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出生時の親子スキンシップとオキシトシンと心の変化

前回は“幸せホルモン/愛情ホルモン”と呼ばれる脳内物質の一つ「オキシトシン」についてこれまで分かっている部分を総論的に取り上げました(*1)。幸せホルモンと呼ばれる前から乳汁分泌ホルモンや子宮収縮ホルモンとして知られていたので、出産や育児に大きく関与しています。今回はそれを裏付けるような研究を紹介していきます。今回はちょっと長くなるかもしれません。

今回は「帝王切開後の親子間のスキンシップ(Skin-to-Skin-Contact)の相互作用と血中オキシトシンレベル・授乳への影響の研究(*2)」というタイトルでスウェーデンのカロリンスカ大学からの研究論文です。研究背景としては、予定帝王切開出生直後の新生児が母親に抱かれるか、父親に抱かれるか、あるいはそのままベッドへと運ばれるか、施設によって異なると考えられます。この出生直後〜2時間以内の対応が親子の行動にどのように影響するか、またその間の血中オキシトシンのレベルはどのように変化するのか、に関して解析した研究です。

対象は予定帝王切開が行われる妊婦37例がランダムに「出生後30分間新生児と肌で触れ合う(SSC: Skin-to-Skin-Contact)グループ」と「出生後30分間新生児と触れ合わない(対照)グループ」に振り分けられました(図1)。予定帝王切開は局所麻酔で行われ、母親は出産時も意識があります。同室には配偶者(新生児の父親)がいて、SSC群の母親は出生直後から30分間新生児を抱きながら父親と過ごします。対照群の母親は出生直後5分は新生児を抱きますが、その後の30分は新生児は同室の父親に預けられ、その間は新生児と離れて過ごします。30分経過したところで両群共に新生児は母親に戻されます。この30分間は父/母/子の行動(呼びかけ、要求、笑顔、泣く、探索行動、授乳、等)が観測されます。特に指示はされず、親子の自然な行動が録画によってできるだけ細かく観測されました。


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まず帝王切開後全ての母親と新生児が5分間接した後、母親に預けた群(SSC母&対照父)、父親に預けた群(対照母&SSC父)の30分間の行動の結果は図2のようになりました。
図2Aは新生児が30分間の間に泣いていた時間をグラフにしたものです。
結果を箇条書きすると以下のようになります(p値が小さいほど統計学的に有意差あり):
・父親よりも母親に抱かれている新生児の方が明らかに多く泣いた(p=0.002)。
・父親に抱かれている子は15分程度で泣く時間は減った(p=0.032)が母親の方では見られなかった。
・女児の方が男児より多く泣いた(p=0.02)。
・女児は父親(平均6分)よりも母親(平均13分)の方で泣く時間が多かった(p=0.004)。
・男児の泣き方に父母の差はなかった。

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続いて図2BはSSC群母親と対照群母親、図2CはSSC群父親と対照群父親での行動の違いを示しています。
・SSC群の母親の方が対照群の母親よりも新生児への話しかけが多かった(p=0.009)。
・SSC群の父親は対照群の父親よりも母親に対しての話しかけが多かった(p=0.046)。
・同様にSSC群の父親は子供に対しても有意に多く話しかけた(p=0.003)。
・対照群の父親は全くなかったがSSC群の父親は子に対する要求音を明らかに多く発した(p=0.01)。

ここまでの結果を考えると、やはり生まれたての我が子を抱いている親は子に話す頻度が高いのは自然な結果です。興味深いのは新生児の泣き方が父母で明確に差が出たことです。初めて対面し目も見えない新生児の行動が父と母でここまで変わるのは興味深い事であり、研究著者は“父親に抱かれている時の方が新生児のストレスが少ない”と考察していますがここについても後に考察してみます。

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図3はSSC群の母親、SSC群父親における子への行動の違いを示しています。
子へのタッチ(図3A)
・SSC群母親はSSC群父親にくらべて明らかに多く子供にタッチした(p=0.001)。
・母親は女児よりも男児へのタッチが明らかに多かった(p=0.038)。
・母親はSSC父親よりも指先でのタッチが明らかに多かった(p=0.01)。
子への笑顔(図3B)
・父親の方がSSC母親よりも明らかに笑顔が多かった(p=0.001)。
・父親、母親ともに男児、女児への笑顔の時間に差はなかった。
・父親の笑顔の時間が多いほど女児が泣く時間は少ない相関があった(p=0.005)。
子への話しかけ(図3C)
・母親の男児・女児に対して話しかける時間に差はなかった。
・父親は女児よりも男児に対してより多く話しかけた(p=0.042)。
・父親、母親ともに子へのキスの頻度に差はなかった。

