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「あかりの燈るハロー」第二十四話

第十二章

お父さんの恋人
(1)


 がらんとする家の中に入る。お母さんの笑顔にただいまのキスをし、自分の部屋にあがる。今日はいろんなことが起こりすぎて、とても半日とは思えないほどみんなであれこれやっていた気分だ。
 実際に先生にお説教を受けてたから半日じゃないけど……。小学校生活の中で、たった半日で二回も職員室に呼び出されたのも初だ。
 お父さんが聞いたらなんていうかな?

 部屋に入ってパソコンを開くと、メールが一件届いていた。朝学校に出かける前に朱里に送ったメールの返信だ。

『おはよう、茜。
 応援してるよ!
 いってらっしゃい!』

 ランドセルを置いて椅子に座ると、朱里に返事をする。

 Re.ハローワールド
『ただいま!
 帰ってきたらこんな時間になっちゃったよ!
 聞いて! 今日は本当にいろんなことがあったんだよ。
 ああ、でも、なにから話そうかな?』

 とりあえず、家に帰ってきたことをはやく伝えたくて、ここまで書くと送信した。
 すぐに返信がやってくる。

『茜、どうしたの?
 興奮しているみたいね。
 なになに?
 なにがあったの?』

 うれしくなり、今日の出来事を説明する。次々にメールを送りながら、どんどん胸がふくらんでくる。もっと、もっとたくさん話したい! あたしの説明は下手かもしれないけど、朱里は全部受けとめてくれた。
 そして今日のあたしの大きすぎる一歩に驚き、祝福してくれる。

『茜さすがね!
 あたしも鼻が高いわ!』

 話に盛りあがっていると、夕食の買い出しを頼まれていたことを思い出した。

 Re.ハローワールド
『ごめん朱里!
 あたし、お父さんに買い出し頼まれてたの思い出したよ!
 今から行ってくるから、帰ったらまたメールするね』

 リビングにおりて、テーブルに置かれた買物リストとお金を手に取る。でもそのとき、なにかいいようのない違和感があった。

 ――なんだろう?

 ・牛肉
 ・ジャガイモ
 ・たまねぎ
 ・人参
 ・シチューの素
 ・フランスパン

 いつもと変わらないお父さんの字。だけど次の瞬間、心臓が口から飛び出しそうになる。その便せんが、朱里から以前もらった手紙とまったく同じやつだということに気づいたからだ。白地の和紙に植物のシルエットが黒で印刷されている。
 ――どういうこと⁉ 同じものが偶然家にあったってこと?
 その紙の出所が気になって仕方なくなり、家中の棚や引き出しを開けて、便せんの残りを探し始めた。リビングにもキッチンにも洋間にもない。もちろんあたしの部屋にあったらとっくに気づいてるはずだ。残るはお父さんの部屋だけ……。
 あたしはお父さんの部屋に忍びこみ物色し始めた。

 部屋には、大きな本棚と作業机、そしていたる所にお母さんと、あたしの写真が飾られている。写真立てには少しの埃もついてないし一番目立つ場所にきちんと置かれていた。
 お父さんは大雑把で、オムレツだってよく失敗するけど、家中にあるあたしとお母さんの写真だけは、海よりも深いあいによって常にピカピカにされている。
 一ヶ所だけごちゃごちゃした引き出しがあった。映画チケットの半券や、いつ拾ったかわからないドングリ、地名の描かれたキーホルダーなんかであふれている……。
 お母さんとの思い出が詰まった引き出しなのかな。探っていると、恋人時代のふたりのものらしい交換日記までみつかった。
 そしてそこに、あの便せんもあった。
 ――やっぱりあった!
 便せんを取り出すと、その奥に一冊の本がしまわれている。どうしてこの本だけ本棚じゃなくて引き出しにあるんだろうとふしぎに思ったあたしは、本を開こうとして、そのタイトルを目にした瞬間息がとまった。

『ハローワールド』

 表紙にそう印刷されている。作者名はどこにもない。手作りなのかな? 図書室に並んでるようなちゃんとした質感の本じゃないけど、自費製本にしてはしっかりした作りだった。絵本仕立ての本で、開くと右半分に文章、左半分に大きく挿絵が入っている。
 マーモットの子・ウッディーと、おっとり屋のコグマの子・マイニーモーが、レティシアと名乗る女の子の帰る場所を探すため、世界中を旅してまわるお話のようだ。ファンタジーらしく、原色の色使いが鮮やかで、森や空に海といったお話の舞台がとくに美しく描かれている。
 あたしはふと〝マイニーモー〟の絵が描かれたページで、このキャラクターに見覚えがあるのに気がついた。
 ――どこで見たんだろう……?
 考えをめぐらせると、ひとつの記憶にたどりつく。薬局のおばさんから渡されたトートバッグに描かれていたクマだった。
 ひとりでいることが好きで、しょっちゅう図書室に閉じこもっているくらいにはたくさん本を読んできた。図書館にだって行く。でもこんな本は知らない。キャラクターグッズが出てるくらいの本なら、名前くらい聞いたことがあってもおかしくないのに……。
 さらにページをめくっていき、巻末を見ると頭の中が真っ白になってしまった。
 そこには、作者名が書かれていた。

帰路きろ朱里あかり

 ――朱里⁉

 突然送られてきた『ハローワールド』という件名のメールと、その差出人である朱里。そして今お父さんの部屋で見つけた本『ハローワールド』と〝帰路朱里〟という作者。
 混乱していた。この本の作者と、いつもメールしている朱里が別人だなんてとても思えない! なにがなんだかわからないし、理解したくもないけどどういうことなの! お父さんははじめから全部知ってたってこと⁉ 朱里っていったいどこの誰⁉

 メールを見せたときにお父さんがいっていた言葉――。

『あ、それからもうひとり、茜に会わせたい人がいるんだ』

 頭の中に、すごくいやなひとつの予感が浮かんでくる。お父さんの恋人の存在だ――新しいお母さんになる可能性のある人のことだった。でもだからって、どうしてこんなまわりくどいやり方をしなくちゃならないの⁉

 考えたくない!
 考えたくないよ!

 お父さんが最近妙に元気だったのは、きっと恋人ができたからなんだ。そしてその人が娘のあたしとつながって、しかも仲良くなってきて、未来に期待して……。
 裏切られた思いでいっぱいになったあたしは、気がつけば家を飛び出していた。


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