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脳内物質(幸せホルモン)“オキシトシン”についての基礎知識

医学的に正式な言い方ではありませんが、脳内物質の中には俗に“幸せホルモン”と呼ばれる化学物質がいくつかあります。これらには「セロトニン」、「ドーパミン」、「オキシトシン」等といったものがよく挙げられています。「セロトニン」や「ドーパミン」については過去の記事でも取り上げてきました(*1〜*4)。今回は“幸せホルモン”と呼ばれる脳内物質の一つ「オキシトシン」について取り上げてみます。

筆者もオキシトシンについては医学の教科書程度にしか詳しくありませんでしたが、「分娩時の子宮収縮に関与する」「出産後の乳汁分泌に関与する」といった様に、主に女性の出産・育児に関係深いホルモンとして知られています (*5)。オキシトシン自体は目新しい物質ではないのですが、一般的にはごく限られた機能しか解説されておらず、「それ以外のホルモンの機能」や「男性におけるその意義」に関してはあまり知られていません。

もちろん男性にも存在するホルモンですが、「相手との信頼関係への影響」「自閉症症状の改善」などWikipedia(*5)にも書かれている通り精神面・社会性への変化も一部報告されていて、「まだまだ未解明な部分が多いホルモン」という側面もあります。“1つの臓器に作用して何かの合成を促進する”といった単純な効果ではなく、“様々な臓器に作用し”、“生理学的変化から社会性行動まで”、“複雑なメカニズムで効果を発現する”と捉える必要があります。

今回は“Antistress Pattern Induced by Oxytocin(オキシトシンによる抗ストレス作用:*6)”という総論に基づいてオキシトシンについて分かっている部分を解説します。この論文は1998年にスウェーデン大学の研究者から公表された総説です。時期はやや古いのですが、タイトルからも分かるように既にこの時期からオキシトシンが抗ストレス作用を持つことが示されています。この研究者はオキシトシンに対して詳細な研究をその後も続けていますが、この時点で分かっているオキシトシンの効果を基礎知識として紹介します(番号と順番はこの記事の筆者が付与したもの)。

1.オキシトシンの産生と受容体の分布(論文公表時点で明らかなこと)
・オキシトシンは9個のアミノ酸から成るペプチドホルモン。
・脳の視床下部の室傍核と視索上核で産生され、脳下垂体に輸送され全身に循環。
・他の視床下部核、扁桃体、海馬、線条体、その他の脳内の多くの領域に作用。
・オキシトシン受容体は子宮型がよく知られているが子宮型以外も存在。
・女性ホルモンのエストロゲンはオキシトシンの合成分泌に深く関与している。

2.食物摂取と消化への影響
・オスや非授乳メスラットの脳室にオキシトシンを投与すると拒食反応を示す。
・対して授乳中メスラットにオキシトシンを投与すると過食反応を示す。
・脳内オキシトシンは迷走神経核刺激→インスリン/消化ホルモン分泌を促す。
・末梢血のオキシトシンはグルカゴン放出を促し、血糖値を上昇させる。
・上記の様に、条件によってオキシトシンの効果は全く反対の場合がある。
(後述されるが、母体の栄養吸収と乳児への栄養放出という反する2つの目的を果たす)

3.行動/運動への影響
・ラットにオキシトシン投与すると壁際より中央部で活動しやすくなる。
 (オキシトシンに抗不安効果がある可能性がある)
・大量のオキシトシンを投与すると精神的に落ち着き運動量が減少する。
 (オキシトシンに精神的な鎮静効果がある可能性がある)

4.痛みやストレス刺激に対する影響
・意識のあるラットにオキシトシンを投与すると熱刺激に対して耐性が高くなる。
・同様にラットへ投与で、痛み等の機械的刺激に対しても耐性が高くなる。

5.腎機能と体液バランスへの影響
・オキシトシンは腎細胞に作用し尿中ナトリウム排泄を促す。
・またオキシトシンは塩分に対する食欲を抑制する。

6.体温調節
・ラットの脳室内にオキシトシンを投与すると高体温を誘発する。
・末梢血のオキシトシンは皮膚血管の拡張を促し放熱を促進する作用がある。
・授乳中の母ラットの皮膚血管拡張は子ラットの体温保持に作用している可能性。
 (オキシトシンは体温上昇/放熱/熱伝達の複合的な機能を持つ可能性がある)

7.心血管系への影響(急性単発投与か長期反復投与かで異なる反応)
・ラットではオキシトシン脳脊髄腔投与で急性反応で血圧と脈拍数が増加する。
・ヒト/霊長類ではオキシトシン分泌を促す室傍核刺激は血圧と脈拍数が低下。
・末梢血のオキシトシンは皮膚血管に作用し血管拡張を誘発する。

8.下垂体ホルモンへの影響(急性単発投与か長期反復投与かで異なる反応)
・脳室内投与されたオキシトシンはプロラクチン(乳汁分泌ホルモン)放出を促す。
・ラットでは副腎皮質刺激ホルモン/コルチゾール(ストレスホルモン)分泌増加。
・対してヒトではコルチゾール(ストレスホルモン)の分泌に対して抑制的に働く。

9.オキシトシンをラットに長期反復(5日間)投与したときの反応
・脈拍数は変わらずに血圧が15mmHg低下する。
・痛み刺激に対する耐性が増加し、投与が終わると約10日間で徐々に元に戻る。
・コルチゾール(副腎由来ストレス反応性ホルモン)が低下する。
・コレシストキニン(消化管ホルモン:摂食抑制/オキシトシン分泌)が増加。
・メスラットでは摂食量が増えなくても体重が増加する(エネルギー貯蔵傾向)。

