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愛について考える(後編)


書く書く詐欺をして早4ヶ月が経っていました。

このままだと一生書かないな…となったので「えいや!」で書くことにします。

正直、私の中では拗らせ時期の黒歴史なので嫌いにならないでほしい…

前編知らないんだけど…って方は↓へ。
(メンタル落ちてる人はあまり読まない方がいいかも…結構重いよ)


では本編へどうぞ。



15歳、社会人になる。


社会人といえば聞こえはいいけど、実際はただのバイト。

ただ自分が働かないと高校にも通えないし、携帯もなければお小遣いもないので働く以外の選択肢がなかったのが実際のところでした。

初めてのバイトが近所のお弁当屋さん。
その後が高速のサービスエリア。

基本日中働いていたので周りはパートのおばちゃんだらけ。

15歳まで反抗はほぼせず”いい子”として育ってきたので、今振り返っても結構可愛がってもらってたんじゃないのかなーって思います。

家族、同級生以外の人との交流が生まれたことで
「あ!私ってもしかしたら可愛がってもらえる人なのかも」と超超超嬉しかったことを覚えています。実際結構わがまましてたしね。

でも今考えると「弱い部分」は一切見せず、「気が強くてちょっとわがままなだけど可愛げがある子」というキャラを演じている感がありました。

たぶん本当の自分を出して幻滅されたくなかったんだと思う。

早く社会に出たからか、もしくはそれこそ才能なのか…

結構どんな人にも対応できちゃうし、実際大人っぽく落ち着いてもいたのでセクハラの対象でもあったなーと。

流石にあからさまに触られたりとかはないけど、誘われたり、会話の中で…とかはめちゃくちゃあった。

今考えれば、特に高校生相手にとか完全にアウトだし、訴えたら絶対勝てるよね。って感じ。

「相手が楽しんでくれている、喜んでくれている事実」が優先されて、自分のことを全然大切にできてなかったなーと今になって当時の自分に謝罪したい気持ちになっている。

これも自信のなさが関係しているんだろうか。

「こんな自分と話してくれるんだから相手を喜ばせないと!!」的な。

今思い返しても傷ついた…とかはないんだけど(たぶん当時感情麻痺のため)もっと自分のことを大切にできたよなとは思う。

ただ、まぁなんやかんや、楽しい職場であったことも間違いではないので、結局19歳で高校を卒業するまでお世話になりました。
(余談ですが通信制高校は4年生なので新卒の波にも乗れなかった)


人間の底辺としての生活


かっこよくない?
という単純な理由だけで某外資系化粧品メーカーの販売員になりました。

実家から通える距離ではなかったので一人暮らしをスタート。

生活費、学費、自動車学校代、車代に日々の携帯代やお小遣い、そして引越し代…

今考えてもよくお金貯めてたな…今の自分からは考えられない…笑

余談だけどこういう経験がお金使いすぎても「ま、また稼げばいいでしょ?」のマインドにつながっている気がしてならない。

19歳までの私よく頑張った!!

ただ「高校卒業」という執念にも似た目標が達成され、当時の私はただの抜け殻に成り下がっていました。

海外留学や大学進学を夢見たものの、学力ももちろんだけど費用面を確保することも難しく、ただただ流れに身を任せて就職。

そして周りは大学生。
お金の心配もなく、小さい時から愛されて育ったんだろうなと思うようなまっすぐでキラキラした笑顔。

楽しそうに愛だの、恋だの、好きだの、嫌いだの、ゼミが〜、サークルが〜と学生生活を謳歌している姿。
嫉妬以外の感情はありませんでした。

私はこんなに苦労して自活しているのに。
みんなは何もしなくてもほしいものが手に入るだなんてずるい。

表向きは”いい子”である私。
でも心の中はドス黒い、ドロドロした感情が渦巻いている。

いかに評価されるか。
いかに優秀にみられるか。
いかに同級生よりも優れているか。

判断基準はそれだけ。

でも「自分の弱さ」を受け止める「強さ」もなく、何者にもなれない私は人脈づくりに精を出します。

基準は収入と社会的地位、あとまぁイケメンならなお良し。
(あーこれ書いてて本当に黒歴史すぎて恥ずかしい笑)

