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私家版ムービーオブザイヤー2022

来年のことを言うと鬼が笑うというが、去年のことを書いているのを見ると鬼は泣くかもしれない。筆の遅さを哀れんで。

あけましておめでとうございます。


流行り病が一時の禍いから日常の一部となり、春までに終わるはずだった戦争が丸一年も続いてしまった2022年。地獄が地獄を呼ぶ不出来なディストピアSFのような現実にずいぶん嫌気が差したらしく、俺は娯楽に耽る時間が増えた。

映画、ゲーム、アニメ、音楽。才能豊かな人々の作ったコンテンツの数々は、この脆弱で怠惰なオタクに朝起きる気力と夜を徹する活力を与えてくれた。娯楽がなければ、俺はこの資本主義リアリズムを儚んで首をくくってもおかしくなかったかもしれない。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊いのだ。

2022年のゲームと音楽については既に書いたので、今度は映画の番だ。ゲームのときと同様に、部門賞と総合一位のムービーオブザイヤーを選ぶこととする。ランキング形式はどうにも不毛に思えてきた。

なお、NeverAwakeManという名前の通りに俺は半ば眠りながら暮らしているため、まどろんでいるうちに見逃してしまった映画が山ほどある。したがって、「あの名作がない、やり直し!」とかほざく人は俺の代わりに眠ってください。永久とこしえに。

それでは発表しよう。ドラムロール!

Best "Geometric" Movie - 『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』

思うに、映画であれアニメであれ絵画であれ、視覚コンテンツを作る者に求められる第一の資質は幾何学だ。優れた幾何学的感性を持ったクリエイターは限られた画角に必要な情報を詰め込み、文脈を与え、整理する。役者、小道具、背景、色彩。そうした諸要素の配置が成功したとき、観客の目を捉えて離さない強烈なショットが出来上がるというわけだ。いうまでもなく、そうしたキラーショットはごく稀にしかお目にかかれない。

『グランド・ブダペスト・ホテル』や『犬ヶ島』で知られるウェス・アンダーソン監督の映画が特別なのは、そんなキラーショットしか出てこない・・・・・・・からだ。彼の撮る作品は映画であると同時に無数に連なる絵画集のようでもあり、そのデザインセンスは絶技というほかない。2022年の『フレンチ・ディスパッチ』でも神がかった構図力が大爆発していて、ウェス・アンダーソン映画でしか味わえない視覚的な快楽だけで元が取れてしまう。

70年代の雑誌文化へのリスペクトとノスタルジーがあふれるこのオムニバス映画は、なんだか気取って見えるかもしれない。けれど、ウェス・アンダーソン印のちょっと間の抜けたテンポとユーモアが奇妙なぬくもりを生み出し、この映画を上質でユニークなエンタメに仕上げている。

Best "Calorie" Movie - 『RRR』

映画製作にあたって、『フレンチ・ディスパッチ』のアプローチが絵画的だとしたら、『RRR』のそれは神話的だ。この映画は邪悪な帝国主義者の支配を打ち破らんとする革命神話であり、主人公のラーマとビームはさしずめ二柱の神だ。なので、彼らにはオープニングソングで人ならざる神としての属性が与えられている。ラーマには火、ビームには水だ。

……いや、神性を与えられたからといって、実際に生身の人間が火と水を獲物にして殴り合うとは思わないだろう?普通こういうのはただの言葉の綾にすぎないのに、『RRR』はストレートな映像表現でブン殴ってくるのだ。冒頭の1人VS1万人バトルで脳髄に映像力パンチを喰らった観客は「ああこの映画はなんでも起こるんだなあ」と否応なく納得させられてしまう。その上で『RRR』は観客の期待を軽々と、高く高く飛び越えていくのだから恐ろしい。もうクライマックスか……と思ったところに映される"INTERRRVAL"の文字に、誰もが腰を抜かしたはずだ。

総尺3時間にありったけ詰め込まれたバトル、ダンス、歌、爆発、雄叫び。観ているこちらの体力と膀胱に試練を課す、とんでもない熱量。ちょっと尺が長すぎるところだけが好みに合わなかったけれど、『RRR』が2022年でもっともハイカロリーな映画だったということは疑うべくもない。