10.刺激に対するオキシトシンの反応の2つのパターン(図1)
・有害な刺激に対しては副腎皮質刺激ホルモン分泌などストレス反応が誘発。
・これらはストレス反応性ホルモンであるコルチゾール(副腎ホルモン)を増加。
・オキシトシンの急性投与は交感神経系を介してストレス反応を誘発(図1左)。
・対して無害な刺激(撫でる/良い心理効果等)でもオキシトシン分泌が増加。
・無害な刺激はオキシトシンを介して血圧低下など抗ストレス反応を促す。
・オキシトシン長期投与は副交感神経系を介し抗ストレス反応を誘発(図1右)。

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11.ラットにおける“無害な刺激”と“抗ストレス効果”の関係
・意識のあるラットの腹部を40回/分で撫でるとオキシトシンレベルが上昇。
・腹部を撫でる刺激はオキシトシンを反復注射と同様の抗ストレス反応がある。
・撫でる刺激による抗ストレス反応はオキシトシン拮抗薬で打ち消された。
・これらの結果から“無害な刺激の抗ストレス反応”はオキシトシンが主体と考えられる。

12.授乳におけるオキシトシンの効果
・乳児の乳房刺激によってオキシトシンが分泌され乳汁が排出される。
・オキシトシンによるグルカゴン増加/血糖上昇は乳汁の栄養増加につながる。
・授乳後はオキシトシンの抗ストレス反応で血圧とコルチゾールが低下する。
・同様に授乳後は抗ストレス反応によって胃腸ホルモンの増加が起こる。
・母乳育児をする女性のオキシトシンレベルは他の人に比べて高い。
・オキシトシンレベルが高い方が精神的に穏やかな傾向が高い。

13.社会的関係におけるオキシトシンの効果
・動物実験モデルにおいてオキシトシンは愛着(母子又は雌雄)関係を促進する。
・オキシトシンは個人の社会的コミュニケーションの量を増加させる。
・個人間の特定の関係性の強化にオキシトシンが関与している可能性がある。
・接触や無害な刺激(撫でる/ハグする)が人でもオキシトシンを増加させる。
・オキシトシンは交感神経抑制・副交感神経活性化による抗ストレス反応を誘発。
・良い心理刺激(癒し/愛情等)も同様に抗ストレス効果がある可能性がある。

ここまでが今回紹介した文献に記載されている内容です。
オキシトシンはかつては“乳汁分泌ホルモン”、“子宮収縮ホルモン”という説明が主体でしたが、こうしてみると非常に多岐にわたる影響を及ぼし、未解明な部分も多いホルモンであることが改めて分かりました。実験での急性反応としては“交感神経を活性化してストレス反応を示す”ようですが、長期持続的にオキシトシンが分泌されていると“交感神経を抑制して抗ストレス効果をもたらす”と言えそうです。

また、乳汁分泌ホルモンであるため“母子の絆を強める”役割を持つホルモンと言えます。体温調整の面でも、“体温を上げると同時に皮膚血管拡張で放熱効果が高くなる”というのは一見体温を上げたいのか下げたいのか分からない矛盾した作用に見えますが“母体の体温を子供へ与える”という視点では非常に理にかなっています。

同じ様に“一方でインスリンによる血糖吸収作用と一方でグルカゴンによる血糖放出作用を持つ”というのも一見反対の作用を示しているようですが、“母体の栄養吸収を促進しつつ、放出する母乳の栄養価を高める”という視点では子への栄養供給の目的に非常に理にかなっています。

いずれの作用も“母体が子供を育てるために最大限の効果を発揮する”ためのホルモンであることが分かります。そして“皮膚を撫でる”といった行動がオキシトシンを分泌させ、痛みや不安を緩和させるというのも非常に興味深い現象です。「赤ん坊をさすると泣き止む」「痛いところをさすると和らぐ」というのは「気のせい」ではなく「脳科学的にも刺激でホルモンが分泌されている」という可能性が高そうです。このことからも母子間や雌雄間の「愛情/癒し」においてこのホルモンに大きな役割を持っていると言えそうです。

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また、興味深いのは(3)や(13)に挙げられた“オキシトシンの社会性や行動への影響”という部分です。今まではオキシトシンの「出産/育児」に関する作用が前面に出ていましたが、もちろん男性にも子育てしていない女性にも普遍的に見られるホルモンです。今までは広く認知されていませんでしたが近年、こういった社会的影響、心理的影響、行動変化の影響も深く解明されつつあります。

オキシトシンが心理や行動に影響するという研究も一つ一つ深掘っていきたいですが、まずその前にオキシトシンというホルモンの全体像を理解できる様な総説を紹介しました。脳内物質の中でもオキシトシンが「幸せホルモン」「愛情ホルモン」などと呼ばれる所以となるような新しい研究論文を今後もまた紹介していきたいと思います。

(著者:野宮琢磨)

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著者プロフィール

野宮琢磨 Takuma Nomiya  医師・医学博士
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。

引用/参考文献
*1. 脳内物質セロトニンと行動変化
https://note.com/newlifemagazine/n/ncfe310508fdd
*2. ”幸せホルモン(脳内物質セロトニン)”を増やす方法
https://note.com/newlifemagazine/n/nb00026449c2d
*3. リラクゼーション瞑想と脳内物質ドーパミンについて
https://note.com/newlifemagazine/n/n67caa776ea39
*4. 脳内物質ドーパミンの「やる気と食欲」への影響
https://note.com/newlifemagazine/n/n08c3030f9ca5
*5. オキシトシン(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/オキシトシン
*6. Kerstin Uvnäs-Moberg. Antistress Pattern Induced by Oxytocin. News Physiol Sci. 1998 Feb;13:22-25. doi: 10.1152/physiologyonline.1998.13.1.22.
*画像 St. Mary and Jesus. https://www.pngegg.com/en/png-wghip/download

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