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脳内物質ドーパミンと恋愛脳について

これまでは主にセロトニンという脳内物質についての研究成果を紹介してきました。今回は脳内物質の中でも幸福感や達成感といった感情に関連するとされるドーパミンに関する研究を紹介します。

ドーパミンに関してはご存知の方もいるかもしれませんが、医学的見地ではパーキンソン病や向精神薬の作用においても重要な役割を示す脳内物質の一つです。しかし、病気の話や基礎化学的な話になるとあまり興味が湧かない人もいるでしょうから、今回は”恋愛感情とドーパミン活性化”をテーマとした研究に着目してみました。「ドーパミンはどんな時に分泌されるホルモンなのか」というのを知る上では、日常生活に関連することを題材としているので頭に入りやすいと思います。
タイトルは“Imaging the passionate stage of romantic love by dopamine dynamics:ロマンティックな情熱期におけるドーパミンダイナミクスの視覚化*1”という2015年に高橋氏という日本の女性の研究者によって発表された研究です。研究の着眼点やタイトルの付け方も良い意味で男性理系研究者とは一線を画しているかもしれません。

研究本題に入る前にまず測定原理からお話しすると、通常は脳内の物質の変化は計測が非常に困難です。脳内物質の場合は微量であったり血液脳関門というフィルターがあったりして末梢血で測定できないことも多く、かと言って脳に針を差して採取する訳にもいきません。そこで近年発達が目覚ましいPET(陽電子放出断層画像)技術が用いられました。最近比較的よく耳にするPET-CT(ペットシーティー)検査と同じPETです。その基本原理は、目的とする物質(プローブ)に陽電子放出核種(11Cなど)を結合させた物質を体内に投与します。すると、プローブは体内で目的の場所へと移動し、そこで微量の放射線を放出します。これを計測装置で測ることにより、体内のどこにその物質が集まるかが画像化されるという仕組みです。

この実験で用いられた物質はラクロプライドという物質で脳内のドーパミンD2受容体と結合しやすい物質です。つまり、D2受容体に対してドーパミンとは競合する関係にあります。図1の左側のように“ドーパミンの分泌が多いとき”はこのラクロプライドはD2受容体にあまり結合できません。反対に図1右側のように“ドーパミンの分泌が少ないとき”は多くのラクロプライドがD2受容体と結合できます。このラクロプライドを11Cという放射性物質で標識することによりPET測定装置で計測可能になり、この信号が多いか少ないかで“ある領域のドーパミンが多いか少ないか”がわかる仕組みです。以前に比べると全国の病院にPET装置が普及したことやプローブや放射性核種の入手が容易になったことでこのような研究が実現できたと言えます。

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この研究に話を戻すと、当研究では恋愛パートナーのいる10人の被験者が対象となりました。女性6人、男性4人、平均年齢27.4歳、パートナーとの交際期間は2〜125ヶ月(中央値17ヶ月)でした。各被験者には事前にパートナーの写真8枚と、パートナーと同性の(感情的に中立な)友人の写真を8枚提供してもらいました。

実験の流れは図2のように行われました。被験者はタイムスケジュールに従ってPET検査台の上で実験を受けました。最初のフェイズでは被験者が見えるように画像が表示されますが、“Loveコンディション”では15秒間の無地の画面と15秒間のパートナーの写真が交互に表示され、30分間続きます。この間、被験者が画像を見ていることを確認するために写真が出るときに手持ちのボタンを押してもらいます。
途中、15分経過した時点でドーパミン拮抗薬剤である11C-ラクロプライドが投与されます。開始から30分で画像刺激は終了し、45分間の休止時間となりますが、この間にPET撮影が行われます。

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次に“Controlコンディション”では先ほどのパートナーの写真の代わりに、感情的に中立な“ただの友人”の写真が無地の画像と交替で15秒ずつ表示されます。それ以外は“Loveコンディションと全く同じタイムスケジュールで測定が行われました。同じ被験者で、午前中に“Loveコンディション”計測、午後に“Controlコンディション”計測、または逆の順序で実験が行われました。

