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マイクロノベル集

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140字以内で書いた短い短いお話です。
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#お題

【マイクロノベル】好きだから

【マイクロノベル】好きだから

 彼は帰宅すると届いた郵便物を確認していた。DMに混じって白い封筒がある。差出人は上野瞳。知らない女だ。彼は中の便箋を確認し訝しそうにテーブルに置いた。……女は胸に手を当て大きくひとつ呼吸をした。「いつも見ています」と初めて彼に思いを届けたのだ。ソファの上、彼の頭上から、いつも。
(ショートショート部 お題:郵便)

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2023年8月31日 改稿しました。

【マイクロノベル】罪人見学

【マイクロノベル】罪人見学

 カンダタが血の池から天井を見上げると蜘蛛の糸が垂れています。彼は気合いを入れてよじ登ろうとしましたが一瞬でちぎれました。カンダタは上を見て舌打ちしました。その頃極楽では蓮池に新人たちが集まっていました。地獄の罪人を一目見ようと、試しに側にいた蜘蛛を捕まえて糸を垂らしたのでした。
(ショートショート部 お題:見学)

【マイクロノベル】極楽エレベーター

【マイクロノベル】極楽エレベーター

 ある日蓮池を覗いたお釈迦様は、血の池で蠢くカンダタの姿を見つけ、今度こそ助けてやろうと、極楽エレベーターを作ってやりました。カンダタは真っ先に乗りこみましたが、背負った罪が重すぎてエレベーターは動きません。地獄の底には乗れる者がおらず、一度も使われることなく壊れてしまいました。

(ショートショート部 お題:エレベーター)

※当初「天国エレベーター」というタイトルでしたが、「極楽」の方が適切だ

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【マイクロノベル】まねっこ

【マイクロノベル】まねっこ

 動物の形に型抜かれたビスケット。平面のままでいることに飽きた彼らは、表面を凸凹させて立体的になった。次第に体を動かすことを覚えて、自由というものを知った。やがて音を出せることに気づき、言語のようなものが生まれた。そして仲間という意識が芽生えていった。文明が誕生するまであと一歩。

(ショートショート部 お題:ものまね)

【マイクロノベル】野望

【マイクロノベル】野望

 エコバッグは仲間を集め、おしゃれ生活を発信しインフルエンサーになった。皆彼らの意識の高い生活を真似てキャッチーな発言に酔いしれた。やがてそれは民意となりレジ袋の撲滅に成功。エコバッグこそが正義となった。人々は溢れんばかりのエコバッグに囲まれ幸せだった。エコバッグはほくそ笑んだ。

(ショートショート部 お題:スーパーの袋)

【マイクロノベル】希望

【マイクロノベル】希望

 小窓から見える闇の中に一点の明かりがあった。月ではなく星よりは大きく灯台ほど明るくない。それは時折瞬き私に話しかけてくるようだった。彼処に何があるのだろう。誰も海の向こうのことは知らなかった。今夜も切り取られた闇の中に明かりを見つける。いつか行くからと語りかけたとき光が瞬いた。

(ショートショート部お題:灯台)

【マイクロノベル】始動

【マイクロノベル】始動

 私は棒人間。ある日、作者がつまらない授業を聞いているときに教科書の端に生まれた。少しだけ違う私がページ毎に増殖する。しばらくして作者が本を持ち親指でページの角を弾いた瞬間、我々は一体になった。そして残像だけを残して別の余白を求め旅立った。今日もまた動き出す時をじっと待っている。

(ショートショート部 お題:余白)

【マイクロノベル】座敷鶏

【マイクロノベル】座敷鶏

 家の奥座敷に住みつき数年に一度純金の卵を産んでいく座敷鶏という精霊がいる。我が家も祭壇を作り穀物を捧げ座敷鶏が来るのを待った。ある日の朝四時、祭壇で鶏の声がした。それから毎朝四時になると雄叫びをし、穀物を食い散らかしていった。が、何年経っても金の卵は置いていかない。雄鶏だった。

(ショートショート部お題:鶏)

【マイクロノベル】通りゃんせ

【マイクロノベル】通りゃんせ

 お隣に住む松田さんちのおじいちゃんに、天神スーパーに行く近道を教えてもらった。この街に住み始めて三ヶ月、こんな道知らなかったな。いつも十五分かかるのに七分で着いた。これはいい!帰り道、路地から出ようとしら松田さんが現れた。「ここはうちの私道でね。通行料は百円だよ」と手を出した。

(ショートショート部 お題:有料道路)

【マイクロノベル】そうかな

【マイクロノベル】そうかな

 「鬼って本当にいるのかな?例えば、大昔、外国人なんて見たことがない人が、髪や目や皮膚の色が違う、しかも言葉が通じない大男を見て鬼だと騒いだのかもしれないよね?『百目鬼(どうめき)』という体に百個の目がついている鬼の話は知ってる?あれも、昔ホクロが多い男がいて、そのホクロが目みたいだからそう呼んだという説もあるらしいよ。酷い差別だよなあ」「そうだな」そして僕は、思わずシャツの袖口を少し引っ張った。

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【マイクロノベル】それはどんな味?

【マイクロノベル】それはどんな味?

 学校で親友とケンカした。絶対に許すもんか。悔しくて泣きながら帰った。家に着き自分の部屋で膝を抱えて座っていると、なんだかすごく悲しくなった。すると甘い香りが漂ってきた。テーブルに焼きたてのパンケーキがあった。私はバターがなくなるまでぐるぐると表面を撫でた。ようちゃん、ごめんね。

(ショートショート部 お題:バター)

【マイクロノベル】らしきもの

【マイクロノベル】らしきもの

 目の前にあるこの物体はなんだ?バナナだって?どうしてわかるんだい?色といい形といい見た目の全てがそうだ、いつも食べているのと同じだって?君はバナナを丸ごと食べるのかい?皮を剥いて食べなければ本当にバナナかどうかわからないじゃないか。さあ剥いてみろよ。……(中から)「イヤーン♡」

(ショートショート部 今週のお題:バナナ)

【マイクロノベル】ある朽ちた仏像

【マイクロノベル】ある朽ちた仏像

 私は朽ちた仏像。今は国宝の展示で添え物のように同じ部屋にいる。千年もの間人々は私の前で手を合わせ、涙を流し、ある者は力尽きた。その強い思いは私の身を削り色を奪っていった。私は時々私を彫った青年の眼を思い出す。今はこんな姿になってはいるがかつて人々を救っていたのだと信じていたい。

(ショートショート部 今週のお題:彫刻)

【マイクロノベル】編む老女

【マイクロノベル】編む老女

 老女はいつも編み物をしている。そして時々ほどいて編み直す。それはマフラーだ。いや、マフラーと呼ぶには長すぎる。大きなカゴの中で渦を巻いている。ある日彼女の孫が戦地に行った。彼女は帰ってきた彼にそれを贈るために編んでいるのだ。彼女は何も言わず、ただゆっくりと編み棒を動かしている。

(ショートショート部 今週のお題:編み目)