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【歴史小説】第46話 御代変わり③─牢の中─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』


   1


 清盛と時忠は、摂関家の侍たちによって、座敷牢の中へ入れられた。

 座敷牢の中には窓がない。そのため、太陽の光が入りこんでこないので、真っ暗だ。また、座敷牢の場所が地下ということもあってか、外に比べ、幾分ひんやりしている。

「ずっと見張られていたのには、気づかなかった」

「すまねえな」

「それで時忠、あの男は一体何なんだ?」

「あぁ、あいつか。あいつは源為朝(みなもとのためとも)という男さ」

「ほうほう」

「何でも為義の八男で、乱暴ばかり働くもんだから、13のときに九州へ流されたらしい。だが、そこでも問題を起こしたものだから、武蔵での一件で義朝を討つための合戦をするための兵力を兼ねて呼び戻された、と人から聞いてる」

「なるほど。でも、どうして源為朝追討の綸旨なり院宣が出ないんだ?」

「詳しいことは、俺もわからない。ただ兄貴、これだけは言える。一院と新帝、そして関白殿下や信西は、新院を支持する勢力を一掃しようとしている、とな」

「えっ、なぜ?」

 時忠の推測ではあるが、水面下で大きな出来事が進んでいるかもしれないことを知って、驚く清盛。

「それはな、一院と新院の仲が良くないからだよ。なぜなら新院は、兄貴と同じ、白河院の『御落胤』だからな」

「白河院のもう一人の『御落胤』」

 昔後白河帝を訪ねに、清盛は白河北殿へ行ったことがあった。そこで屋敷の主である崇徳院が言っていた、

「そなたと私は、腹は違えど、胤(たね)が同じ兄弟ではないか」

 という言葉の意味が、ようやくわかった。

 自分の「腹違いの兄弟」だったのだ。でも、実の父親が白河院であることが、なぜ不仲に関係しているのか、いまいちわからない。

「そうだ。一院が新院を嫌う理由は、これだけではない。まだ白河院が御存命であらせられたころ、一院は、今の新院のような扱いを受けていた。幸い、父の堀河帝のように、若死にしなかったこと、そして白河院が崩御したことで、自らが主体となって、院政を行うことができるようになった。治天の君となった一院は、長年苦しめていた祖父への復讐を考えた。それが、白河院に可愛がられていた新院が、院政を行うことができないようにすることだった。だから、先帝の養子の件を反故にしたり、新院には男児がいるのに、皇位に就かせなようにしたりした、というわけだ」

「しっかし、あのわがまま上皇、よくここまで用意周到にできるな」

「そうだよな。まあ、為朝の話に戻るが、恩赦にした理由はおそらく、それに関係してるのは間違いなさそうだ。あと、天才的な弓矢の才能と、驚異的な身体能力を誇っていることか」

「なるほど。もしかして鳥羽院は、邪魔者を皆殺しにするために、戦でもしようと考えてるのか?」

「極論を言ってしまえば、そうみたいだ。だが、摂関家の侍として仕えているのを見る限りでは、失敗に終わっている感じだがな」

「へぇ、みんないろいろ考えてるんだな」

 清盛は感心していた。

「そういえば、皇位継承者を決める会議のとき、兄貴寝てたよな。いびきうるさかったぞ」

 時忠は大笑いした。

「笑うなよ」

 清盛が軽く叩こうとしたときに、堅く閉ざされた牢の扉が開いた。

 二人は開かれた扉の方を見る。

 そこには、黒い狩衣を着、縄で手足を縛られた初老の男が、警備の侍に引っ張られながら、牢の中へ入れられた。


   2


 鳥羽殿。

 忠通について流れている噂を確かめるため、得子は熊野から巫女を呼び寄せた。

 目的は、亡き近衛帝の霊を呼び出し、本当に殺害されたのかを確かめるため。

 得子は疑問に思っていた。病気で苦しんでいるときも見守ってくれた誠実で優しい人物が、我が子を自分の息子のように可愛がっている娘の夫を殺すだろうか? と。

 笹がついたままの竹の棒と注連縄で仕切られた空間の中で、巫女は神楽を踊った。紙幣がたくさんついた棒を何回も振る。その直後に目を見開き、青年の苦しそうな声で、

「母上、僕は頼長に買収された御典医に、毒を盛られて殺されました!」

 衝撃的な事実を口にした。なんと、毒殺したのは、兄の忠通ではなく、弟の頼長と近衛帝に仕えていた御典医だったのだ。

 頼長が関わっていたことについては、やっぱりか、と得子は思った。だが、まさか、ここで御典医が絡んでくるとは、考えてもいなかった。

「体仁、それは本当なのですか?」

 得子は聞いた。

「はい。本当です。僕がまだ生きていたとき、屋敷に来た頼長と御典医が話しているのを、こっそり見たことがあります。そのとき、頼長は僕のことをじっくりと殺せ、と言って、懐から紐で繋がれた宋銭を、御典医に渡しました」

