【歴史小説】第26話 雅仁親王②─邂逅─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』
1
賭場を探した。目撃談こそは聞けたものの、結局雅仁親王は見つからなかった。
だが、自分の名前を知っていたみづらの美少年が気になる。
五郎の友人にしては、少し歳が離れている。それ以前に、六波羅の自宅であの少年の顔を見たことが一度もない。
(一体誰だったんだ。あの少年は)
声をかけたみづらの美少年のことが気になって仕方がない清盛は、夕食時にその少年について、家族に聞いてみた。
「みづらか。皇子だな」
忠盛は即答した。
みづらとは、日本に古くからある男性の髪型の一つで、長い髪を二つに分け、それを折り曲げて紐で結んだもの。聖徳太子の肖像画の両脇にいる子どもの髪型をイメージしてもらえるとわかりやすい。当時は少年の髪型の一つでもあった。
「でも、供周りがいなかった」
「そうか……」
「兄上、もしかして、そのお人が雅仁親王殿下ではございませんか?」
家盛は答えた。
「なるほど」
清盛は納得した。どうりで、武門の家の子どもにはない高貴でしなやかな雰囲気が出ていたわけだ。
「あのお方は、虫も殺せないようなかたちをなさっていますが、噂ではなかなか凶暴な方だと聞き及んでいます。叔父上から聞いた話によると、この前このようなことがあったそうで──」
家盛は語り始めた。
ある日の雨上がり。
白河北殿の庭にカタツムリが出ていたことがありました。
それを見つけた雅仁親王殿下は、カタツムリを扇の上に乗せて、
舞え 舞え 蝸牛
と今様の一節を歌い始めました。
舞はぬものなら 馬の子や牛の子に蹴ゑさせてむ
雅仁親王殿下は次の歌詞を歌うのと同時に、カタツムリを踏み潰したのです。踏みつぶされたカタツムリからは殻と体液が飛び散ったそうですよ。
「いや、これ狂気以外の何物でもないだろうに」
清盛は顔を青くして言った。
「これ家盛、食事中にそのような話はするでない」
忠盛の右脇に座っていた宗子は、顔をしかめる。
「母上、失礼しました」
家盛は軽く頭を下げた。
「兄上、例え皇族でも、あんな残虐なやつとなんか、絶対に会うなよ」
経盛は、清盛が雅仁親王と会うことについて、危険だから会うのはよせ、と言った。
(うん。それがいい。さすがは一門の知恵袋だ。さっきの家盛の話聞いて会いたくなくなったよ。でも、どんな人物なのかも気になるんだよな)
清盛は箸を置き、腕を組みながら考える。
今まで聞いた雅仁親王の風聞をまとめると、残虐で気まぐれな第四皇子。二回も約束をすっぽかしたのは単に忘れていただけか、ただの気まぐれだろうと推測できる。だが、どちらなのかは会ってみなければわからない。それに、会ったとしても、どんなひどい目に遭わされるかわからない。相手は、残虐で気まぐれな第四皇子なのだから。
「教盛(のりもり)、五郎、どう思う?」
雅仁親王にについて、経盛は隣にいた弟二人に聞いた。
「俺は会っても構わないぜ。やられたらボコボコにしてやりゃいいし」
教盛は腕をまくって、鍛えきった力こぶを見せつけながら自慢げに答えた。
「ぼくは会わないかな……。何されるかわかんないし」
五郎は自信なさげに答えた。
「さっき話してた小兄ちゃん、家貞はどう思う?」
経盛は兄家盛と郎党家貞にも同様の質問を投げかけた。
「僕は会いませんね」
「私も会いませんな」
家貞はうなずいた。
「母上は?」
「私は無理だね。あんな怖い人となんか、会いたくない」
宗子は震えながら答えた。
家族と家貞の意見をまとめると、危なっかしくて評判も良くないから会うのをやめろ、ということらしい。先ほどしれっと不敬発言をした教盛だけを除いては。
