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【私小説】好きだったモノ②─写真の話─

 写真を撮ることも好きだった。前にも花火大会でカメラを持ってきたり、紅葉の写真の話をしていたので、写真も趣味のうちなんだろうと察した人も少なからずいるだろうが。

 春には桜、夏には花火、秋には紅葉、冬には雪景色。こんな感じで、季節の風物詩を撮っている。それ以外だと、寺とか公園にいる猫の写真もよく撮っている感じだ。

 隠居をした今でも、気に入った風景などを見かけると、ついカメラのシャッターを切ってしまう。


   ※


 カメラを手に入れたのも同じ、中学1年の終わりの春休みだった。

 買ったカメラは、一眼レフがついているような大それたものではない。隣町のハードオフで買った、4000円の中古のデジカメだった。

 私には、一眼レフがついているような大それたものは買えない。お金がそもそも無いからだ。でも、写真や動画が異常なく撮れるなら、それで十分なので、私は満足していた。

 デジカメを買った私は、さっそく家の近所にある公園へと向かった。

 公園の桜の木は、満開だった。風に吹かれて下にある用水路へ、花びらが落ちていくさまは、春らしくて趣がある。

「初めて買ったカメラ、試しに使わせてもらおうか」

 SDカードを入れてカメラを起動した私は、写真を撮ってみた。

 満開の桜、誰も座っていないブランコ、流れる花びら。

 とにかく、自分のセンスで、これいいな、と思ったものを片っ端から撮った。人を写さないよう細心の注意を払いながら。

 写真を撮り続けていたら、あっという間に時刻は夕方になっていた。遠くに見える街の方へ、夕日は沈んでいく。

 この日撮った写真は、大体4、50枚くらいだろうか。とにかくたくさん撮ったことは、隠者となった今でも覚えている。

 帰ったあと、撮った写真を見てみた。

 PCにSDカードを差し込んで写真を見てみる。そこには、今日撮った桜やブランコの写真などが並んでいる。

(まあ初めてだとこんなモンかね)

 写真の出来はそれほどでもないが、記録用にしては十分よく撮れている。題材がどう撮ってもいい感じになる桜という花の成せる業のおかげで。


 次の日も私は、カメラを片手に外へ出た。

 今度は商店街の中にある由緒正しげな神社へと向かった。

 神様への撮影許可を兼ねてお参りをしたあと、写真撮影をした。

 神社の本殿、敷地内に祀られていた鳥居の数が多いお稲荷さんが祀られた祠、そして神社の裏口へと続く小さな杉林。この日撮ったのは、この三つだった。

 鳥居の数が多いお稲荷さんが祀られた祠と、神社の裏口へと続く小さな杉林。この2つを撮ったのは、神秘的なものが撮れそうだなと思ったからだ。ちょうど、新聞なんかである神社の広告みたいな感じの。

 撮ったものを見返してみた。

 本殿は普通だった。問題は、祠とたくさんの鳥居、神社の杉林の写真だった。

 祠とたくさんの鳥居がある写真は、薄暗いこともあって、少し不気味な雰囲気を醸し出していた。この祠には何かしらのいわくがあって、近づいたら祟られるみたいな感じだろうか。でも、それがいいと私は思った。何の個性が無いよりも、こうして何かを感じられるものがある方がおもしろいからだ。

