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【歴史小説】第48話 御代変わり⑤─源為朝─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』


   1


 戦闘が始まった。

 源氏の侍たちは平家軍に圧倒され、先ほどまで義朝たちを包囲していた隊形がバラバラになる。

「畜生、こうなるとは想像もしてなかったぜ」

「父上、戦いはいつ、何が起きてもおかしくありません。それに、我々よりも平家・義朝軍の数の方が多い。ここは一旦退きましょう。殿軍(しんがり)はこの為朝にお任せください」

「わかった」

 為義は馬を回し、退け、と号令をかけた。

 平家軍の目の前から引き下がる兵士たち。

「どうする、大将?」

「決まってんだろう。追うぞ」

 追い打ちをかけろ、と教盛は号令をかけた。

 逃げる源氏軍に平家・義朝連合軍は、弓矢の一斉射撃を開始する。

 縦向きに立てた本のように、一斉射撃に倒れる源氏の侍たち。

「ほうほう。平家の侍と東国武士はこの程度か」

 にやり、と笑った為朝は、漆で黒く塗られた弓に矢をつがえ、放った。狙いは、先ほどから援護射撃をしている平家の侍だ。

 放たれた矢は、肉眼では捉えきれない速さで戦場を駆け抜け、援護射撃をしている平家の侍に当たった。

 矢に当たった平家の侍たちは、バタバタ倒れてゆく。倒れた侍の体には、心臓の部分に為朝が放った矢が、鎧を貫いて刺さっている。

 それを見て逃げ出す平家の侍たち。

「誰だ? こんな弓矢の攻撃をしてくるやつは?」

 義朝は振り向いた。

 視線の先には、次の矢をつがえようとしている為朝がいた。

「おぉ、これは兄上!」

「貴様、合戦を舐めてたら死ぬぞ。それに、お前のような弟がいた覚えはない」

「そうか。ならば──」

 弓を引いた為朝は、浅黒い顔に爽やかな白い歯を浮かべ、

「死ね!」

 と叫びながら、矢を放った。

 放たれた矢は、目にも留まらぬ速さで、義朝の心臓を目がけて翔る。

「おっと」

 余裕の表情で為朝の放つ矢を避ける義朝。

 外れた矢は地面に当たり、深く突き刺さる。

「貴様、弓矢の腕はなかなかだが、常識の方がなってないようだな」

 刀を構える義朝。

「ほう。やる気になったか。ならば──」

 為朝は靫から矢を二本取り出し、ピンと張った弦につがえ、

「ならば、兄上にはとっておきを見せてやろうか」

 同時に放った。

 軽々とした身のこなしで、義朝は二本の矢を避ける。

「ちっ、外したか」

「複数撃ちか。貴様の腕ではそれぐらいたやすいだろうな。だがな、矢を二本以上撃つと、どれかをあてにしてしまうから、狙ったものに当たりにくくなるぜ。若いときに俺に弓術を教えてくれた人が言ってた」