新生児の母乳を求める行動(グラフなし)
・母親、父親いずれにおいても新生児の探索反射の出現に大きな差はなかった。
・同様に母親、父親いずれにおいても新生児が乳房をつかむ動作の出現に差はなかった。
・ただし、乳児の授乳行動は父親よりも母親で明らかに早く出現した(p=0.018)。
・SSC群母親での授乳開始は中央値出産から117分後、SSC群父親の場合は235分後と大きな差があった。

この図3の結果からは父親と母親の男児または女児に対する行動の違いがみてとれます。女性はタッチによるコミュニケーション、男性は笑顔によるコミュニケーションが多いようです。あと女性は帝王切開直後なので普段の余裕のある状態ではないことも影響している可能性があります。また父親が笑顔であるほど女児の泣く時間が少ないというのも育児では重要かもしれません。大きな点としては、“最初の30分間母親に抱かれていた子の方が授乳開始が明らかに早い”という点です。時間で約2倍の差があり、乳児の行動に大きく影響すると考えられます。

次に出産時から120分までの血中のオキシトシンレベルの変化は図4のグラフのようになりました。まず前提の説明として、オキシトシンは産後の出血を減らす子宮収縮薬として承認されている薬剤でもあるため帝王切開時は全ての妊婦に一定量(5 IU)のオキシトシンが静脈内投与されました。そして術中術後の母親の状態によって主治医の判断でオキシトシンの追加投与(50 IU)が一部の母親に対して行われました。内因性のオキシトシン以外に、このような外因性オキシトシンの影響も踏まえて母親は【SSC群/対照群】✖️【オキシトシン追加なし/追加あり】の4グループに細分化され比較検討されました(図4A)。

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まず同じSSC群母親の【オキシトシン追加投与なし vs. 追加あり】の比較では血中オキシトシンレベルでそれぞれのグループ間に有意な差が見られました(図4B、p=0.021)。
また、血中オキシトシンレベルの時間的変化も有意であることが示されました(p=0.013)。
但し、これでは血中オキシトシンレベルの上昇が追加投与による外因性の可能性があります。

そこで次に同じオキシトシン追加投与を受けた母親の中で【SSC群 vs. 対照群】の比較を行ったところ、こちらでもSSC群の母親の血中オキシトシンレベルが有意に高い結果となりました(図4C、p=0.023)。同様に血中オキシトシンレベルの時間的変化も有意なものと結果づけられました(p=0.001)。

特に特徴的なのはグラフに見られるように25分後と75分後の2相性のピークがあること、また60分後に一度ベースラインまで戻ることが観察されました。これはオキシトシンの追加投与が平均114分間の一定速度の持続注入であることを考えると、このようなピークは外因性オキシトシンだけでは説明がつきません。また同じ追加投与を受けた同士でのSSC母親と対照母親の比較でも明らかに差が出たので、皮膚と皮膚のスキンシップが血中オキシトシンレベルに影響をもたらしていることが示唆されます。

ちなみに図4Dは父親【SSC群父親vs. 対照群父親】の比較を示しています。こちらは血中オキシトシンレベルの平均値に差はありませんでしたが、時間的な変化は有意であることが示されました(p=0.008)。対照群では分娩後20分で血中オキシトシンレベルの有意な上昇(p=0.026)が見られ、SSC群では分娩後35分で有意な上昇が見られました(p=0.005)。
このことは男性においてもオキシトシンは分泌されるということ、そして乳汁分泌や子宮収縮以外の役割が示唆されます。

次にこの研究に参加した母親の出産後2日経過した時点での精神的プロファイルを図表5に示します。このプロファイリングはカロリンスカ=パーソナリティ尺度(KSP)によって行われたもので、図表のように15のカテゴリで精神的分析が行われます(*3)。各要素はそれぞれ年齢層、性別等によって標準的な母集団が50となるように正規化されています。このため、表の中で50より小さい数字は一般平均よりその性質が少ない、50より大きい数字はその性質が強い傾向にあります。図表は分かりにくいため、有意に低いものには「青い下線」、有意に高いものには「赤い下線」でマーキングしています。