でも実際、生意気な19歳〜20代前半の女の子って社会的にニーズがかなり高かったので、たくさんいい出会いはあったし、美味しいご飯もたくさん食べさせてもらったし、色々な場面でかなりいい思いはさせてもらったと思います。
(プレゼントは貰わないという謎ポリシー)

なので…
超、超、超、超、超天狗になってました。
私ってすごいんだ!って。
実際すごいのは「私」じゃなくて、一緒にいる「相手」だったんだけどね。

なので生活は人間としての底辺。
寝る→飲む→クラブ→寝る→飲み会→寝る→遊ぶ→遊ぶ→遊ぶ…
タバコ、お酒、コーヒとちょっと贅沢なご飯。

ニコニコしてるだけで「かわいい!」「好きだよ!」って言ってくれて、

怒ると「どうしたの?」「何があったの?」って心配してくれて、

急に連絡を絶ったり、余裕のなさから感情のままに怒っても「若さ故」と甘やかしてくれる関係性。

楽しい!嬉しい!私愛されてる!世界で一番幸せじゃん!

が確かにそこにあった。
あったはずなのに…

昼、目を覚ますと一気に襲ってくる焦燥感

そして「今手の中にあるもの」をを失うかもしれない、奪われるかもしれないという恐怖。

「馬鹿にされてるかも」
「舐められてるかも」

そんな感情に目を向ければ向けるほどしんどくて、
そんな弱い自分を認めたくなくて、また強がって浴びるように酒を飲み、ニコニコしてみんなに受け入れてもらえる”愛されている私”を演じる私。

かと思えば感情的になって相手の好意を試したり、寂しさをうまく表現できずに思ってもない言葉を吐いたり。

今考えると自傷行為に近い生活だったなって。
ありのままの自分なんてこれっぽっちも認めてあげれてなかったし、本当の意味で自分を大切にできていなかった。

ま、でもねジャンクフード的な楽しさがあったのは事実。
そして今の私の人間関係構築力や多様性を受け入れるという価値観が育まれたのもこの期間があったからこそなので結果オーライなのかもしれない。


そしてその後、後にも先にもないくらい崇拝する女性経営者と出会います。

彼女は鼻がきくタイプ。
私の弱さ、ずるさ、自信の無さを察知したのか、存在を全肯定してくれた。

「家族と縁が薄い人は他人との縁が濃くなるからね。」
「だから貴方はこれからたくさんの人に愛されるし、そのままで大丈夫だよ。」って。

本当に尊敬していたし、なんなら本気で愛人稼業をやってまでお金を渡そうかとも思ってた。

そしてその人の一言で命を絶てるくらいズブズブな関係性。
簡単に言えば洗脳されてたんだろうな…。

自分に自信がないが故に、憧れの人に全てを捧げていました。

が、その後彼女もメンタルに不調をきたしてしまい、そこまで盲目的に尽くす私と形勢逆転。
逆に依存されるようになります。

・ジムでトレーニングしているとジムのオフィスにに電話してきて私に繋いでほしいと言う(しかも全然緊急じゃない)
・夜中の呼び出しに応じなければ鬼電の末、「あなたのためよ」と永遠続く説教
・電話でてくれないから切っちゃった。と悪びれもなく包帯を巻いた腕を見せてくる
・あなたが私から離れていくなら今あるお店全部閉めて○んじゃうから!と言う

あ、私、○されちゃうかも…
本格的に命の危険を感じたので半ば失踪するくらいの気持ちで関係を断ちました。



社会復帰


命の危険を感じている身なので既に知られている家には帰れない。
なので入社前に東京で1ヶ月研修がある会社に就職し、連絡を断つタイミングで東京に飛び立ちました。
(その後は共通の友人の協力と私の演技力(頭おかしくなった風)でどうにか乗り越えた。ほんとよかった。)

気づくと23歳になってました。
自堕落生活が4年。
バカにしていた同級生たちも立派に社会人になり、もうマウントを取れなくなってしまい心から焦りました。

だって学歴も職歴も、必死に積み上げてきた人脈も無くなっちゃったんだもん。
だからこそ誰よりも早く会社に認められて役職をつけないと!
同級生の誰よりも稼がないと!!!

