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集中的な瞑想合宿がもたらす脳の変化

以前の記事で「ドーパミンとリラクゼーション瞑想(*1)」について紹介し、気軽にできるリラックス瞑想を行うことで睡眠とは違って脳の線条体におけるドーパミン経路が活性化されることが分かりました。そして動物実験では「脳内ドーパミンが抑制されるとやる気・集中力・持続力が低下する」ということが示されました(*2)。

今回は、より集中的な瞑想合宿(リトリート)は脳にどのような変化をもたらすか、という研究を紹介したいと思います。研究タイトルは「Effect of a one-week spiritual retreat on dopamine and serotonin transporter binding: a preliminary study *3.(7日間のスピリチュアル瞑想合宿がドーパミン/セロトニン輸送体にもたらす効果に関する試験的研究)」というペンシルベニア大学のAndrew博士による論文で2018年と比較的新しい文献になります。

研究デザインは14人のボランティア(被験者)に7日間のスピリチュアルリトリートを実践してもらい、その前後で精神的変化や脳内の生理学的な変化を計測するという内容です。スピリチュアルリトリートとは、あまり聞き慣れないかもしれませんが、”世俗的なものから離れて静養や修練を行うもの”、“自己内省や瞑想を主体に行う合宿”と考えて頂くと良いと思います。今回の研究はペンシルベニア州の中心部にあるリトリートセンターが用いられ、センターの背景もあり被験者14名は全てクリスチャンでした(カトリック7名、プロテスタント5名、その他2名)。

同じクリスチャンでも宗派が混在しており、この研究のテーマも”宗教的な教義”というよりは”自己内省”、“敬虔に祈る”、“静かな気持ちで雑念を払う”という瞑想効果に主眼が置かれています。そしていずれの被験者も瞑想の経験はあるようですが、今回のような7日間の瞑想合宿メニューを体験するのは初めてということです。

リトリートの内容は朝のミサを行い、内省、熟考、祈りなどが1日のスケジュールの大部分を構成しています。食事は他の参加者と共同スペースで摂られますが、基本的にはおしゃべりなどせずに沈黙を保ちます。スピリチュアルディレクターと呼ばれる司祭または尼僧と毎日ミーティングの時間があり、そこでガイダンスを受けたり洞察をシェアする時間が設けられています。このような、内省・祈り・瞑想が中心の生活を7日間続けるというのが今回のスピリチュアルリトリートであり、集中的な瞑想合宿と言える内容です。

脳内の変化を測定する方法としては、イオフルパン(薬品名:DaTscan/ダットスキャン)*4と呼ばれる物質を静脈内投与してから脳SPECT検査(放射性同位元素を用いた断層撮影)が行われました。このイオフルパンという物質は脳神経細胞のドーパミントランスポーター(DAT:図1右参照)という輸送体に結合します(機能は阻害しない)。このドーパミントランスポーターの役割は、神経細胞末端(シナプス)に放出されたドーパミンのうち、受容体に結合していないドーパミンを回収して細胞内に取り込み、再度放出するためのドーパミン再利用機構と考えられています。言わば、“無駄打ちになったドーパミンを再利用して少しでもドーパミン活性を上げるための代償的機構”と考えられています。

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脳内におけるこのドーパミン経路はどこに存在しているかというと、図1左に示されるように尾状核(びじょうかく)・被殻(ひかく)、これらを含めた線条体(せんじょうたい)や黒質(こくしつ)という場所に多く含まれ、やる気・報酬反応・運動調節・恋愛興奮といった複雑な精神運動活動に関与しているとされています。

このような線条体や黒質が萎縮してしまう代表的な疾患がパーキンソン病で、神経細胞の萎縮や脱落が起こるとドーパミントランスポーターの密度も低下し、図2のように線条体の信号が神経萎縮によって低下していることが分かります(注:図2は見本で、紹介している研究症例とは関係ありません)。また、このイオフルパンはドーパミントランスポーターだけではなくセロトニントランスポーター(SERT)にも結合することが分かっています。

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研究本題に戻りますが、研究著者らはこのような薬剤を用いて瞑想リトリートを行う前の脳の状態と、7日間のリトリート後の脳の状態を検査し比較しました。もちろん、物質的な脳の変化だけではなく、被験者の身体的な感覚(SF-12: a 12-item Short Form Health Survey)、気分の状態(POMS: the Profile of Moods Scale *6)、うつ病の指標(BDI: the Beck Depression Inventory *7)、信仰心/スピリチュアリティの評価(the Brief Multidimensional Measure of Religiousness/Spirituality *8)、自己超越感の評価(the Cloninger Self Transcendence Scale *9)も同時に調査されました。

結果として、まず瞑想リトリートによる精神面/スピリチュアルな変化としては、被験者らは主観的に「より健康的に感じる(SF-12による評価)という有意な変化(p=0.04:p値が小さいほど統計学的に強い傾向)が見られ、明らかな「緊張状態の改善」(POMSスコア平均6.2点→2.1点:p=0.01)、明らかな「倦怠感の改善」(POMSスコア 4.4点→2.7点:p=0.01)、「信仰心/スピリチュアリティの向上」(6.7点→7.4点:p=0.04)、「自己超越感(Self Transcendence)の大幅な向上」(18.2点→20.1点)という項目においていずれも改善が見られました。うつ病の評価も行われましたが、被験者らは元々健常な状態であるためリトリート前後で特に変化は見られませんでした。

次に、イオフルパン投与による脳内のドーパミントランスポーター(DAT)とセロトニントランスポーター(SERT)の評価は図3のようになりました。この14人の被験者らはリトリート前の測定では健常人の標準的な範囲内の信号でした。しかし興味深いことに尾状核(DAT)・被殻(DAT)・中脳(SERT)、いずれの部位においても、“リトリート後に明らかに信号が低下している”ことが示されました。