「ほう。でもそれは、お前に教えた人間ができなかったこと。この為朝には、不可能なことはないぜ」

 靫から矢を三本取り出した為朝は、弓にそれをつがえた。

「またお前のとっておきか? 辞めとけ。一本のときよりも速さが遅かったからな」

 余裕の笑みを浮かべ、弟に忠告する義朝。

 為朝は義朝の話をさえぎり、矢を放った。

 真ん中の一本は義朝を目がけてきたが、義朝が切り払ったことで無効化。二本目は戦っていた教盛に当たろうとしたが、間一髪のところでそれをキャッチ。

 だが、三本目は、援護射撃に回っていた義明の肩に当たった。

 痛そうに倒れる義明。矢傷のある場所からは、血がとくとくと流れ出ている。

「義明」

 義朝は傷を負った義明の元へと駆け寄った。

「へへっ……。これぐらいの傷なんて、大丈夫だぜ。それよりも、俺の分まで、戦ってくれよ」

「置いてなんて行けるか」

 涙を流す義朝。

「そうだ。義明の言う通り、あの化け物との戦いに専念してくれ。義明は俺が見ておく」

 頼もしそうに言う正清。

「今俺たちもいる」

「平家のガキの言う通りだ、大将」

 そこへ教盛と広常がやってきて、優しく肩を叩く。

「そうか。正清、頼んだ」

「わかった」

 正清はうなずき、義明の手当てをすべく、彼を背負って安全地帯へと走った。

 義朝と広常、教盛は足並みをそろえ、為朝の前に立つ。

「おうおう、東国武士と平家の大将まで、わざわざ死にに来るとはな」

 大笑いする為朝。

 三人は立ち止まった。義朝と忠清は刀の切っ先を、教盛は拳を、広常は薙刀の矛先を為朝の方へ向けて言う。

「死ぬのはお前だ、為朝」


   2


 近衛殿。

 この屋敷は、近衛帝の里内裏として使われていたが、亡くなってからは、忠通の一家が自宅として使用している。

「関白殿下、無事に自宅へと着きました」

「ありがとう! いつも君には助けられてばかりで、非常に申し訳が立たない」

 忠通は自宅へと入ろうとすると、薙刀の矛をきらめかせた男たちが出てきて、

「へへへ、ここは源為義公が三男志田義広さまが占拠したぜ。また無宿にお戻りとはな。関白様も哀れなものよ」

 大笑いした。

「お前らに関白殿下の何がわかるっていうんだ!」

 清盛は腰に帯びていた小烏丸を抜いて、義広配下の侍に斬りかかった。

 義広は先の尖ったガラスの塊を創り出し、それを力いっぱい投げた。

 ガラスの礫で身動きが出来なくなったところへ、義広は指先をガラスに変化させ、足に突き刺した。

「くそっ!」

 清盛は動けなくなり、近くにいた義広の配下に捕らえられた。が、清盛の手に縄を縛ろうとしたとき、突然血を噴いて倒れた。頭には弓矢が刺さっている。

 清盛は矢の飛んできた方向を向いた。

 そこには、白い鎧直垂を着、重藤の弓を持った、凛々しい青年武者の姿があった。清盛の次男基盛だ。

「父上、ご無事で何よりです」

「おう、義朝たちに助けられた」

「そうですか。詳しいことは後で話すので──」

 基盛は手を二回叩いた。

 籠手を持った下人たちが、清盛の前にやってくる。

「戦え、ってことか?」

 清盛は聞いた。

「はい。これをつけて、関白殿下をお守りください」

「わかった。ありがとな」

 急いで籠手を着けた後、清盛は忠通を連れて、六波羅の自宅へと戻った。

「さて、攻めますかね」

 基盛は侍たちに、近衛殿にいる義広の手勢を掃討するよう号令をかけた。

 一刻ほどで、屋敷を占領する義広の軍勢の掃討に成功した。だが、大将である義広が能力を使って逃亡したため、捕まえることができなかった。


   3


 義朝、忠清、教盛、広常の4人は、為朝の強弓に苦戦を強いられていた。

(あいつ、バケモンかよ)

 為朝が飛ばしてくる矢を、刀で斬り落としていた義朝は思った。

 日本鎧は刀や薙刀から繰り出される斬撃や、弓矢の攻撃を防げるように、ある程度頑丈にできている。だが、為朝が放つ矢は、当たれば頑丈な鎧も貫き、かすっただけでも傷ができる。