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図表5をみると、産後の母親は全般的に「精神的不安」「精神衰弱」といったスコアが低いことが見てとれます。そして、「孤立・無関心」といった感覚も少なくなっているようです。上昇するものとしては「社会化」というスコアが全般的に高い傾向があり、コミュニティに帰属したがる傾向がみられます。また、「単調さ回避」も高い傾向があり、単調な生活や平凡な毎日から抜け出たいという意識が高まると考えられます。

興味深いのは「攻撃性の抑制」が低くなり、「間接攻撃性」も高くなり、「罪悪感」が少なくなることです。攻撃的になり、抑えがきかなくなり、相手に悪いという意識も薄くなるということで、どういう状態か何となく分かりますね。「産後の怒りっぽさ」は一般に広く知られていますがやはり気分が変わるのは性格の問題だけではなく生物学的な理由がありそうです。図2の結果で“父親に抱かれた子供の方が泣き止みやすい”というデータが出ていましたが、産後の女性の攻撃性の上昇と関わりがあるかもしれません。

研究著者らは最終的に、“オキシトシンの分泌の促進”、“父母の行動の変化”、“新生児と親との相互作用の促進”といった結果を踏まえて、“帝王切開直後から親子間の肌の触れ合うスキンシップを積極的に行うことが推奨される”とまとめています。「愛情ホルモン」と呼ばれるオキシトシンには皮膚同士の触れ合いが重要であることを示す一つの根拠となる研究でした。

今回の研究でも示唆されたように、オキシトシンは「癒し/精神安定作用」や「抗ストレスホルモン」という性質だけでなく「攻撃性を高める」という性質も知られています。一見相反するようなこの性質について生物学的に考察してみます。

一般に出産というのは人間界では感動的なイベントですが、自然界ではそうとは限りません。出産時の数十分は動物の母子にとっては“最も無防備な状態”となります。捕食側の肉食動物からすると出産時の母子は“格好の獲物”となります。草食動物の赤ちゃんは産み落とされてからたった1、2時間で歩けるようになると言われていますが、それはこのような外敵から生き延びる仕組みと考えられています。しかしそれでも2時間の無防備な状態の子供を母親は護らなければなりません。産後の弱った状態に襲いかかる外敵を撃退するには通常よりも高い攻撃性や怯まない精神力を備える必要があります。日本の猟師が山に入った時でも、単体のオス熊よりも怖いのは幼い子連れのメス熊です。何よりも仔熊単体で遭遇した時は戦慄が走ります。それはまず母親熊の所在を確認しなければこちらの命が危ないからです。

このような自然界の状況を考えると“産後に攻撃性が高まり罪悪感が無くなる”というのは母子の生存率を高めるための最善の状態かもしれません。夫も近づけない状態の母親というのはある意味“自然界最強”かもしれませんね。オキシトシンは単に親子間の絆を強めるだけではなく、子を生存させるために親の生存闘争本能を高める作用があるとなると合理的と考えられます。そう考えると子供に母乳を与えるだけでなく子を護る強さも与えてくれる本当に「愛情深い」ホルモンかもしれません。

前回今回とオキシトシンを取り上げましたが、医学の教科書で説明されているよりもはるかに多彩な側面と複雑なメカニズムを持つホルモンかもしれません。まだ社会的行動の変化や男性における役割、瞑想で得られる効果など研究が進行中の領域も多いのでまた「幸せホルモン:オキシトシン」に関する知見を掘り下げていきたいと思います。

(著者:野宮琢磨)

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著者プロフィール

野宮琢磨 Takuma Nomiya  医師・医学博士
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。

引用/参考文献
*1. 脳内物質(幸せホルモン)“オキシトシン”についての基礎知識
https://note.com/newlifemagazine/n/ncef313003a7a
*2. Velandia M. P Parent-infant skin-to-skin contact studies: Parent-infant interaction and oxytocin levels during skin-to-skin contact after Cesarean section and mother-infant skin-to-skin contact as treatment for breastfeeding problems. Stockholm, Sweden: Karolinska Institutet. 2012. https://openarchive.ki.se/xmlui/handle/10616/40879
*3. Ekselius, L., Hetta, J., & von Knorring, L. (1994). Relationship between personality traits as determined by means of the Karolinska Scales of Personality (KSP) and personality disorders according to DSM-III—R. Personality and Individual Differences, 16(4), 589–595. https://doi.org/10.1016/0191-8869(94)90186-4
*画像(フリー素材):いらすとや https://www.irasutoya.com


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