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真鶴町と、はしむらさんちのガラス展。

先週の11月3日文化の日、真鶴出版さんで催された「はしむらさんちのガラス展」を訪れました。
真鶴町へ訪れるのはnice things.issue66の取材日以来です。

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神奈川県真鶴町を、皆さんはご存知ですか。
相模湾に臨む、森が豊かな小さな港町です。

横浜駅から東海道本線で揺られることおよそ1時間。
まどろみのなか目を開けると、いつの間にか窓の向こうは一面の青に。
夢か、、?とただ目を奪われている間にだんだんと家屋の屋根や多くの緑が流れてゆき、しばらくすると町に到着します。

先月刊行したissue66の巻頭特集「どこで、どのように、暮らそう。」で取材させていただいたのは、ガラス作家のご夫婦、橋村大作さんと橋村野美知さん。
今年の春に2人の息子さんとともに家族4人で真鶴町へ移住し、自らの工房と家を新しく構えました。

お二人のガラス工房へと生まれ変わったのは、3年前まで森に飲み込まれかけていた大きな古い倉庫。以来ゆっくりと時間をかけて手を入れてきたといいます。

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©︎Takanori Sasaki

取材日は朝から雨の降る日、にも関わらず、工房の前で傘をさしながら待っていてくれた野美知さんと、わざわざ出迎えてくれた大作さん。

実際にお会いするのははじめましての日でもあったのですが、お二人のあたたかいお人柄を肌に感じるのにさして時間は必要ありませんでした。

今回お二人が初めて設けた自らの工房のこと
工房の真隣に建てた新しい家のこと
真鶴でガラス作家として生きていくことは
お二人にとってどういうことなのか。
一緒に町を歩きながら、
ガラス制作の風景を実際に見せていただきながら、
机を挟んで向かい合いゆっくりお話を伺いながら、
たった一日だけれど、一日をかけて知ることができた大作さんと野美知さんのことを本誌では10ページにわたり書かせていただきました。

お二人にお会いして感じたのは
決意とは祈りのようでもあるということ。
道を一つに定めるためには最初から重大な覚悟が必要だと思っていたけれど、『どうかこの道に定まりますように』と祈りながら、進み続けた先にようやく生まれてくるのが本当の覚悟のような気がします。
一つを選ぶことよりも、一つ以外を切り捨てていくことのほうがよっぽど難しい。

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『はしむらさんちのガラス展』が真鶴出版で催されると野美知さんからお知らせいただき、先週の文化の日、再び真鶴町へ訪れました。

真鶴出版は、7年程前に移住された川口瞬さんと來住友美さんが営む町の小さな出版社です。その建物は、真鶴の地形特有の起伏多い細い路地を進んでいくと風景の中にふと現れます。
出版社でありながら、泊まることができる宿でもあり、週末は物販をされているお店でもあり、町の人にも町の外からやってきた人にも開かれた陽だまりのような場所。

取材時、橋村さんご夫婦が真っ先に紹介して下さったのも真鶴出版さんでした。『町の人への挨拶になるようなガラス展を、いずれこの場所で開きたい』と話して下さった野美知さん。いつかくるであろうその日に私も思い馳せていたところ、まさかこんなにも早く実現する日がくるなんて、、!
「はしむらさんちのガラス展」はその名の通り、ご近所のお家に遊びに行くような軽やかな気持ちで伺うことができる、ほっとする展示会でした。

大作さんと野美知さんが手作業で作った、一つ一つ表情が違うガラス作品たち。
たくさん眺めて、なんとか選ぶことができたお気に入りのガラスを、我が子のように大切にしながら持ち帰る皆さんの嬉しそうな姿をたくさん見ました。

nice things.issue66も今回のガラス展に合わせてたくさんお取り扱いいただきました。
お二人のガラス作品の隣に置いてもらえるなんて、なんて贅沢なんだろうと思いながら、どこか恐縮した気持ちでいたのですが、友美さんやその日在廊していた野美知さんが、作品と同じくらいnice things.のことも熱心に紹介して下さっているところや、人の手から人の手へ渡っていくところを目撃し「やっぱり本も、読んでもらえて、伝わって、はじめて完成するんだな」と思い何か熱いものがこみ上げてくるのを感じていました。
私にとっても読者の方とお会いできるとても貴重な時間に。
真鶴出版さん、本当にありがとうございました。

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*ガラス作家の橋村野美知さん(右)と真鶴出版の来住友美さん(左)

真鶴町にいると、人と人とのあいだに関係性があるっていいな、と何の疑いもなく思えるので不思議です。家族や、夫婦や、パートナーや、友人、でなくても、同じ街に住んでいるだけでいいし、なんならそのとき同じ空間にいた、というだけでもよくて、手を取り合える関係性のハードルは低くていいんだということを思い出します。一人で生きていけなくてもいいんだということも。

東京の街に一人で暮らしていると、一人で生きていくための術のようなものを身につけないといけない、自己責任だ、自業自得だ、というような空気が蔓延しつつあるように思うことがあります。
そしていつの間にか、その空気を作っている一端にきっと自分もいる。

気が付かないうちに複雑に絡まりあっていたいろいろなことがほどけてゆくような、身体に血が巡ってくるような、そんな感覚が確かにありました。

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実はこの日、ガラス展を訪れることの他にもう一つの目的が。
「美の基準」という一冊の本を真鶴出版で購入することです。

真鶴町には、美の基準という町のデザインコードが存在し、そのコードが一冊にまとめられた本があるんです。それは言わば、小さな町の『条例本』であり、役場の方が作った条例と聞くと、読み物というよりは難しい言葉が並んだ事務的なもの、無機質なものを思い浮かべる方もいるかと思います。

ですがこの一冊の中にはこの文章を書いた人の気配が息づき、この町の営みを想像されられるものばかり。

例えば、
「建物の南面に接する部分は、日光浴のできるような場所に発展させなければならない。猫は建物の一番良いところを選んで昼寝する。」
「人が立ち話を何時間もできるような、交通に妨げられない小さな人だまりをつくること。」
「実のなる木は大地のはぐくみを表す豊かな象徴である。新しい建物の庭には、必ず実のなる木を植えると良い。」
などなど。

読んでいるとつい微笑んでしまうのですが、そのあとにはただ感動します。
人の何気ない生活の風景が、こんなにも大切に守られている場所があるなんて。
この本には、町という一つの共同体の、人が人と暮らすことの美しさが詰まっている。

神奈川県真鶴町。
人と通じて、自分の感覚を取り戻すような、そんな体験のある町です。

編集 田畑早貴


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