とまた暴走し始めます。

会社から降りてくるミッションには全て全力で対応したし、
仕事休日関係なく仕事ありきの生活をしていたし、
突発的な出張やクレーム対応も喜んで(なんなら前のめりで)受けてたし、
評価に繋がりそうな資格やコンテストには全て参加し実績をアピールしてたし、

上司や役職者の懐に入り昇進したい意思、自分がどんなに素晴らしい人材なのかプレゼン。

先輩方がミスするたび、辞めていくたびにライバルが減っていく感覚があってワクワクしていました。(まじで性悪)

ま、性格には難しかなかったけど実際会社には貢献していたので、最年少、最短でSVになれたのは自分でもよく頑張ったなと思います。


妻になり、母になる


就職と同じ頃にお付き合いを始めた現夫と26歳の時に入籍しました。

会社は9割女性であるものの、いかに会社に全てを捧げることができるか?が評価のポイントだったので当時の私にとって結婚、妊娠はリスクでしかありませんでした。

恐る恐る当時の上司に入籍する旨を報告したところ、
「あ、仕事よりも女としての幸せをとったのね」
「残念だけど、まぁおめでとう」と言われ

そこから必死に
「入籍したからといっても変わるのは戸籍だけで、仕事に対しては何も変わらないこと」
「子供は現段階では全く考えていないこと」を熱く語りことなきを得ました。

今考えたら普通にパワハラだよね。
録音とっておけばよかったな。

そして当時の人間性に難ありな私と誠実に真正面から向き合ってくれた夫には感謝しかありません。前世は菩薩なのかな?
徐々に人間って信じてもいいのかもな。ってなってきたのがこのあたりから。
(今と比べたら雲泥の差だけど笑)

そしてその後29歳で妊娠。
会社に報告したところ役職なしの店頭販売員へ降格となりました。

自分で積み上げてきたものが一気に0になった感覚。
今考えると会社と戦える余地は全然あった。

でもそれができなかった。
なぜなら会社のために尽くす方が出来なくなった私には、価値がないと思っていたから。

いい子でないと愛されないに通ずるところあるな…

そこから現在の激ホワイト企業に転職を果たし、
第二子を妊娠、出産し、自己理解に出会い、現在に至ります。


最後に…


予想以上に超大作になってしまったけど、

無条件に愛されたい

を認めなかった。

そして

「私は強いんだ!」
「私は有能なんだ!」
「私は特別なんだ!」

と自分が信じたい「好ましい自分」しか見てこなかった結果、

普段はまま幸せではあるけど、時たまに襲ってくる強烈な焦燥感を感じるようになったんですよね。

ただ自己理解して、色々な素敵な出会いがあって、
そして今「心の声」に気づいて、「弱い好ましくない(と思い込んでいた)自分」を認めて、受け入れることができるようになって、すごくすごく心が軽くなりました。

今回かなりの文字量なのでエピソードは結構削っているけど、
1つでも欠けてしまうと今の自分にならなかったと思うと全ての事柄が尊いなって。
(って綺麗にまとめてる風だけどだいぶ黒歴史なのは重々承知してる笑)

こんな黒歴史も誰かの何かになったりするのかな…。
そうなったらいいなーと思う気持ち半分、見ないでくれーと思う気持ち半分笑。

でも自己開示記事が完走できてよかった!

ここまで開示できるようになるまで人の暖かさ、優しさを教えてくれた皆様に。
そしてありのままの自分を愛せるようになりつつある私に。
心からの感謝を込めて…


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