Best "Thriller" Movie - 『NOPE』

ホラー映画を期待して『NOPE』を観にいった人は困惑したかもしれない。というか、俺は困惑した。聖書からの引用、空飛ぶ円盤、見世物、直立する靴、西部劇、使徒、AKIRAバイク。この映画には監督が好きな要素がやりたい放題に詰め込まれており、パッと見ではとらえどころがないからだ。

けれど、この映画はスリルを与えるものスリラーとして成立している。ただ、感じるスリルの種類が場面ごとに切り替わっているだけだ。コズミックホラーからモンスターパニックへ。サスペンスからアクションへ。ショウビズからサバイバルへ。いくつもの小ジャンルを横断し、『NOPE』はスリラーという大ジャンルへと昇華している。そんなデタラメな映画を実現できるのは、ハリウッド広しといえどジョーダン・ピールだけだろう。困惑はしたけれど、たしかな満足感に包まれる怪作だった。

だが、気になることがひとつだけある。超一流の撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマに向かって、ジョーダン・ピールが据わった目で「横滑りでバイク停めるシーンを撮りたいんだけど…AKIRAみたいにさァ……」と打ち明けた瞬間の空気だ。先に笑ったのはどちらだろう?

Best "Momentum" Movie - 『THE FIRST SLAM DUNK』

原作ファンの友人が「漫画でよかったアレがなくてェ~コレがないからァ……60点!」などとほざいていたので、一瞬本気で友達をやめそうになった。これが面白くなかったらお前もう目ン玉外して生きろ!スラムダンクかぶれがこの傑作にイチャモンつけるなんざ百年はえーんだよ!!……とブチまけたくなるのを、理性と良心でなんとか押さえつけた。

それくらいに衝撃的で面白かった『THE FIRST SLAM DUNK』。アニメとはすなわち魂を吹き込むアニメイションという意味だが、井上雄彦の緻密な作画がそのまま動き出すところから始まる本作は文字通りアニメだ。

この映画は、勢いの緩急の付け方がとてつもなく上手い。時間と空間の使い方が巧みともいえる。ゴールの瞬間にはググッ……とスローになり、攻守が切り替わる瞬間には目まぐるしく画面が動き出すというように。試合≒物語の展開と時空間密度が完全に同期しているので、観客の緊張感すらそのままドラマになる。手に汗握るという常套句が、この映画ではまるで比喩にならないのだ。

「奴は打てねえ!」
「そんなタマじゃねーよな」
「静かにしろい」「この音が俺を甦らせる」「何度でもよ」

流川と三井が即興で連携するこの場面を初めて見たときは、思わず手を合わせて息を呑んだ。流川のぶっきらぼうなモノローグとともに瞬時に消える世界の音。そこからの三井のシュートとゴールという一連のテンポがあまりにも美しくて、なにか神々しいものを感じてしまったほどだ。原作をほとんど知らないのに2回目を観に行ったのは、概ねこのシーンのおかげだ。

Best "Badass" Movie - 『HiGH & LOW THE WORST X』

『HiGH & LOW』シリーズはいつもとても面白いのだが、作を追うごとに容赦なく盛られていく設定の数々が足枷にもなっていた。変な薬物とか、カジノとか、再開発とか、謎のUSBとか……腕っぷしでは解決しない面倒事が増えすぎてしまったのだ。誰かがどこかでブレーキをかけるべきだったのかもしれないが、ハイローにブレーキという概念は存在しない。

『THE WORST X』は、本編スピンオフの2作目でしかも他作品とのコラボという難しい立ち位置にありながら、複雑化したシリーズのリセットという偉業を成し遂げた。登場人物は相変わらずスマブラ並みに多いけれど、本筋は上に貼った動画サムネの4人の間で完結している。二人の大将と二人の相棒による頂点テッペンの獲りあいであり、シンプルなスタイルウォーズだ。主従忠義といった関係にフォーカスを置くことで、本作はこれまでのハイローにありそうでなかった新鮮なエモみを生み出し、多くの観客を狂わせることに成功した。