全部で75分の過程が終了した後、位置照合のための脳MRI撮影が行われ、また実験時の“興奮度”を測るために“0(興奮なし)”〜“100(経験しうる最大の興奮)”までの間でアナログ(VASスケール)で被験者の感情の高ぶりをスコア化してもらいました。つまり、恋人やパートナーの写真を見て感情が高ぶったり興奮したりするか、特別な感情を持たない友人の画像を見て興奮するかどうか、という被験者の主観に基づく興奮度を評価したものです。そして、11C-ラクロプライドも実験開始から15分経過して、恋人の写真を見続けて気分が高まった頃に投与してドーパミンの分泌レベルを計測しようという実験スキームのようです。

実験結果ですが、まず計測終了時に“興奮度”を数値化した点数は“Loveコンディション”対“Controlコンディション”=55(±17)対15(±9.6)という結果で、やはりパートナーの写真を見ている方が気持ちも高ぶる、ということが統計学的にも明らかな差として現れました(p<0.001)。

次に、11C-ラクロプライドを投与して脳PETスキャン像を解析た結果ですが、先ほどの図1に示した通りであれば“Loveコンディション”でドーパミンが放出されている部位ほど“Controlコンディション”よりも11C-ラクロプライドの集積が低くなるはずです。そのため、2つの脳PET計測結果の画像処理により差分を求め、特に“Loveコンディション”で集積が低い場所を抽出したところ、図3のようになりました。

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図3においてプローブ集積がある部分(オレンジ色部分)が“Loveコンディション”において通常よりも11C-ラクロプライドの集積が低かった領域でした。グラフでは図4のような結果になり、10例という少ない症例数にも関わらず統計学的に強い差が見られました(p=0.0012、p=0.0002)。これらの結果からすると、脳において図3で示された内側眼窩前頭皮質(mOFC)と内側前頭前皮質(mPFC)が、“恋人を見たときに興奮度が高まりドーパミンを分泌する”領域である可能性が非常に高いということが分かります。

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また、“パートナーの画像をしばらく見た後で計測した興奮度”と“脳内のドーパミン分泌の程度(≒11C-ラクロプライド結合能)”がどのような関係性にあるか示したグラフが図5になります。“Controlコンディション”(図5右)ではグラフは平坦であり、統計学的にも興奮度とドーパミン分泌には相関が見られませんでした。これに対して“Loveコンディション”(図5左)ではグラフは右肩下がりになり「興奮度が高いほど、ドーパミン分泌量も多い」ということが示されていて、統計学的にも有意である(p=0.032)と言えそうです。

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グラフをよく見るとパートナーの写真でも興奮度の低い人が若干名いるようですが、そういう被験者は11C-ラクロプライド結合能が高く、相対的にドーパミン分泌量が少ないということが推測されます。(交際しているといってもそれぞれ程度に違いがあると思われますので、パートナーにあまり興奮しない人達はもともと恋愛感情が少ないタイプなのか、倦怠期なのか、破局の危機にあるのか、そこまではこの研究では深く介入していないようです。)

いずれにしても恋愛対象に対する感情の高ぶりにおいて脳内のドーパミン活性が大きな役割を果たしていることが示唆される研究でした。これまでもドーパミン研究は長く研究されてきましたが、人間の恋愛感情におけるドーパミンの役割を明確に視覚化した研究は初めての研究とも言われているようです。脳内物質ドーパミンの性質の一面がお分かり頂けたでしょうか。ドーパミンは安らぎや落ち着いた幸福感を与えてくれるセロトニンとはまた違った面での“幸福感”を与えてくれるようです。

今回はドーパミンがどのようなタイプの脳内物質か、日常生活に関連のある視点で分かりやすい研究を紹介しました。また関連する興味深い研究があれば紹介していきたいと思います。

(著者:野宮琢磨)

著者プロフィール
野宮琢磨 Takuma Nomiya 医師・医学博士
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。

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引用
*1. Takahashi K, et al. (2015) Imaging the passionate stage of romantic love by dopamine dynamics. Front. Hum. Neurosci. 9:191. doi: 10.3389/fnhum.2015.00191

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