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【読書】『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』

最近、新書ばかり読んでいてちょっと違う系統の本を読みたいなと思っていたところ、夫に勧められてこの本を手に取りました。とてもおもしろかったので、noteに感想をまとめてみたいと思います。

この本の概要

この本は、ノンフィクション作家の髙橋秀実さんが、開成高校野球部を取材し、部活動の様子や高校生たちへのインタビューをまとめたものです。実際に練習や試合に通って様子を記録するだけでなく、実名で高校生たちを生き生きと描き出しているところもこの本の魅力だと感じます。(ドラマ化もされたようですね。)

髙橋秀実さんと言えば、ユーモラスで親しみやすい文体が魅力的な作家さんで、これまでもエッセイやノンフィクションを幾つか読んだことがありました。目の付け所がおもしろいなぁと思うことが多い髙橋秀実さんの文章。本書で取材対象となっている開成高校野球部についても、よくこういう取材対象を見つけられるなぁと感心しました。

①野球というスポーツの特殊性

この本は2012年に書籍化されたとのことですが、私の場合、今読んだからこそおもしろかったのだと思います。というのも、自分の息子が4月にソフトボールを始めたからです。それまで、野球系のスポーツに全く馴染みがありませんでした。きっとこの本を読んでも、何を言っているのか分からない部分が多かったのではないかと思います。

息子には、何かスポーツをさせたいと思っていました。小学校入学前に地域のサッカーチームに入れていたのですが、小学校に入るときに正式な入団が迫られると息子は断固として拒否しました。後から分かったのですが、どうやら、サッカーという連続的に人やボールが入り乱れるスポーツがどうにも肌に合わなかったようなのです。

地域でできるスポーツでソフトボールがあると知り、3年生になって恐る恐る行ってみると息子は「やってもいいかも」と思えたそうです。それは、攻めと守りがちゃんと分かれていること、打つ順番がちゃんと平等にやってきて心の準備をして打席に立てることなどが影響していました。私は、野球でもサッカーでもバスケでも、スポーツなら同じと思っていましたが、子どもにとってはスポーツの性質が自分に合うかどうかは重要なのだと気付かされました。

ちなみに、うちの息子はそんなに運動が得意ではありません。それでも、今、ソフトボールをとても楽しんでいます。それは、いろいろなポジションがあり、その子の個性を生かせる場があるスポーツだからだと思います。このことに関しては、ある生徒の発言が印象に残りました。

「大体、僕らみたいに運動神経がない人間は、他の競技だったら、その運動神経のなさがモロに出て、やりようがなかったと思うんです。でも野球は違う。野球は運動神経がないならないなりにやりようがある。投げ方にしても打ち方にしても、ちゃんと考えることでできるようになる。哲学してるみたいで楽しいんです。」(PP.204-205)

開成高校という超進学校の生徒たちは、1つ1つのものごとを深く考えながら野球というスポーツに臨んでいました。スポーツのエリートではない彼らですが、野球で行う運動1つ1つにとても真摯に向き合っていました。自分という人間を分析してどのポジションがいいのか考えたり、勉強とスポーツの違いを考えたり…野球が生徒たちの生活に彩りを与えていることは言うまでもありません。その不器用さにエールを送りたくなります。

②弱いからこそのセオリー

週に1回しかグラウンドが使えない開成高校野球部。ずば抜けた運動神経の持ち主が入部してくることもほぼありません。そんなチームの目標は強豪校に勝つこと。そのためには、一般的な守備や攻撃の仕方ではとても通用しないといいます。監督も生徒たちもそのことをよく理解した上で、戦略を考え、練習を行っていました。

自分達の置かれている負の側面を受け入れた上で、一般的なセオリーを客観視し、構成し直すこと。これは、今の世の中で求められている考え方なのではないかと思います。今、教育を取り巻く環境はとても厳しく、打ちのめされそうになります。教員不足、若手の育成、様々な課題への対応、働き方改革…それら負の状況となんとか向き合い、前向きに乗り越えていくには、一般的なセオリーやこれまでの慣習は通用しません。読み進めていくうちに、開成高校野球部の監督の奮闘は、他人事とは思えなくなっていました。

ちなみに、この本を語る上で欠かせない強烈なキャラクター、青木秀憲監督。
「一生懸命投げようとするな!」
「コントロールしようとするな!」
「厳しい所に投げようとするな!」
「抑えようなんて思うな!」
「甘い球を投げろ!」
「ピッチャーをやるな!」
(p.57‐58)
ピッチャーへの声かけなのですが、無茶苦茶な…と思うような先生の声かけがたくさん出てきて思わず笑ってしまいます。

本の最後の方で、引退した生徒たちが監督について語るシーンも印象的です。一見、理不尽と思われるような監督の言葉がちゃんと生徒たちの心に届いており、その後の人生を生きていく上での支えにもなっているのです。教育というものを考えさせられます。

③負ける経験って大切

開成高校に入る子たちは、ものすごく勉強ができてそんなに苦労せずに試験や受験勉強に取り組めているような印象をもちました。(実際はそんなことないのかもしれませんが。)教師をしていると思うのですが、すごく勉強のできる子って確かにいて、自己コントロールができていて良い意味で要領がいいのです。

そんな勝ち組人生を迷いなく歩んでいきそうな子どもたちが、なぜ野球に打ち込むのだろうかと考えると、うまくいかないことや難しいことに自分で対処する経験を積もうとしているからなのかなと思いました。この本に出てくる生徒たちは、皆、試行錯誤していました。開成野球部OBの言葉に以下のものがありました。

「たとえ負けても、挫折感は大事です。今は、開成に入っただけでも達成感があるみたいですものね。それに東大に行けば他の人間より上だという意識がどうしたってありますから、実はサラリーマンに向いていないんです。でも、野球は学校名ではなく、グラウンドがすべて。そこでの挫折感は将来、絶対に生きてくると思います。」(p.222)

「負ける経験は大切」これは、私が教師をしていてとても強く感じていることの1つです。教員仲間と行っている読書会でも、同様のことが話題になりました。今の時代、「勝ち負けをつけることはどうなのか?」ということもよく話題になります。運動会の徒競走もそうですし、私が国語の授業で行っている「ミニビブリオバトル」についても賛否両論あります。

もちろん、勝ち負けが良くない形で作用することもありますから、私もなんでも競わせればいいとは思いませんが、何かで勝ち続ける子どもにとっては、負ける経験がとても大切だと感じます。生きていれば、負けることもある。勝つ人がいる一方で負ける人もいる。負けたらこんな気持ちになる。負けたときにも、考えたり対処したりすることでまた前を向いて歩き出すことができる。そんな経験は教育上とても大切なことだなあと考えました。

終わりに

やはり、この髙橋秀実さんという人の迫り方・切り取り方は、おもしろいなと思います。部活動の地域移行などが今話題となっていますが、そういったことともつながるノンフィクションだとも言えるでしょう。取材しているのは、開成高校という特殊な学校ですが、特に強いわけでもなく、どちらかと言えば練習時間や場所などの制限の多い、パッとしない野球部です。

一般的に研究論文やノンフィクションで注目されるのは、大きな成果を上げている学校であったり、特殊な取り組みをしている学校だったりします。しかし、そういったものは役に立ちそうで役立たないこともしばしばあります。地に足の着いた実践を考えていくためには、こういった一見注目に値しないような出来事に着目してみることはとても価値のあることだと感じます
今回の読書は、今後の自分がどのような事象にどのように着目していったらいいか考える上で、ヒントになる経験でした。

最後までお読みいただきありがとうございました。読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋…みなさんの秋が充実した季節になりますように。


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