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「ぬいぐるみ。」/ショートストーリー

ぬいぐるみで遊ぶ年頃ではない。
もう、大人なのだからと彼女は思う。それに本当はぬいぐるみをそれほど好きな訳でもない。

ただ。この熊のぬいぐるみは彼女にとって特別なだけだ。今遠くにいる父親が誕生日のプレゼントとして贈ってくれたものだから。

このぬいぐるみをプレゼントしてくれた父親は翌日、遠くに行ってしまった。それ以来、会ったり話したりできない父親。大好きだった父親の最後のプレゼントは白い熊のぬいぐるみだった。

その熊は可愛いというより愛嬌がある顔をしていた。彼女はなぜ父親がこの熊をプレゼントに選んだのだろうと見るたびに思っていた。彼女は本を読むのが好きだったので本がプレゼントされるだろうと期待していたのだ。

父親が遠くに行ってしまった日を境に彼女の生活は激変した。彼女と母親の生活は楽ではなかった。悔しくて泣いた日の方が多かった。そんな日は母親には何も言わず白い熊に向かってお喋りをした。楽しい未来の夢を。両親と一緒に過ごす生活の様子を。

ある日。
ぬいぐるみの縫い目の綻びを縫い直そうとして、手をぬいぐるみに入れると固い紙のようなものに触れた。それは走り書きのような手紙でこう書かれていた。

「愛する娘よ。必ず家族と祖国のために帰ってくる。それまで無事に暮らして欲しい。祈っている。」

数日後。
長い間圧制を敷いていた政権が打倒され、新しい政府が誕生したというニュースがラジオから流れた。母親は号泣して彼女に告げた。
「お父さん。もうすぐ帰ってくるわ。」

彼女は父親からの白い熊を抱きしめて、夢見ていた未来がもうすぐ近くまできていることを感じていた。



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