 神社の杉林の写真は、想像した以上に普通だった。

 晴れた日の木漏れ日がいい感じなのだけど、神秘的かどうかと言われると、少し微妙という感じだろうか。

 それでも、強烈な個性のある写真が撮れたので、私は満足している。

 カメラを手にしてからは、いつもこんな感じで外に出て、写真を撮りに出かけていた。


「周りの世界がこうも、きれいでおもしろいものであふれているのか」

 カメラを持ってからは、そんなことを感じるようになった。

 世界は醜い。でも、その中には美しいものもある。泥の中から芽を出し、そして花を咲かせる蓮の花のように存在するのだ。

 花ゆえに、美しい。美しいから儚い。それゆえにすぐに散っていく。

 おもしろいものにしても、一瞬輝く光のように点いては消えてゆくから、誰も気づけない。

 誰も気づかない美しさやおもしろさに気づける。私にも小さな長所があるんだと感じて、少し誇らしく感じた。


「健最近機嫌がいいようだけど、何かいいことでもあったのかな?」

 4月を目の前に控えた土曜日の昼。三浦くんにこんなことを聞かれた。

「実はね──」

 私は4000円の中古のデジカメを買ったことを話した。

「それはいい買い物をしたね。写真を撮るなら、スマホやゲーム機のやつよりも、カメラ使った方がいいのが撮れるからね」

「本当にいいよ。きれいに撮れるし」

「こんな幸せそうな健、久しぶりに見た」

「幸せそうって、どういう意味?」

「普段暗い顔ばかりしているからさ」

「まあ、楽しみを見つけたからね」

「なるほど。それは良かった」

「帰ったらまたどこか撮りに行こうと考えてる」

「そうかい。もう小学校の前まで来たことだし、お別れとしますか。よかったら、今日撮った写真来週見せてくれないかね?」

 そう三浦くんが聞くと、私は、うん、とうなずいた。そして、さよなら、といって別れた。


 桜が散り、葉桜となり始めた4月始めの土曜日の午前中。私は多田くんの家に遊びに来ていた。

「そういえば健、カメラ買ったんだ」

 多田くんは、私のカメラを手に取って眺めながら言った。

「そうだよ。お年玉ずっと使ってなかったからね」

「ほうほう」

「まだまだ余ってるけどね」

「って、いくら余ってるんだよ!」

 驚いた多田くんは、目を大きくして聞いた。

「7万」

「よくそんな大金あるな」

「まあそんな使わないからね」

「そんなに貯めて何に使うんだよ」

「うーん。まあ、将来の貯金ってことで」

「そうか」

「それよりも、写真を見せてくれないかね」

 側でカメラを眺めていた三浦くんは言った。

 先週の土曜にそんな約束をしていたなということを思い出した私は、

「そうだね」

 と言って、多田くんにカメラを返すように言った。

 はいよ、と言って、多田くんは持っていた私のカメラを返す。

 私はカメラからSDカードを抜き取り、それをゲーム機の中にいれた。そしてアルバムを開いて、

「まあざっとこんな感じかな」

 と言って、今まで撮ってきた写真を見せた。春休み中に撮った桜やお稲荷さんの祠の写真もある。

「桜きれいだな」

 多田くんはこの前私が撮った桜の写真に反応した。

「そうだよ。近所の公園行って早速撮った」

「今度行こうかな」

「いいんじゃないのかな? 学校近いし、その気になればいつでも行けるからさ」

「うん」

 多田くんはうなずいた。

 引き続き、ゲーム機の画面をスクロールしながら、写真を見せた。

 たくさんの鳥居と祠の写真を見せたとき、三浦くんは、

「祠のやついいねぇ。いかにもホラーな何かが始まりそうで」

 と言った。

 私はこの写真が商店街の中にある神社で撮ったことを伝えた。

「知ってる」

「まあ知らん方がおかしいわな」

「うむ」

 三浦くんがうなずいたあと、多田くんは私の名前を呼んだ。

「ん?」

「カメラ持ってるなら頼みたいのだけど、絵の資料とかカメラで撮ってきてくれないかな?」

「いいよ。描きたい絵の雰囲気とマッチしてるかどうかは別だけどね。まあできるだけたくさん撮ってくるから、その中から、これだ、と思うものを選ぶスタイルでいいかな?」

「わかった。ありがとう」

 うれしそうな笑みを浮かべ、多田くんは言った。

 多田くんに対抗するように三浦くんは頼み込む。

「自分用にも何か撮って」

「はいはい。それじゃあ、みんなで外行こうか。何か撮りに」

「いいね」

 カメラを見せて以来、私はカメラマンとしての役割を担うようになった。

 頭が悪くて、手先も不器用で、運動神経も悪い私でも、必要としてくれる誰かがいる。それだけでも単純に嬉しかった。


   ※


 楽しい思い出。うれしい思い出。やはり好きだったものには、いい思い出がたくさんある。これらの「いい思い出」は、折れかけの私の心が折れないように支えていた。そして壊れたあとも、私の心の片隅を照らす灯として幽かだが照らし続けている。


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