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“瞑想によってドーパミン/セロトニン経路が活性化される”という研究結果も多い中でこのドーパミン/セロトニントランスポーターの信号低下はどのように解釈されるべきであろうか、研究著者らは同グループの過去の研究を引用して次のように考察しています。

2012年に彼らの研究グループAmsterdam氏らは、うつ病患者と健常ボランティアの脳内ドーパミントランスポーター(DAT)の密度について研究解析を行っています(*10)。その結果、上記同様に“線条体(尾状核・被殻)のドーパミントランスポーター密度は健常者よりもうつ病患者の方が明らかに高い”という結果が示され、これは次のような機序であると考えられています。

図4に示すように、通常は脳神経細胞末端でドーパミンが放出されるが、一部のドーパミンはDATから回収されて再利用される仕組みになっています(図4A)。Amsterdam氏らの研究でうつ病既往のある人が明らかにDAT濃度が高かったのはドーパミンの減少を補うための代償機構ではないかと考察しています(図4B)。この研究結果をふまえ、Andrew氏の今回の研究では不明な部分あるものの、リトリート後の被験者が皆DATの減少を示したことは、“脳内ドーパミン量が増加したことによりドーパミン再利用の必要性が減少しDATも代償性に減少した”のではないかと考察しています。

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ちなみに、冒頭で画像を提示したパーキンソン病症例はDAT信号が顕著に低下しているが、これは黒質線条体の細胞が広範に変性・脱落してしまっているため、代償機構も働かずドーパミンもDATの量も顕著に低下していると考えられます(図4D)。今回のリトリート参加者は参加前のDAT測定では標準的範囲内でありリトリート後も病的症状は全く出ていないことから、リトリート後にDATが低下したのはパーキンソン病とは明らかにメカニズムが異なると考えられます。

中脳に存在するセロトニントランスポーター(SERT)もDATと同様にリトリート後に明らかに減少しており(図表3)、こちらも同様の機序でセロトニンが増加したためにSERTが低下したのではないかと考察されています。

今回の研究結果をまとめると、
・7日間の集中的瞑想リトリートにより“身体的な健康感”が明らかに高くなった
・瞑想リトリートによって精神的な“緊張状態”、“倦怠感”が明らかに改善した

・特に、“スピリチュアルな精神性”、“自己超越感”が明らかに向上した
・線条体/尾状核/被殻におけるドーパミントランスポーター(DAT)が明らかに減少した(=同領域のドーパミン経路が明らかに活性化されたことが裏付けられた
・中脳におけるセロトニントランスポーター(SERT)も明らかに減少していた (=同様にセロトニン分泌も活性化していることが裏付けられた
ということが言えそうです。

瞑想によって精神性や感情的な問題が改善することは予想がつきますが、測定可能な物質レベルで脳内に明らかな変化が起こることがこの研究でも立証されているようです。特に、7日間の集中的瞑想リトリートというのは俗世間から少しでも離れ、自己を内省したり、何か崇高なものに対する祈りを捧げたり、普段なかなか時間を取れない貴重な体験だと思います。私個人としてもこのような研究が公表される前から1週間程度の瞑想合宿に参加した経験が何度かありますが、この研究結果と同じことが体験できたと思います。会社勤めの人にとっては「忙しい」「時間がない」という方も多いと思いますが、一度思い切って長期休暇を取って「自分磨き」「脳内改造」を実践してみることをお勧めします。既に習慣的に瞑想を実践されている方でも「明らかに脳内は変化している」ことを裏付けるような研究を紹介してみました。

(著者:野宮琢磨)

著者プロフィール

野宮琢磨 Takuma Nomiya 医師・医学博士
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。

引用

*1. 「リラクゼーション瞑想と脳内物質ドーパミンについて」 https://note.com/newlifemagazine/n/n67caa776ea39?magazine_key=mb580e4b26aa4https://note.com/newlifemagazine/n/n67caa776ea39?magazine_key=mb580e4b26aa4
*2. 「脳内物質ドーパミンの「やる気と食欲」への影響」
https://note.com/newlifemagazine/n/n08c3030f9ca5
*3. Andrew B, et al. Effect of a one-week spiritual retreat on dopamine and serotonin transporter binding: a preliminary study. Religion, Brain & Behavior, (8), 265-278, 2018 http://dx.doi.org/10.1080/2153599X.2016.1267035
*4. ダットスキャン静注. 2.4 非臨床試験の概括評価. 日本メジフィジックス株式会社
*5. 製品情報概要:ダットスキャン静注(放射性医薬品基準イオフルパン(123I)注射液). 日本メジフィジックス株式会社
*6. McNair, et al., 1971. Profile of Mood States. Educational and Testing Service, San Diego. 22 pp.
*7. Beck, A. T., & Beck, A. W. (1972). Screening depressed patients in family practice. Postgraduate Medicine, 52, 81–85.
*8. Fetzer Institute/National Institute on Aging Working Group. (1999). Multidimensional measurement of religiousness/spirituality for use in health research: A report of the Fetzer Institute/National Institute on aging working group. Kalamazoo: John E. Fetzer Institute.
*9. Cloninger, C. R., & Zohar, A. H. (2011). Personality and the perception of health and happiness. Journal of Affective Disorders, 128, 24–32.
*10. Amsterdam JD et al. Greater striatal dopamine transporter density may be associated with major depressive episode. Affect Disord. 2012 Dec 10;141(2-3):425-31. doi: 10.1016/j.jad.2012.03.007

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