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【歴史小説】第5話 殿上の闇討ち③─事件のあと─(『ひとへに風の前の塵に同じ・起』)


   1


 後日。忠盛は鳥羽院に呼び出された。

 新嘗祭のとき、殿中に刀を帯びて入ったことで、公卿たちから苦情が相次いだからだ。

「このとき持っていた打刀がこれでございます」

 忠盛は、新嘗祭のとき腰に差していた打刀を鳥羽院の前に差し出す。

 鳥羽院はこれを抜き、刃に一通り目を通した後、鞘におさめ、

「忠盛よ。この刀は本物か? 刀にしては軽いうえ、鞘におさめたときに、コンコン、と木と木がぶつかるような音がするのだが?」

 不思議そうな顔で聞いてきた。

「ご察しの通り、偽物にございます。殿中での真剣の帯刀はご法度ですので、居合の練習に使う木刀に銀箔を貼り付けたものを持参した次第でございます」

「ほうほう。なぜ、そのようなものを殿中に?」

「院のお命を狙う輩が現れた際、いつでも対処できるようにするためです」

「あっぱれじゃ! 忠盛、余はお前のことをますます気に入った。よいか、皆々の者、忠盛を見習い、忠勤に励むのじゃぞ」

 鳥羽院は、周りの者たちに激励する。

 こうして忠盛は、鳥羽院から絶大な信頼を寄せられるようになったのだ。

 


   2


 源太は同族であり、清和源氏の惣領である源頼政に引き取られた。

「ようこそ、我が家へ」

 武骨そうな顔つきとは裏腹な、柔和な表情で、頼政は同族の少年を歓迎する。

「世話になる」

 そう言ったあと、源太は背中に背負っていた木刀を持って、

「頼政、俺と勝負しろ」

 頼政に向けた。

「餓鬼、何や、その口の利き方は!?」

 頼政の家臣の一人遠藤茂遠は、腰に帯びていた太刀に手をかけ、源太を斬ろうとする。

 血走る茂遠を静止し、頼政は、

「いいでしょう」

 と承諾した。


 頼政の屋敷にある道場。

 木刀を選び、頼政は正眼に構えた。

「さあ、来なさい!」

「遠慮なくいかせてもらうぜ!」

 源太は木刀を構え、頼政に斬りかかった。

 頼政は、源太の太刀筋を、流れる水のような素早くなめらかな動きで避けた。そして、一寸ばかし離して源太の顔面に蹴りを入れた。

(速い……)

 あまりにも速い反射速度に、源太は木刀を落とした。どうしたらいいかわからず、少し戸惑う。

 突っ立っている源太に頼政は、

「君は、弱い」

 と言い放った。

「弱いだって!?」

 源太は再び木刀を手に取り、頼政に撃ちかかった。

 頼政は容赦なく、源太の腹に蹴りを入れた。

「痛ぇ」

 涙目になり、胃酸を吐いてのたうち回る源太。そこへ頼政は木刀を振り、源太の首元を痛みがしない程度に当てて言う。

「同じ歳の子供たちの中ではとても強いです。北面の武士の中で弱い部類の武者でも戦えるほどの力はあるでしょう。ですが、世の中には君以上に強い人たちはたくさんいます。武士となるということは、そうした強者(もさ)たちとも戦うということです」

「畜生……」

 源太は頼政に勝負を挑んだことを後悔した。5歳で父を倒した。そして町の不良や盗賊、悪僧と斬り合いをしてきたが一度も負けたことが無かった。そんな自分が、こうして無惨に打ち負かされている。

「でも、太刀筋はとても良かったですよ。だから、君にはまだまだ強くなれる資質があります。これから一緒に暮らして、もっと強い武士になっていきましょう」

 悶えている源太に、頼政は手を差しのべた。

「そうか」

 と爽やかな笑みを浮かべて手を取り、立ち上がった。

「もっと、もっと、いろんなこと教えてくれよ」

「いいですとも。あと、その言葉づかいは直した方がいいですよ」

「けっ、細かい奴」

 源太は嫌そうに吐き捨てた。

 血が繋がっているだけの遠い親戚にして師弟の共同生活が、これから始まる。


   3


 京都の北東に大きな神社がある。賀茂神社であるりそこの神社の聖域に、皇族の女性が選ばれる神職斎院の居館がある。

 その居館の奥にある空かずの間で、斎院とそれを守る巫女、神官、僧侶、そして数人の殿上人と思しき人物が位列に従い並んでいる。そして御簾の向こう側には、斎院がいる。

「奈良の都から平安京への遷都、赤き龍の勃興、白き龍の没落。全ては聖徳太子の残した『未来記』の通りに事は進んでいる」

 上座にいた稚児髷を結った子供、もとい天台座主(てんだいざす)の式神は、姿に似合わぬしわがれた声で言った。

「次は二度に及ぶ大乱、そして弥勒菩薩が再びこの現世に転生する時が来るとな。世の終わりは近づいている。のう、泰親殿」

 稚児髷の子供の隣に座っている高野山大阿闍梨(こうやさんだいあじゃり)の式神は、蘇の仮面を被った男の脇にいる安倍泰親(あべのやすちか)という茶髪の青年の方を向いて問いかけた。

 泰親は、ええ、と答える。

「将門の生まれ変わりはもう15になった頃合であろう?」

「はい」

「あいつを見張っておけ。今は人畜無害でも、奴はいつ目覚めるかわからぬ」

「承知いたしました」

「あれを封じることができるのは、安倍晴明の末裔にして、陰陽頭であるあるそなたしかおらぬのでの」

「斎院や座主殿のご期待に沿う形となりますよう、努力して参ります」

 泰親は深々と頭を下げた。


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