「父上はどう思いますか?」
経盛は父親に、清盛は雅仁親王と会うべきかということについて聞いた。
箸を置いて、忠盛は答える。
「人のことなど、噂話だけでは判断できないものだ。経盛、よく考えてみろ? 噂話は、他人がその人の一面を見て、感じ、そのまま人に話しただけのことだ。言ってしまえば、個人の感想にしか過ぎない。だから、話す人間の見方一つで、善人にも悪人にも変わる。だからこそ、実際にその人物と会って、言葉を交わし、自分の眼でそれを確かめることが大切なんだ」
経盛は、噂話や一時の感情に流されない忠盛の答えを聞いて、得意の屁理屈で反論することができない。
「清盛、行ってみてみるといい。そして、自分の目で四宮さまを判断してこい」
「わかりました」
清盛は改めて、雅仁親王と会ってみることを心に決めた。
2
6月中旬。
梅雨が明け、鼠色や灰色の重たい雲が一面に広がる空から、水色と強くまぶしく暑い日射しの空へと変わるころ。
清盛は事前の連絡なしに、白河北殿へと向かった。
何度も通憲と日にちを合わせては会おうとしたが、結局会えなかった。もうこれでは、時間があるうちに会った方がいい、と判断したので、事前の約束なしに御所へと向かうことにしたのだ。
東対に雅仁親王の姿があった。
遊びを せんとや 生まれけむ
たわむれ せんとや 生まれけむ
上機嫌に歌っている。声量もそれなりにあり、音程やリズムもしっかりと取れている。喉を潰してしまうほどの過酷な練習の賜物だろうか。
「殿下、お話があります」
「おや、そなたどこかで見たことがあるな」
そう言って清盛の方を見た。
中性的な顔つき、きれいに手入れされた黒髪、澄んだ琥珀色の瞳。雨の日に見た美少年その人だった。
「私が、平清盛です。この前、近くの辻ですれ違った」
「ほう。そなたが平清盛か。通憲から話は聞いていた。私はいつも歌い、遊び暮らしているように見えるが、忙しいのだ」
「忙しいからって、約束破って言いわけがないだろ?」
清盛と雅仁親王との間に、緊迫した空気が流れているときに、30代前半ぐらいで、水色の壺装束を着た女性が入ってきた。
「こんにちは殿下、今様の練習をしましょうか……」
その女性は、紫色の風呂敷に包んでおいた鼓を取り出し、練習の準備をしていたときに、驚いた表情で、
「清盛、どうしてここに?」
と聞いてきた。どうやら清盛を知っているようだ。
「伯母上お久しぶりです。実は、雅仁殿下が私と会おうとするとき、いつも会えなかったのです。ですから、抜き打ちで会って、なぜ会おうとしないのかを聞きただしたいと思って」
清盛は答えた。水色の壺装束の女性は、清盛の伯母祇園女御だったのだ。
「なるほど。雅仁殿下?」
「どうした、祇園女御よ?」
「いくら親王であろうとも、約束は守らねばなりません」
「わ、わかった。悪かった」
雅仁親王は必死で謝る。どうやら今様の師匠である祇園女御には頭が上がらないらしい。
「わかったならそれでいいのです」
「だが清盛」
雅仁親王は清盛に向かって指をさして、続ける。
「私はそなたを信用していない。お前、通憲の手先であろう?」
「違うって。何というか、年の離れた友達みたいな間柄みたいな?」
清盛は必死で弁解する。本当に、「年の離れた友達」程度の間柄でしかない。
「いや、そうだろう。私はこの目でしっかりと見ていた。お前と通憲が仲良く私の悪口を言い合っているところをな。だから、そなたが私と付き合うのにふさわしい人間かを見定めるために、勝負がしたい」
突然、雅仁親王は清盛に勝負を挑みかかってきた。
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