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虹乃ノラン
2024年7月9日 10:25
エピローグ 翌朝、私は自宅の寝室のベッドで目を覚ました。 何事もなかったかのように私の上に時間が流れていく。 そう、何事もなかったかのように……。 ひとつだけ違っていたのは、目を覚まして隣に楓がいなくても、私はもう楓の影を探さなくなっていた、ということだった。 それから一年後、私は出産のために産婦人科の処置室にいた。 白い光に目が眩む。この光は外からやってくるものなのか、内からやっ
2024年7月9日 10:24
虹の橋のたもと「さぁさ、アケル様。随分と予定が押していますので、お急ぎください」 アケルとケルビムはふたり、虹の橋を渡っている。「ねぇ、どうしておねえちゃんにあんな話したの? あれじゃ印のことが気になってモヤモヤが残っちゃうんじゃないの?」「おや? わたくしとしたことがうっかりしておりました。また主人に叱られてしまいます」 ケルビムは頭をうなだれた。「ドジねぇ、ケルビムは……」「そ
2024年7月9日 10:22
第四章「調和」 南館に入ると、そこはなにもない真っ白な空間だった。ただ、空間の真ん中に石でできた幅広い階段のみが上空へと伸びている。 階段を上る人影が見えた。「待って!」 私はその人影がオーナーだと思い、大声で叫んだ。 人影がこちらに振り返ったとき、私もケルビムも言葉を失った。 振り返った人影――それは、まるで鏡に映したかのように私にそっくりだったんだ。「そ、そんな! あれは私?」
2024年7月9日 10:18
第三章「遠慮」 長い長い廊下を歩いていく。 途中まで進んでいくと、ふとケルビムが足を止めた。「どうしたの?」「ご覧ください、千里様。総木造だった北館から、コンクリート製にここで切り替わっているのです」 ケルビムが足を止めた場所を見ると、確かにそこまで木製だった床やら壁がきれいに分断されている。床は樹脂コーティングが施されたような白と黒の格子状に並べられていた。「また、不思議な建物に変
2024年7月9日 10:16
大切な想い出(4) 私はベッドに横たわり、後味の悪さを感じているが、自分自身に言い訳もしていた。 アケルは私を思って言ってくれてることなんだけど、当の私はこの記憶や思い出からの解放を望んでいるし、なによりケルビムでも太刀打ちできないんだから、私たちがどう足掻いたって勝てっこないんだと自分に言い聞かせる。 下の階からは相変わらず本棚を倒し暴れまくっている音が聞こえてきていた。 私はベッドに
2024年7月1日 13:25
第二章「大切な想い出」(1) 長い長いトンネルの先に一筋の光が見えた。歩を進めるほどにその光は明るさを増して、私たちのたどってきた暗い祠のようだったトンネルをじわりと飲み込んでいく。 やがて目前に立ち、一筋の光を挟み込むようにケルビムが手を置くと、両開きの扉を押し開けた。 扉の向こうには食堂と思われる大広間があった。構造は東館と似ているように感じたが、森の如く変幻した東館とは異なり、這い
2024年7月1日 13:58
「大切な想い出」(2) コンコン。 部屋をノックする音とともにケルビムが入ってくる。「おはようございます! 北館からは外の景色や様子はわかりませんが、本日も快晴でしょう」 第一声、やはりどことなくおかしな台詞だが、こんなやりとりにもすっかり慣れてしまった。「……おはよう、ケルビム。あなたっていつでも元気なのね」 隣では、アケルが口を開けたまま、まだ寝息を立てていた。「さぁさ!
2024年7月5日 01:04
大切な想い出(3) 一人になりたいという気持ちを察してくれたケルビムに感謝しつつ、三階をめざして階段を上る。ついさっきまでアケルと共に眠っていた客室に戻り、ベッドに転がり目を瞑った。 食堂のにぎやかな声は聞こえない。閑けさが訪れる。 こうして横たわり瞼を閉じれば、ひとりで泣き明かしていた自宅の寝室と、心地は何ら変わらない。 瞼の裏では、楓との想い出が蘇ってきていた。 …………。 楓は