見出し画像

私は私を労わりたかっただけ 積極的無職になるまで。

「私、働くの嫌いみたいです」

退職を数日後に控えた9月末、大型台風の影響で急遽、友人のシェアハウスにステイすることになり、そのシェアハウスの住人に発した私の一言だ。

「そりゃ、みんな嫌いやろ」と住人につっこまれながら築年数不明の、触れると削れてしまう砂壁の居間で、「あと数日で適合できなかった環境から解放される」と、胸を弾ませながら楽しく夕食を囲んだ。

前の職場で、私は医療機関のソーシャルワーカーをしていた。今思えば、比較的最初から不適合を起こしていたし、ストレスもかかっていたのか、ささくれをむしってしまう癖が悪化して常に指先がボロボロでひどい状態だった。日曜日や朝の通勤中のバスで泣けてきたり、早朝覚醒したり、寝不足で日中は頭がぼーっとしていたり、人間関係を築くのは得意な方だと思っていたけれど、そこではうまくいかなかったり、医療機関ならではのヒエラルキー、求められる社会人らしさ、新人らしさ…同じ業界にいる大学の同期たちが病気になったり、離職している姿を見ていたからか、直感的に「このままじゃ私も壊れる…!」と危機感を覚えて散々色んな人に相談した結果、退職を決意した。

退職日が決まってすぐのある日、職場の最寄りのバス停でバスから降りた途端、急に吐き気が襲ってきた。涙と唾液がこみ上げてきて、とにかく職場に行かなくてはと、必死に歩いて職場を目指した。

部署に着くや否や「車酔いしてしまったので、少し休ませてください」と、その場にいた先輩たちに伝えた。先輩看護師に横になることを勧められて、涙と唾液がこみ上げそうなまま診察室へ向かった。

しばらくすると、「だいじょうぶー?」と、上司の医師がやってきて、横になりながら聴診や問診を受けた。点滴するかどうか聞かれたけれど、これは心因性の症状とわかっていたから点滴はせずにしばらく横になって休ませてもらうことにした。

結局、その日は早退することになって、職場を出た途端に吐き気はスッと治った。

元気がないのは、身体ではなく心で、その日は青空がきれいなよく晴れた日だったから余計にまっすぐ家には帰りたくなくなった。ズル休み、といえばズル休みなのだけれど、どうしても自分を労わりたくて、以前、友人から「夜に日本橋の福徳神社でおにぎりを食べると最高です!」と、勧められたのを思い出して。夜ではないけれど、福徳神社でお弁当を食べるために日本橋を目指した。

平日の真昼間に、仕事をしないで自分本位にいる…。最高にわくわくしていた。

福富神社の片隅に座り、来る途中で買ったカフェラテとシュークリームと、持参のお弁当を広げた。

8月だというのに、風が気持ちよくて、そこだけが都会のオアシスみたいに感じられた。本来ならば、ビル街は人や物や時間が素早く流れていくはずなのに、神社の中だけは、ゆっくりと時間が流れていた。「ここにいてもいい」と感じられるような、私だけの時間を久しぶりに感じることができた。

翌日、「昨日はすみませんでした」と朝礼で皆の前で謝り、電子カルテで自分の名前を検索して、昨日の自分の診療録を見た。そこには、診察をしてくれた医師の書いた記録があり、最後に「睡眠障害の疑い」と書かれていたことが少しショックだった。

【ぴったりBGM】
龍/岡崎体育

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?