ストーリーがシンプルなおかげで説明台詞に尺を割く必要がなくなり、代わりにキャラ同士のかけ合いが増えたのも嬉しいところだ。わかっていると思うが、ここでいうかけ合いは肉体言語によるものも含む。あのキャラとあのキャラがここで戦るのか!?という、少年漫画さながらの楽しみ。『全員主役』を掲げるハイローシリーズでは、全ての勝負がドリームマッチだ。

Best "Political" Movie - 『ザ・メニュー』

グルメ映画かと思ったら『注文の多い料理店』と『ミッドサマー』の間の子だった『ザ・メニュー』。俺は時折、まったく前情報を仕入れずに行き当たりばったりで映画を観ることがあり──たいてい失敗するのでおすすめはしない──本作はそれで観ることになった。この手のサイコスリラーにしては悪趣味になりすぎず、オチも綺麗についていたのが嬉しかった。

美しい料理と醜い招待客たち。そのどちらもフェイクであり、食事の本来の目的を見失っている。金と名誉に踊らされた末路だ。料理は度を超えて華美になり、招待客は高級レストランに訪れたというステータスのみを求める。そんな中、戸惑いつつも素朴なあり方を崩そうとしないアニャ・テイラー=ジョイの姿は思わず拍手したくなるほど力強い。これは俗物を非難し庶民を称揚する、正しく左翼的な映画だ。

Best "Heroic" Movie - 『THE BATMAN』

2022年が始まって早々に『スパイダーマン:ノーウェイホーム』がブチかましてきたときは「いきなり2022年ベストアメコミ映画来たな……」と思ったものだが、なんと『ザ・バットマン』はそれを超えてきた。メタ要素を含む飛び道具も駆使した『NWH』と、コミックを実写化するという試みにとことん忠実だった『ザ・バットマン』は、今思えば面白いほどに好対照だ。

そう、これはまったく生真面目なアメコミ映画だ。ふつう、コミックの世界を現実に出力するとやっぱり色々と無理や齟齬が生じるわけで、マーベル映画はそこらへんを自覚的に笑いのネタにしがちだ。けれど、『ザ・バットマン』はそんなハンパな真似をしなかった。原作のゴシックでノワールな雰囲気をそのまま実写にしてやるという直球勝負を挑み、そして勝利した。

"屋敷の床に事件の相関関係を描くブルース・ウェイン"みたいなちょっと考えたらおかしな風景が荘厳に見えるのは、作り手に一切の恥じらいも躊躇いもないからだ。多くのヒーロー映画は現実世界にキャラクターを順応させようとするが、『ザ・バットマン』はそれとは逆に現実世界をコミックへ引き寄せようとした。奇を衒わず、茶化さず、真剣に。そうして3時間近い長尺を世界観の構築に捧げた結果、本作にはMCUがいつしか忘れてしまった古き良きヒロイズムが宿ったのだ。

暗すぎる、DCか?DCだったわ……。

本作で特に好きな場面は、発砲炎をストロボに見立てた乱闘シーン。コミックでいう小コマ連発のアクションをこんな形で実写に落とし込むとは……まさしく発想の勝利だ。

Best "Plot" Movie - 『ブレット・トレイン』

サクっと始まり、適度にアクションしつつ伏線を回収し、爆発と破壊も見せながらキチっと終わる。長くても、2時間程度で。これらは俺がエンタメ映画に求める条件だが、『ブレット・トレイン』はこの諸条件を全て揃えた完全栄養映画だった。この作品のスムーズで心地よい話運びは、どこか落語的でもある。

荒唐無稽な日本描写がノイズで云々みたいな与太話をちょいちょい聞いたけれど、冒頭でアヴちゃんの歌う日本版"Stayin' Alive"を聞いた時点で覚悟しておかなかったのが悪い。おまえがスクリーン越しに観ている東京は、東京にして東京にあらず。ブレット・トレイン世界線のTOKYOなのだから……。

ミステリやサスペンスっぽいこともしつつ、出てくる殺し屋連中がみんなだいぶ間抜けなのもよかった。切った張ったの殺し合いにもユーモアがあるので殺伐とせず、リラックスして映像を楽しんでいられる。『RRR』のラージャマウリ監督が2022年ベスト映画に選ぶのも納得できる、最高のポップコーンムービーだ。

