、皆が楽しむ、そういったプラスの心を持てば雨が収まるってことですよね」
「そうなる。けどね、その前に雨は降り続けている。きっと皆、私も含めてだが、雨が止まないことを望んでいるのかもしれないね」
はあ、と頷くことしかできなかった。彼女はすると作業を止めた。
「久しぶりに話すと疲れるね。それが部外者ならなおさらね」
「それはすいませんでした」
「けど、何というか」
彼女は初めて振り返った。
「何でもない」
そういうと再び作業を続けるのだった。
作業はしばらくかかるらしい。それが1週間か、2週間になるのか、またさらに長いものになるのかは分からないらしい。そのため今日は宿に帰ることにした。帰り際に彼女の傘が落ちていることに気が付いた。真っ赤な傘だった。

夕方ごろ、というのも景色が暗くなってきているところから判断したのだが、宿のエレベーターで一人の女性と出会った。
彼女は街と同じ灰色の服を着込んでいた。しかし、その紋切型の服装とは対照的に傘は極彩色の桃色であった。そのギャップに気付くと自分は質問を投げかけていた。
「この星の人ですか?」
彼女は突然話しかけられたことに驚いていた。
「ええ、まあ」
「そうですか。すいません突然話しかけて」
エレベーターは動き出す。
「なんですか」
彼女は怪訝そうな顔で尋ねる。
「いや、なぜピンクの傘なのかな、と不思議に思って」
「ああ。何故でしょうか」
彼女は本当に、その答えを知らないようであった。むしろ、今自分に尋ねられて初めてピンクの傘を持っていることに意が付いたようであった。
「何故、と尋ねられても困りますね。けどもしかしたら、この色のような気分を求めているのかもしれませんね」
そう言うと、エレベーターは7階に止まり、彼女は出ていった。
一人、エレベーターに佇む。ポタリ、と傘から水が滴り落ちる。
傘に意思がある、という自分の予想は当たっているのかもしれない。皆の心は沈んでいる。雨のせいで。そしてその雨は人々の心が映し出された結果だと言う。これは一つの命題のようにも感じられた。
鶏が先か、卵が先か。人の心が暗いから雨が降るのか、雨が降るから人の心が暗いのか。しかし、この難解な答えの抵抗として人々は色とりどりの傘をさしているのかもしれない、と思った。

その次の日から透明の傘をさしては修理場に足を運ぶことにした。もしかしたら早くこの星から抜け出したい、という感情があったからかもしれない。きまって彼女は金槌を叩き、自分はその近くで手記を綴るのだった。
ある日、雨音とも、金属の音とも違う、彼女の声が聞えて来た。その数日の間、誰とも会話することはなかったので彼女から声をかけられた時、ひどく驚いた。
「聞こえなかったかい、宇宙はどんなところなんだ、と聞いたんだが」
彼女は作業を止め再び尋ねる。
「宇宙、そうだなあ。おもしろいところですよ。色々な人と出会えるし、色々な場所に行けるから」
「ふうん。そうなのかい」
「ええ。いつかどうですか」
「まあ、考えとくよ」
彼女は再び言葉を離すことはなかった。しかし、金属の叩く音は少しばかり景気が良くなった気がした。
その後も日をまたいでは、修理場に赴き、彼女と何回か会話する、そういった日々を送ることになった。彼女は決まって、自分の来訪時に「なぜ宇宙に行くのか」、「君の故郷はどうなんだ」など素朴な疑問を投げかける。それに自分は答える。そういった小さなやり取りを続けるのだった。
「アポロン、あんたが来てから、一つ癖がついたんだ」
「癖、ですか?」
「ああ。まあ癖というほどのものではない、至極当然のことなのかもしれないが、雨のせいにすることを止めることにした。その代わりに雨だとしても、と考える癖をつけたのだ。そうすると、面白い事になんだか壁が一つ消えた気がするのさ」
「雨だとしても、なんか詩みたいですね」
「やめてくれよ」
彼女の表情が少し、変化した。仮面のような無表情が少し崩れた気がした。
「もうすぐで修理は終わりそうだ」
「そうですか、それは良かった」
「ああ。久しぶりに良い仕事をしたよ」
彼女はそう言うと、明日には仕上がるので、トレーラーを呼ぶことを勧めて来た。挨拶をして、運び屋のある商店街へと向かった。
あいかわらず沢山の傘が行き交う。その色の波を何とか越え、ランドマークの店に辿り着いた。彼は暇そうに窓の景色を眺めていた。
「お邪魔します」
その言葉に彼は気が付き、振り返った。
「ああ、お客さん。宇宙船、直ったんですか」
「うん。滞りなく」
そりゃいい、と彼は呟く。
明日、トレーラーをクイーンの修理場まで運ぶことを依頼した。彼はコクリと頷く。仕事が終わったので店を出ようとすると彼は尋ねて来た。
「アポロン、さん。なぜ透明の傘なんですか?」
「なぜ?」
傘、自分が以前した同じ質問を彼はしてくるのだった。彼は真剣な眼差しで尋ねる。真意は分からない。もしかしたら、なんとなくなのかもしれない。しかし、まるで意を決して質問している、そんな雰囲気だった。
「いや、なぜだろう。あまり考えたことはなかった。けど多分、そんな気分なのかもしれない」
思わず、自分が尋ねた女性と同じ解答をするのだった。彼は「なるほど」と頷き、また明日、と言うのだった。
宿に帰りながら考える。なぜ自分は透明の傘なのだろうか。彼女、エレベーターで出会った彼女は桃色のような、ただそういう気分を求めている、と言った。では、何故自分は透明な気分を求めているのだろうか、それは旅人として傍観者の視点を持ち続ける、という意思があるからなのか、はやく宇宙に帰りたいと思っているからなのか。
しかし、この街の空が人の心を映し出すものならば、自分の心はすでに空に投影されているのかもしれない、とも思った。なぜなら透明だからだ。自分の宇宙への渇望、そのような思いが空に投影されていてもおかしくはない。しかし、人々は違う。それぞれの心模様は図らずとも空ではなく、その前にある、すぐ頭上にある傘に投影されている。そのために、自分の心はその色のついた傘にのみ投影され、空にまで届かないのだ。
そんな詩人染みた事を考えて、宿に向かうのだった。ゴホン、と一つ咳をして向かう。
修理場にたどりつくと彼女は立っていた。門の近くで自分をまっているようだった。
「アポロン、遅いぞ」
彼女は宇宙船を保管する小屋の近くで手をこまねいた。
「すみません。遅れました」
クイーンは一つ頷くと、小屋の閂を外した。綺麗な宇宙船がうかがえた。
「行くんだね」
「ええ。ゴホン、そうですね」
「おいおい体は気を付けろよ」
彼女は諭すように言うと全力で宇宙船を押し出していた。そこまで大型ではないにもかかわらず、女性一人で宇宙船の図体が少しずつでも動かせることに驚いた。自分も加勢し、宇宙船を外へ運び出す。
「また来いよ」
彼女の声は優しく、そっと柔らかなものだった。
ちょうど半分ほどが出始めたところで、トレーラーが到着した。
「アポロンさん。お待たせ」
ランドマークは顔をのぞかせる彼が外に出たとき、彼は何かに気が付いたようだった。
「あれ、ここだけ雨が」
彼は空を仰ぐ。クイーンもこの異様な事態に気が付いたのかもしれない。つられて自分も空を仰ぐ。空には光が差していた。
「雨が降ってなかろうがどうでもいいだろう。早く積み込んでくれ」
彼女は溌剌とガタン、と音を立て宇宙船を再び押し出した。


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