【歴史小説】第47話 御代変わり④─戦闘開始─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』
1
清盛と時忠、忠通の二人は、正清の指示のもと、東三条殿の中にあった座敷牢を脱出した。
3人が脱出したときには、日はもう暮れ、辺りは暗くなっていた。
「おう清盛。弱いくせに無茶しやがって。でも、無事でよかった」
東三条殿から離れたところに、鎧を着、右手に手綱、左手に松明を持った義朝がいた。後ろにいた広常と義明たちも同様に、馬を引き連れている。
「あぁ、何とかな。それよりも、どうして関白殿下が釈放されることになったんだ?」
清盛は訊いた。
「それはな、関白殿下の冤罪がわかったからさ。犯人は左府殿だったらしい」
「ほう。でも、どうして、それがわかったんだ?」
「今日、美福門院さまが、一院の病気平癒のため、熊野から巫女を呼び寄せられた。祈祷が終わったときに、先帝を殺したのが誰なのか、本人の霊を呼び寄せてお聞きになられた。そのとき、巫女の身体に憑依された先帝の霊が、『自分を殺したのは忠通ではなく、頼長と買収された御典医だ』と申されたそうだ。御殿医は検非違使に捕らえられ、証拠がいくつか見つかり、今は尋問中だ。だから、俺たちは帝より宣旨を賜り、こうして関白殿下と清盛、そしてそこにいる青年を救出したというわけだ」
「なるほど」
そういうことだったのか、と清盛は納得した。御典医を買収しておけば、本当は毒殺だったとしても、治療の甲斐がなかった、と言わせておけば、病死だったことになる。医者の特権を利用した、間接正犯だったというわけだ。
「このことに関しては、詳しいことがわかり次第改めて話そう」
「わかった」
清盛と時忠、忠通の三人は、義朝とその郎党たちに守られながら、静まり返った京の町を歩く。
賀茂川を目の前したとき、義朝は、
「お前たち、これに乗って逃げろ」
3人に馬に乗るよう促した。
「どうしたんだよ?」
「いいから早く」
「わかったよ」
せかされて、急いで馬に乗ろうとする清盛。
3人が馬に乗って逃げ出したそのとき、何本もの弓矢が地面に刺さった。
「来やがったか」
義朝は前を向いた。
目の前には、松明を灯し、笹竜胆の家紋が染だされた旗を持った、100人ほどの軍勢がいた。
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「お前たち、なぜ関白を捕まえようとする?」
義朝は刀を抜き放ち、問いかけた。
あまたいる侍たちの中から、飛び抜けて背の高い男が出てきて、
「違うな」
と答えた。
「そうか。命が惜しければここから撤退するのを勧める」
「ほう。それよりも、お前が父上が勘当された、俺の長兄義朝か?」
目の前にいた為朝は、初めて会う長兄義朝に尋ねた。
義朝は答える。
「知らないな。お前みたいなやつ、兄弟にはいなかったぞ。それに、あいつとは縁は切ったから、後に生まれた兄弟のことなんて知ったこっちゃない」
「ほうほう。嘘つけ。証人はここにいるぞ」
為朝は首にかけていた篠笛を吹いた。
薙刀をきらめかせた源氏の侍たちの中から、馬に乗り、貧相な面構えには似合わない、立派な大鎧を着た武者が出てきた。為義だ。
「そうだぞ! この父を忘れたか!」
為義は義朝に向かって叫んで続ける。
「それに、お前は俺のかわいい孫を使って、義賢を殺したそうじゃないか、落とし前をつけさせてもらうぞ!」
「一つ言っておくが、義平の件に、俺は一切関与してない。後ろにいる二人が唆した」
義朝は、後ろにいた広常と義明の方を指した。
「いやいや、俺たちは単に、殿に源氏の棟梁になって欲しいからやったのにな、義明」
「おう、せっかくの好意で髭切を奪ったのにな」
必死で言い訳をする、広常と義明。
「全く。バカは死んでも治らない、というのは、こういうことだ」
正清は大きなため息をついた。
「ええい、茶番はここまでだ。お前ら、やっちまえ!」
太刀を抜き、為義は号令をかけた。
それに応じ、迫りくる源氏の侍たちは、義朝と正清、広常、義明の4人に襲いかかった。
「義朝、逃げるぞ」
大軍を見た正清は、義朝に逃げることを勧めた。
100人と4人。数の上では、義朝革に勝ち目はない。
「この人数で逃げたとしても、結局は捕まるか殺されるかの2択だ。なら、やるしかないだろう!」
そう言って義朝は刀を抜き、大軍の中へ入っていった。
「大軍ならこの上総広常に任せろ!」
義朝に続き、広常は上下に刃のある薙刀を持って摂関家の兵士の大軍に突撃した。
「俺も行くぜ。東国武士なめんなよ!」
張りつめた弓に矢をつがえ、援護射撃をする義明。
「結局こうなるのか。まあいい」
刀を抜いて、義朝や広常たちと一緒に戦う正清。
最初は義朝たち4人が有利だった。逃げまとう兵士たちを斬ってゆく。
「みんな、この調子でどんどんやれ!」
逃げまとう為義の侍たちを、次々と斬り倒しながら、檄を飛ばす。
「おう」
広常と義明は、先ほどにも増した勢いで、逃げる兵士たちを戦闘不能にしていく。
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義朝と広常、義明の奮闘で、大人数の侍たちを退かせることに成功した。
この勢いに乗って、どんどん攻め上がろうとしていた3人。
だが、正清は積極的に攻めず、為義と為朝の様子を見ながら戦っていた。
(なぜ、兵を退いても、この2人はこうも平静を保っていられるのか)
普通、形勢が不利になると、指揮官の表情が苦々しくなるのだが、現在の二人には、苦渋の苦の字すら見当たらない。むしろ、どこか余裕そうに見える。
(まさか、逃げながら体勢を立て、俺たちを囲んだところで一気に討ち取る算段か!)
