(ミステリーホラー)混沌の化神 -9
「実はね…」
適度にビールをあおり酔い始めた亜矢子は、理性が効いている内にたわいもない仕事の話から、昨日の出来事に話を切り替え馬場に説明した。
「なるほど…そんな事が。何か持病があるわけでもなく、だと少し心配だね。何かその場所にトラウマでもあったとかは?」
「ううん、特にそんな覚えがなくてね。確かに昔、その道もその山の中もよく遊びに行ってたんだけど。悪い思い出なんか特になかったはずなんだよ。」
ビールから冷酒へと切り替えた馬場は、時折ちびちびとグラスを傾けながらも、真剣な表情で聞いている。
「はず…?」
「うん、"はず"だと思ってたんだよ。」
要領を得ない回答にグラスから手を離す馬場。
「忘れてるだけかもしれない、ってこと?それとも具体的に引っかかることでもあるの?」
「ただの夢なんだけど。実はね、寝込んでる間に夢を見て、なぜだか今でもその夢をしっかりと覚えてるの。普通は一度見た程度の夢って、起きて数分後にはぼんやりと思い出せなくなっているものでしょ?でもね…」
ジョッキの半分以下になったビールの泡を見つめながら、亜矢子は夢の内容を打ち明けた。
「……、………ってのを、私は俯瞰から見ていたの。」
聞きながらだんだんと表情が曇っていく同僚に向けて、亜矢子は夢の全てを話した。
馬場がグラスの最後の一口を飲み干した。
「それは、すごいね。その、出てきた男の子もきっと関係しているんだよね。」
「そう、しかも知っている子。昔良く遊んでいた子なの。でもある頃から全然見なくなって。しかも実は一緒に遊んでいたのはその私が倒れた山なんだよね。……どう思う?」
「んーまあ、普通に考えれば昔の記憶が場所によって触発されて、嫌なこととリンクして脳が処理した、ってことだと思うんだけど。けどそれにしちゃ内容が気になるよな……。」
天井を煽りながら腕を組み、しぼりだすように話す馬場。
「ね?なんか、もやっとするでしょ?かといってこんな話、どうにもならないっていうか。」
「なるほどね、、でも暗い…なんか暗いなあ、この話。明日は何するの?」
さすがに初めて誘った飲みの席でその後を誘うのは不味いよな、考えながら腕時計を確認し、せっかくの亜矢子との飲みの場をより良く過ごしたい馬場が、話を切り替える。
「明日はね、その倒れた私を助けてくれた青山のおじいさんって人にお礼に行くつもり。さすがに明日は訪ねて来ないでよ?」
泊まりで来ているということは、明日も誘われるのではないかと懸念した亜矢子は先立って釘を刺す。
青山……おじいさん…
はっ、と何かに気付く亜矢子。
「その子の名前思い出した。」
釘を刺されどうしようかと考えていた馬場は昔に遊んでいた男の子の名前など興味はなかったのだが、一応の心のない返しをする。
「なんていうの?」
「青山祐介くん。」
「え、本当に?まさかな…。いや、その山で遊んでいたってことは、ありえなくはないのか。」
「まさか、だよね。」
亜矢子が知る限り、あの辺りに青山の名字は聞くものではなかった。
そんなところで、酔いが本格的に回り始めていた二人は、今日はこのあたりでお開きとすることにした。
亜矢子の車はパーキングに放置することになるが、明日取りに来ても大して大きな金額になることはない。
「じゃ、私は電車とタクシーで帰るから。今日はご馳走様でした。」会計を終え、出口付近で軽く頭をさげる亜矢子。
「車どうするの、明日取りに来るの?」
「うん、それしかないよね。」
「そんなことないよ。僕が明日乗って届けてあげればいいじゃん。」
帰り際に上手いこと翌日のアポを取り付けようとする馬場。しかしこれは亜矢子にとってもかなり有り難い提案でもある。正直明日また電車でここまでくるのは辛いものがある。
「いいの…?助かるけど。」
「いいよ。そのついでに、地元を軽く案内してくれると嬉しいなー。」
軽いため息をつく亜矢子。
「仕方ない。けど言ったように明日はお礼しに行かないといけないから。そんな長くは無理だよ?」
「それでいいよ。なんなら、僕も青山のおじいさんに会いに行こうか?」
「ばか。関係ないのに連れていけるわけないでしょ?」
「はは。」
いたずらっぽく笑う馬場。
亜矢子は会社内での飲み会以外で、個人的に同僚の男性と飲みに行ったのは初めてだった。
あくまで"友人兼同僚"として、かなり打ち解けることができた二人は今日のところはそこで別れ、それぞれの帰路についた。
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