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オキシトシンの抗ストレス作用と瞑想の効果

“愛情ホルモン/幸せホルモン”とも呼ばれるオキシトシン、その基本的な機能と子育てにおける重要な役割を以前の記事にしていますので基本となるホルモン作用はそちらを参照してみてください(*1, *2)。今回は“幸せホルモン”と呼ばれる根拠の一つ、オキシトシンの“抗ストレス効果”についての研究を紹介します。

まず最初にオキシトシンの抗ストレス効果を動物実験で検証した研究を紹介します。「Hypothalamic oxytocin mediates adaptation mechanism against chronic stress in rats.(ラットにおける視床下部オキシトシンの慢性ストレスへの適応形成 *3)」というタイトルの2010年に発表された研究論文です。

実験の方法を簡略に説明すると、雄ラットに一定のストレスを与えてそこにオキシトシンやそれ以外の物質を作用させ、身体のストレス反応を観測していくというやり方です。どのようなストレスを与えるかというと、「急性ストレス」「慢性同型ストレス」「慢性異型ストレス」という3つのパターンに分けられます。「急性ストレス」はラットを木の板の上に置き拘束具で固定し、“手足は動かせるが移動できない状態にして90分間身動きを拘束する”というストレスを1回与えるものです。「慢性同型ストレス」とは、“上記の拘束ストレスを5日間1回ずつ繰り返す”というもの。そして「慢性異型ストレス」というのは“上記の拘束ストレス”、“足場以外水に囲まれるストレス(90分)"、“足がつかない水槽に20分入れるストレス”、“4℃の寒冷環境に晒すストレス(45分)”、このような毎日異なる種類のストレスを1回ずつ7日間与える、という実験内容になります。

ちなみに、このような実験の性質上、“動物にストレスを与えなければならない場合”は動物愛護の観点から倫理規定が定められており(*4, *5)、”無闇にストレスを与えない”、“可能な限り必要最小限のストレスにするよう努める”、“検体採取が必要な場合は最も苦痛を与えないように努める”といった倫理指針と最大限の配慮に基づいて行われています。(ちゃんとした施設では実験動物の慰霊祭も執り行われており、筆者も慰霊に参加したことがあります)。

実験では上記の様な「急性ストレス」「慢性同型〜」「慢性異型〜」の3パターンのストレスを与え、ラットの「胃の消化力」をストレスの指標として用いています。ストレス前に決められた量の餌を与え、ストレス負荷後に胃の内容物を測量することで「何%消化されていたか」を割り出します。人間でも言えることですが、精神的/肉体的ストレスを受けると一般的に食欲が低下し、消化吸収も悪くなります。ラットでも「消化力の低下」≒「ストレスの大きさ」という現象が実験で実証されています。

3パターンのストレスを与える際にラットの脳内(脳室内)にあらかじめ留置された管から薬剤を注入します。ただの生理食塩水(対照)、オキシトシン、トシン酸(オキシトシンの効果を打ち消す物質)が各群のラットの脳に注入されました。ストレスは「急性〜」「慢性同型〜」「慢性異型〜」と「対照群」の4グループ、脳内物質は「オキシトシン」「トシン酸」「対照群(水)」の3グループに分けて解析が行われました(図1)。


まず図1の白いグラフ(生理食塩水:対照群)を見ると、ストレスを与えてない群は通常時で消化率が高いですが、急性ストレス群ではグラフが低くストレスで消化力が落ちていることが分かります。慢性同型ストレス群はまた消化率が回復しており“反復でストレスに適応した”と考えられます。慢性異型ストレス群では毎日異なるストレスによって消化力が低下しています。これと比較してオキシトシン投与群では、急性/慢性同型/慢性異型ストレスのいずれにおいても消化力が落ちないか、むしろ増進しています。これが本当にオキシトシンの効果であるのか証明するためにオキシトシン効果を打ち消す薬剤(トシン酸)を投与した群では、やはり消化力が低下しています(p<0.05:有意差あり)。ストレスへの適応が見られた慢性同型ストレス群でもトシン酸投与によって消化力が低下しているため、生理食塩水(対照群)ー慢性同型ストレス群で見られた“ストレスに対する抵抗力”は自己分泌したオキシトシンの効果である可能性が高いことが示唆されます。

次の実験では、「脳内に何も投与していない各ストレス群のラットの脳でどのようなホルモンが増加/減少しているか」が解析されました。一つ目の物質はCRF(コルチコトロピン放出ホルモン)で副腎皮質ホルモン(コルチコステロイド)を放出させるホルモンです。端的に説明するとCRF=“ストレスを感じているときに放出されるホルモン(ストレスホルモン)”と考えてもらうと良いと思います(*6)。もう一つはオキシトシンがどの程度脳内に発現しているか検討されました。


図2AにCRF(ストレスホルモン)の発現がグラフ化されていますが、急性ストレス群と慢性異型ストレス群でCRFが高く発現しており、ラットのストレスを反映していることが分かります。図2Bでは脳内オキシトシンの発現を解析していますが、ストレスのない対照群ではオキシトシン発現は低いですが、同じストレスに対して適応した状態の「慢性同型ストレス群」ではオキシトシンが高度に発現しています(p<0.05)。この群のCRF(図2A)を見てみると対照群と同レベルに抑えられていることが分かります。このことは“ストレスによって誘導されるCRFの合成をオキシトシンがブロックしている”ことを示しています。