為義の算段に気づいた正清は、
「お前たち、もうおしまいだ」
と叫んだ。
「おしまいだ? せっかく今いいところなのによ」
不機嫌そうに言う広常。
「どうも、そうみたいだな。逃げたやつらは、俺たちを中心にすえた円を作って囲っている」
「気づいてたか」
「あぁ」
義朝はうなずいた。
目の前には、薙刀の矛と太刀をきらめかせた集団が、4人を囲んでいる。
「ひっかかったな、馬鹿め」
馬の上で大笑いしながら、為義は追い詰められた義朝たちを眺めている。
「父上、いくら兄上が憎くても、ここまでするのはやり過ぎでは?」
為義の卑劣なやり方に、為朝は首を傾げた。
「勝てばいいんだよ、どんな手を使っても」
「父上、今回は脱獄した関白殿下と闖入者を捕えるだけ。なのに、ここまでする必要は?」
「子の仇の親を目の前にして、殺さずにいられるか」
為朝にそう吐き捨てた為義は、袋のネズミとなった4人の方を見て、
「お前たちはここで終わりだ。お前たちが助けた、白河院の御落胤と関白殿下は、帰っても無事じゃないぜ。動かした別動隊が今ごろ、六波羅と近衛にある屋敷を焼き払ってるとこだろうな」
大笑いした。顔に似合った、品性のかけらもない笑い声だ。
「さあそれはどうだろうな」
義朝はそう言って、後ろの方を見ながら言った。
つられるように、義朝の後ろ側を見る源氏の侍たち。
「ば、馬鹿な!」
為義は驚いた。義朝の後ろ側には、揚羽蝶の紋を、赤地の生地に染め抜いた旗をたなびかせ、かがり火を焚いた集団が、こちらへ向かってくる姿が見えたからだ。
赤旗の集団は、80人の源氏の侍たちの前で立ち止まり、
「なんのバカ騒ぎかと思ったら、そういうことだったのか」
立派な鎧を着た青年は、つぶやいた。教盛だ。
「バカ殿が無事で何よりだった」
安堵のため息を漏らす忠清。
「みんなぶっ倒してやるぜ」
先鋒にいた忠清と教盛は馬を降りて、戦闘態勢に入る。
「なんで、お前らが生きているんだ! それも、無傷」
動揺する為義。
忠清は腰に帯びていた2本の太刀を抜いて、
「あぁ、悪りぃ、オッサン。六波羅の屋敷に頼仲とかいうバカが攻めてきたから、殿の奪還のついでに捕まえてやったんですよ。後で返すんで、カッカなさらないでください」
と言って、一気に二人を斬った。
(無事ならばいいが、こっちが家族を奪還することになるとはな……)
為義はしばらく黙り込んだあとに、太刀を抜いて、
「お前たち、弟殺しの親不孝者とそれに同調する郎党、そして、親父の仇の孫、白河院の落胤を殺せ! そして、頼仲を取り戻すんだ」
と号令をかけた。
先ほどまで戦っていた義朝ら4人と平家軍に、80人ほどの源氏の侍たちが襲いかかる。
「どうする、大将?」
忠清は清盛・時忠奪還軍の総大将である教盛に聞いた。
「言われるまでもねぇ」
源氏の侍二人の首元と顔面を蹴りつけて、教盛は続ける。
「絶対に生き残れ。源氏の御曹司と東国武士たちもだ」
「おぉ!」
星月夜の中、為義率いる源氏の侍たちと、教盛・義朝を総大将とする連合軍との衝突が始まった。
「南無八幡大菩薩」と書かれた白旗と、揚羽蝶が染め出された赤地の旗が、夜風に吹かれ、たなびいている。
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