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日本人の心に潜む「差別意識」の根深さを扱った異色の入試問題

❖「おっぱい」で男子受験生が動揺?

2017年のセンター試験国語第2問に野上弥生子の小説「秋の一日」が出題され,SNS上でちょっとした話題になりました。
「おっぱい、おっぱい。」
展覧会の会場で子どもが裸体像を見て発した無邪気な言葉に,受験生が「動揺」したというのです。

センター試験、国語問題に受験生動揺 突如現れた「おっぱい」
センター試験1日目(2017年1月14日)に行われた国語の試験で、受験生の心をかき乱すセリフが登場し、話題を集めている。

それは、ズバリ「おっぱい」。しかも、明治大正期の女流作家の作品に、突如現れた。受験生からは「気を取られた」「俺の心を激しく動揺させた」との声が寄せられている。(後略)

J-CASTニュース」2017年01月15日

「いやいや,そんなワケないだろう」と思うのですが,そこは面白おかしくツイートする受験生の遊び心と,それを拾い上げて一本の記事にまとめ上げる記者との阿吽の呼吸です。
内容的にはむしろセンター試験の定番的な小説問題と言えます。

❖入試現代文の二大タブー,「性」と「差別」

入試現代文では,性的表現や差別表現を含む作品はまず出題されません。というか,出せません。出題したら確実に炎上し,大学の総長以下,謝罪会見を開くハメになります。
日本が誇るノーベル賞作家,川端康成や大江健三郎の作品を出典とする入試問題が意外に少ないのは,それが理由と推測されます。ポリコレコンプライアンスがうるさく言われる昨今からすると,両作家の小説には露骨な性表現や差別表現を含むものが多く(大江の場合は特に初期の作品),それがない作品を探すのに骨が折れるくらいなのです。
そんな時代ですから,受験生が入試現代文を解いて「面白い!」とか「続きを読んでみたい!」と思える作品にめぐり合える機会が,めっきり減っているのではないでしょうか。
映画で言えば,SW(スターウォーズ)シリーズをディズニーが制作するようになってから,一気につまらなくなってしまったのと同じ構図かもしれません(個人の感想です)。

❖「差別」を正面から扱った野心的な入試問題

かくして,入試現代文では教科書的,優等生的な小説や評論ばかりが取り上げられるようになってしまいましたが,中にはきわどい作品を出してくる野心的な大学もあります。私にとってはこれが一服の清涼剤となります。
そんな入試現代文を一つご紹介します。ジャンルは評論,テーマは「地域差別問題」。著作権の関係で本文は掲載できませんが,以下の設問をご覧ください。

問八 空欄 〔 5 〕に入れる表現として、最も適切なものを次のの中から一つ選べ。
 嵯峨者も代表に入れてもらいや。
 まあ、西陣なら京都の代表としてよろしな。
 京都の代表なら、西陣だけでなく東からも出さなあかん。
 西陣ふぜいのくせに、えらい生意気なんやな。

愛知東邦大学2018年度公募推薦入試・国語【1】

❖出典はいけずな京都人を分析した『京都ぎらい』

選択肢を見ただけで,「ああ,アレか!」とピンと来た方も多いでしょう。そう,ベストセラーになった井上章一著『京都ぎらい』(朝日新書)が大学入試に出題されたのです(ちょっと古いですが)。

本文の空欄〔 5 〕の前後を引用しておきます。

 私の友人に、中京の新町御池で生まれそだった男がいる。今のべた装置の話をしたところ,おどろくべき返事が帰ってきた。
 「京都を西陣のやつが代表しとるんか。〔 5 〕」
 西陣あたりがえらそうにふるまうのは、かたはらいたいと言う。いやはや、京都はこわい街である。

井上章一著『京都ぎらい』(朝日新書)

空欄5に入る正解の選択肢は4,「西陣ふぜいのくせに、えらい生意気なんやな。」です。
これ,どういうことかと説明を始めると,無駄に行数を取ってしまいますので,ご存じない方は「Book Bang編集部」による『京都ぎらい』の秀逸なレビュー「京都がきらい! 洛外出身者が『京都人のいやらしさ』をぶちまけた一冊がベストセラーに」をお読みください。

❖空欄の設定が絶妙!作問者のセンスが光る

解説するまでもありません。「西陣あたりがえらそうにふるまうのは、かたはらいたいと言う」の言い換え表現である選択肢4が空欄〔 5 〕に入るのですが,ここが本文のオチ=ハイライトシーンでもあるのです。
京都弁を使って,京都人が同じ京都人をディスる選択肢が正解になるように空欄を設定し,正解の根拠もしっかりしています。見事な作問スキル,素晴らしい作問センスです。
易しい問題のように見えますが,実はこういう設問に弱い受験生が一定数いそうです。幼い頃から「みんな仲良し,誰とでも分け隔てなく接しましょうね」と教わって真っ直ぐに育ってきた正義感の強い優等生は,誤答である3の「京都の代表なら、西陣だけでなく東からも出さなあかん。」を選んでしまうかもしれません。

❖「求めない学生像」を語っている?

また,推薦入試を受ける子は「マジメで明るい努力家,学校に従順」であることを評価されて内申点を高く付けてもらっているため,ちょっと注意する必要があるでしょう。
明るく素直な性格は良いのですが,陰で人の悪口を言ったり意地悪をしたりするのを是としない価値観,すなわち京都人の「いけず」とは真逆の心性が刷り込まれているかもしれないからです。
そうなると,著者の心情をはかりかねて正解の選択肢4にスッと行けず,迷った挙げ句に誤答の3を選んでしまう可能性を排除できません。
「公募制推薦入試」で出題されているため,穿った見方をすると「コレを正解できないような浮世離れした学生は要らない」求めない学生像」をこの問題が語っているのではないか? とも思えてきます。
出題校の愛知東邦大学は名古屋にあります。名古屋と言えば,古くはタモリにディスられたことで有名ですが,その後もたびたび「名古屋問題」(排他性,選民性)がマスメディアで取り上げられています。
その名古屋からの「京都ネタ」,という相似形もまた絶妙です。
「この問題を正解できないような学生は,ココ名古屋ではとても生活できないよ」というメッセージが込められているのでは? とも受け取れます。

❖本日の復習はYouTubeで

最終問題(問十)では「本文の内容と一致するものを次の1~4の中から一つ選べ」とあります。正解は選択肢3「洛中の京都人には,洛外の住人が京都風にしゃべることは自分を京都人だと心得違いをしているのではないかと思うような優越感を持つ有名人がいる。」です。
ここで言う「有名人」とは,故・杉本秀太郎(仏文学者-京都の老舗呉服商「奈良屋」の生まれ)と故・梅棹忠夫(国立民族学博物館顧問・名誉教授-京都西陣の出身)の両重鎮のことで,両氏の「選民意識」に関するエピソードが本文中に実名入りで綴られています。
京都洛中人に潜む「選民意識」すなわち中華思想については,下にアップしたYouTubeの新聞,もとい「THE NEWSPAPER」でも学習できます。
興味がある方は本日の復習を兼ねてご覧ください。