「どうした? この矢の結界が越えられないとは、みんな鍛錬が足りないんじゃないか?」

 間髪入れることなく、一人一人を狙い続ける為朝。瞳には、狩りをしている獣のような、鋭い眼光をたたえている。

「埒が開かねぇな」

 飛んでくる矢を、教盛は紙一重で避けたり、蹴ったりキャッチしたりしている。

 薙刀を風車のように回している広常は、

「同感だ」

 とうなずいた。

「何かいい方法はないのか?」

 両手に太刀を持ちながら、為朝の矢を切り落としている忠清は言った。

「そうだな──」

 義朝は考えてみる。

 最初に、相手の矢が尽きたとき、4人で一斉にかかって為朝を殺すという方法が、頭の中に浮かんだ。だが、相手が矢を射続けているうちに、4人のうち誰かに当たってしまうかもしれない。この手段が一番手っ取り早いが、それなりの犠牲が出ることも覚悟しなければいけない。

 次に、自分、忠清、教盛の3人に攻撃を集中させ、その隙に薙刀を持った広常に馬の足を斬らせ、落馬させる。そして為朝が落ちたところで、一斉にとどめを刺すことを思いついた。

 この策は最初のものよりは、ずっといい。だが、後ろに回るときに広常が撃たれたらおしまいだ。

(どうすればいいんだ。盾も効かないのに……。盾?)

 必死に為朝が放つ矢の雨を切り払っているときに、義朝は策を思いついた。鎧を何枚か重ね、それを持って体当たりして為朝の視界を奪った後一気にやるというものである。

 義朝は鎧の胴を六枚ほど集めろ、と言った。

「鎧の胴を六枚集めてどうしろって言うんだ?」

 薙刀を風車のように回しながら、矢を撃ち落としながら広常は聞いた。

「それを盾にして、突撃する」

「ほーう」

「胴で作った盾で相手の視界を遮り、油断したところを突く。か。わかった」

 命令を聞いていた正清は、大鎧を着ている武者の亡骸から、胴を集めた。繋いである糸を斬り、そして自身の持つ力で一気に吸い寄せ、解除して、義朝、忠清、教盛の3人の前に六枚づつ落とした。

「正清、ありがとうな」

「おう」

 そう言って正清は戦闘に戻った。

「どうすればいいんだ?」

 損傷の少ない鎧の胴を6枚持った教盛は、義朝に聞いた。

 義朝は為朝の豪速球で飛んでくる矢を刀で斬りながら答える。

「それを持って突進する」

「わかった」

 考える間もなく、教盛は突進する。

「鎧を何枚持って走っても、この為朝の矢を防ぎきることはできまい」
 為朝は三本の矢をつがえ、鎧をめがけて射がけた。

 肉眼ではとらえきれないほどの、凄まじい速度で、教盛の持っている鎧を貫こうとする。矢は鎧を貫いたが、途中で静止した。

「覚悟しやがれ、黒鬼が!」

 鎧を盾に、突進する教盛。飛んでくる矢を恐れない様は、まるで猪のようだ。

「何度言っても無駄だ」

 為朝は余裕の笑みを浮かべ、靫から次の矢を取ろうとした。だが、靫には一本も矢は残っていない。

「畜生、切れてしまったか」

 先ほどの余裕とは一転、焦る為朝。

 そこへ教盛が突進してきて、

「くたばれ! 黒鬼」

 と叫んで鎧を盾にタックルをかました。

 馬上でよろける為朝。

 教盛は広常の方を向いた。

 何かを察した広常はうなずき、薙刀で馬の足を薙いだ。

 馬は痛々しい叫び声を上げて、為朝と一緒に倒れようとする。

 倒れたところで忠清がやってきて、両手で手足を斬り、行動不能にした。

「言い残すことはあるか?」

 忠清は太刀を為朝の喉元に突きつける。

「この為朝、こんな幼稚な戦術に引っ掛かるとは……」

「死ね!」

 太刀を大上段に構え、忠清は為朝を討ち取ろうとした。だが、事態を聞き付けた検非違使たちが大軍を率いてやってきた。

「ちっ、仕方ない」

 さすがに検非違使の要求には逆らえない、と感じた忠清は、為朝の身柄を引き渡した。


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