図3のグラフは、図2AにおいてCRF(ストレスホルモン)の増加が顕著だった「急性ストレス群」と「慢性異型ストレス群」に対して脳内に生理食塩水(対照群)とオキシトシンを投与したグループでCRFの脳内発現を計測したグラフです。これを見てもオキシトシン投与によってCRFの産生が明らかに抑えられていることが示されています(p<0.05)。この結果は“脳内オキシトシンは身体へのストレス反応が起こることを防いでいる”ということを示しています。図3写真はラットの脳細胞の顕微鏡画像で、黒い部分がオキシトシンを含む細胞です。これを見るとストレスに順応した“慢性同型ストレス群”ではオキシトシンが多く産生されていることが分かります。まだストレスに順応しきれていない“急性/慢性異型〜”群ではオキシトシン産生も少なく、図1グラフのように身体にストレス反応が出ているのも理解できます。

以上のように「オキシトシンは脳内レベルでストレスホルモンをブロックすることによる抗ストレス作用がある」ということが示され、“幸せホルモン/癒しのホルモン”と呼ばれる理由の一つであると考えられます。

・オキシトシンを増やす方法
前回の記事(*2)で紹介したように“親子の肌と肌の触れ合いによるスキンシップ”がオキシトシンレベルを増幅させることが実証されました。しかし、一人でも瞑想を行うことでオキシトシンレベルを上げる方法が研究で公表されています。その研究とは「利他と感謝の瞑想(“ありがとう禅”)とオキシトシン分泌(*7)」という論文で日本の町田博士、上記動物研究にも関与した高橋博士らによる研究です。

研究内容は32人の被験者(男性10、女性22、禅の全くの初心者10人を含む)に約60分の“ありがとう禅”という瞑想を実践してもらい、瞑想前と瞑想後に唾液を採取しそのオキシトシンレベルを測定するというものです。(血液や唾液のオキシトシンレベルは注意点に基づいて計測されているようです。*8)
“ありがとう禅”瞑想とは4パートに分けられ非常にシンプルに説明すると以下のようになります。
1)最初の15分:“ありがとう呼吸” 腹式呼吸で「ありがとう」など心の中に向けて暗唱します。
2)次の15分:“感謝の禅” 「あーりーがーとーうー」と心から感謝しながら発声します。
3)次の15分:“ジョイフル禅” 幸せや楽しい体験を想起しながら「ありがとう」の発声を繰り返します。
4)最後の15分:“ニルヴァーナ禅” 床に仰向けになり発声を繰り返しながら“自己”から解放される意識状態へと到達していきます。

結果は図4のようになりました。図4左のグラフで個々に見るとオキシトシンレベルが低下した人もいるようですが、23人/32人(72%)で瞑想後にオキシトシンレベルが上昇しました。また全体の平均では瞑想前が66.3±6.7 pg/mLであったのに対し、瞑想後では90.6±18.7 pg/mLと大幅にオキシトシンレベルが上昇していました(図4右、p=0.028)。このように瞑想という方法を用いると“肌が触れ合うスキンシップ”がなくともオキシトシンレベルを上げれる、ということが示される結果となりました。


以上まで、今回紹介した研究結果をまとめると以下のようになります。
・ストレス状態に置かれると脳内でストレスホルモン(CRF等)が産生される。
・ストレスホルモンが増えると消化機能低下や代謝異常等の身体的変化が起こる。
・脳内のオキシトシンはCRF産生をブロックする効果がある。
・反対にオキシトシンをブロックするとCRF産生が増える。
・上のような機序でオキシトシンは抗ストレス効果を発現する。
・ストレス環境への順応現象にもオキシトシンが関与している。
・出産授乳に関与しない雄ラットでオキシトシンの効果が確認された。
・ヒトでは1時間程度の瞑想を行うことによってオキシトシンは増加する。

いかがでしたしょうか。オキシトシンは出産授乳だけではなく授乳期以外の女性にも男性にも関係しているホルモンのようです。そして人々がある種のストレスを受けたときに、ストレス反応が身体に現れるのを脳内レベルでブロックしてくれる抗ストレス作用を持つようです。「感謝の気持ち」や「自我からの解脱」という普遍的な瞑想によってオキシトシンは増やせることが分かりました。瞑想習慣を取り入れて「抗ストレスホルモン=オキシトシン」を増やして快適な生活を送りましょう。

(著者:野宮琢磨)

著者プロフィール

野宮琢磨 Takuma Nomiya 医師・医学博士
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。

引用/参考文献
*1. 脳内物質(幸せホルモン)“オキシトシン”についての基礎知識
https://note.com/newlifemagazine/n/ncef313003a7a
*2. 出生時の親子スキンシップとオキシトシンと心の変化
https://note.com/newlifemagazine/n/n90f06f2e8335
*3. Zheng J, Takahashi T, et al. Hypothalamic oxytocin mediates adaptation mechanism against chronic stress in rats. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol 299: G946–G953, 2010. doi:10.1152/ajpgi.00483.2009.
*4. the Institutional Animal Care and Use Committee of Zablocki Veterans Affairs Medical Center at Milwaukee.
*5. the National Institute of Health “Guide for the Care and Use of Laboratory Animals.” 
*6. ストレスとCRF (CRH) 
https://kanri.nkdesk.com/hifuka/stres2.php
*7. Machida S, Sunagawa M, Takahashi T. Oxytocin Release during the Meditation of Altruism and Appreciation (Arigato-Zen). Int. J. Neurology Res. 2018 March; 4(1): 364-370 doi: 10.17554/j.issn.2313-5611.2018.04.75
*8. Lefevre, A., Mottolese, R., Dirheimer, M. et al. A comparison of methods to measure central and peripheral oxytocin concentrations in human and non-human primates. Sci Rep 7, 17222 (2017). https://doi.org/10.1038/s41598-017-17674-7

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