「どうして、そのことを父上に言わなかったの?」

「怖かったから。それに、大事にしたくなかった」

「直ちに御典医を捕まえて、その真意を全て吐かせてください」

「わかりました。躰仁。もうあなたを殺そうとするような人はいないから、安心して成仏してね」

 涙を流しながら、得子は、近衛帝の霊魂が巫女の体から出ていくのを見守る。


   3


「誰かいますかな?」

 入れられた人間は、牢に自分以外に誰かがいるのか訊いた。

「はい」

 先客で牢に入ってきた清盛と時忠の2人は答えた。

「私は藤原忠通。俗に、関白殿下と呼ばれている人です」

「お、お久しぶりです、殿下、俺のこと、覚えてますか?」

「はて?」

 暗闇の中で、忠通は首を傾げた。顔が見えれば、誰が誰だかわかるのだが、残念ながらここは牢の中。手がかりは声だけしかない。

「あの、この前俺のことを招待してくれた」

「もしかして、清盛殿かな?」

「そうです」

 清盛は答えた。

「おいおいおいおい、兄貴、関白殿下と知り合いだったのかよ!」

 驚く時忠。

「おう。この前、あのクソジジイに妻子を人質にされ、住むところが無くなったときに、保護したことがあってな」

「ほうほう」

「そのときに、保護していたんだよ」

「兄貴さすが」

「あのときの恩は一生忘れません!」

 忠通は必死で頭を下げる。

「いえいえ」

「さて、囚われ仲間も増えた。この牢から、どう脱出しようか?」

 牢から出る手立ての話題を、時忠は出した。

「まず、この部屋には窓はないし、おまけに見ての通り、俺たちは手かせ足かせをはめられて、自由に身動きができない」

「そうだな」

 清盛はうなずいた。

「となると、ここから脱出できるチャンスは、明日検非違使に引き渡されるとき。そのときに、兄貴は役人たちを蹴りで倒してくれ。その隙に、俺は関白殿下を連れて逃げる」

「でも時忠、移動するときは縄で繋がれてるから、暴れることはできないぜ」

「しまった」

 時忠は頭を抱えた。

「なら、検非違使にいる俺の息子基盛に口利きして出してもらおうか?」

「でも、お上が俺たちのことを有罪にしたら、おしまいだぜ」

「えぇ……」

 脱出の手段がないことに落胆する清盛。

「脱獄は諦めよう」

「そうだな」

「それで、ですが──」

 なぜ関白である忠通がここにいるのか? について、時忠は聞いた。

 忠通は答える。

「あぁ、それはですね、まあ、皆さんもご存知のことですよ」

「先帝の毒殺疑惑ですかね?」

「はい。私は無実です」

「となると、怪しいのは、仕えている人間だな。そこに、先帝が崩御した方が都合のいい人間が近づき、買収した可能性もあります」

 と時忠は答えた。自分で直接刺客を雇い、警備の堅い内裏で帝を殺すよりも、仕えている誰か、それも近くに接している人間を買収して、秘密裏にやった方がいい。

「時忠の言うとおり、その方がいい。そうしないと、この前のようになるからな」

 清盛は言った。

「そうだ。まあ、この件と新帝暗殺は、間違いなく繋がっている。そして、新帝が即位したときから、白昼堂々刺客を送り込むということは、相手はかなり焦っているということだ」

「なるほどな」

「3人そろって仲がいいことだな」

 3人がいる木でできた格子の目の前に、手燭を片手に持ち、長身で顔立ちの整った鼠色の水干を着た男が、格子越しに話しかけてきた。

「お前、誰だよ?」

 時忠は聞くと、武者は小声で答える。

「お前らが疑うのも無理はない。私は相模国の住人で、義朝さまにお仕えしている、鎌田正清という者だ」

「ほうほう。兄貴、知ってるか?」

「知らないな」

 首を振る清盛。

「話は後だ。今からここを出てもらう」

 かんぬきを抜いた正清は、牢の中へと入って清盛と時忠の枷をとり、忠通の手足を縛る縄を切った。


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