Best "One-shot" Movie - 『ボイリング・ポイント/沸騰』

有名なワンカット映画といえば、『バードマン』や『1917』などだ。しかしながら、これらは実際には巧妙に編集点を挟んでいるので厳密にはワンカットではない……だからといって悪いわけでもないが。その一方で、『ボイリング・ポイント』は予告にもある通り、編集点ゼロの正真正銘ワンカットムービーだ。ロンドンの一流レストランを舞台に、90分間ブッ通しでロクデナシだらけの粗悪職場を見せつけられる。この映画は、いわば観る労働問題啓発運動だ。

ワンカットで描かれる本作は、しかし、映像的な楽しさや滑稽味といったものをほとんど与えてくれない。最初はカメラワークを面白がっていられるけれど、じわじわ息苦しくなり、最後は頭を抱えたくなるようなしんどさに苛まれる。なんでこんなにうまくいかないんだ?誰が悪いんだ?それさえもわからない。このしんどさこそが『ボイリング・ポイント』の真骨頂であり、長回しの魔力だ。

MOVIE OF THE YEAR - 『トップガン:マーヴェリック』

『トップガン:マーヴェリック』は全てがハイレベルにまとまっているが、決してどこかに突き抜けた映画ではない。『RRR』ほどすさまじい熱気に満ちているわけではないし、『フレンチ・ディスパッチ』のように構図の美で唸らせてくれるわけでもない。それでもなお、この映画は2022年を代表するのにふさわしい。なぜなら、スクリーンに映し出されるトム・クルーズの生き様こそが、この傷つき老いた世界に対する最高のエールだったからだ。

マーヴェリック=トム・クルーズは時代の遺物であり、異物だ。彼より高く飛べる者も、速く飛べる者もいない。親友は遥か昔に旅立った。それでもトムは飛び続ける。戦い続ける。安穏とした生き方を断固として拒否する。時代の変化に迎合するわけでもなく、孤立するわけでもなく、ただひたすらに己の価値を証明し続けるのだ。

外野の連中がさかしらぶって口を出す。「もうおまえの時代じゃない」「引退しろ」「これ以上飛ばせないぞ」……だが、トムは毅然として言い放つ。「今じゃない」と。事実、トム・クルーズは還暦を過ぎた今でも生身でアクションし、不可能なミッションに挑み続けている。CGに任せきりにするような腑抜けた真似は決してしない。良い映画を作るという、ただそれだけのために。

2022年。世界の分断は加速し、より良い未来への変化は退けられ、シニシズムと諦念が善意を食い潰す。いっそ絶望してしまったほうが楽なこの時代にあって、トム・クルーズは自分のあり方をそのまま映画にし、我々に語りかけた。「老いに甘んじるな」「飛び続けろ」「今じゃない」と。トムが高らかに歌い上げる人間讃歌は、暗くぼやけた現代にこそ光り輝く普遍的なメッセージだ。

冷たく沈みつつある世界に熱い勇気と気高い理想を分け与えた点を称え、私家版ムービーオブザイヤー2022を『トップガン:マーヴェリック』に決定する。

未来へ……

これを書いている今はもう2023年、元日だ。3語書いては2語下がり、そうこうしているうちに年を越し、除夜の鐘をついておせちをつつき、古い友達と旧交を温めていたらこんな時間になってしまった。大晦日になってようやく書き始めたのがすべての元凶だが、まったく……筆が遅いにもほどがある。

2023年はどんな年になるだろう?

イーサン・ハントがバイクで崖から飛び降り、マイルズ・モラレスが再びスパイダーバースに飛び込む。ミシェル・ヨーが多次元宇宙でカンフーし、オッペンハイマーがCGなしで核爆発を再現する。シン・仮面ライダーがキックをかまし、クリードが三たびパンチし、ジョン・ウィックが四度目の殺し屋引退に挑む。ウェス・アンダーソンの新作にいたっては、年内に2本も公開予定が立っている。時間がいくらあっても足りないことは、もはや確定された未来だ。

拝啓、トム・クルーズ様。映画は今年も元気です。

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