特別な日

私が生まれた日は雨だったと母が言っていた。

私の名前には「雨」という文字が入っているからそんなことだろうとは思っていたのだが、「雨夏」で「ゆか」と読ませる。

母は世間でいう天然というやつで勘違いなどは当たり前で同じ間違えを何度もすることがある。そんな母に対して「母さんがそう言うなら」といって母の言ったことを叶えようとする父は健気だなぁといつも感心させられた。半分は哀れみである。

そんな母は「梅雨」は「つゆ」と読むのだから「雨」は「ゆ」と読むのだろうと思っていたらしく。夏の雨の日に生まれた私は「雨夏」となった。


それが原因なのか何かわからない。と言いつつもそれが原因に違いないと思っているのだが、私はいわゆる雨女で修学旅行や卒業式は中学でも高校でも雨で、特別な日には決まって雨が降った。


それでも悪いことなどひとつもなく、むしろ雨の降った日は良いことづくめだ。

商店街のくじで当たったり、学校に遅刻したのに雨のせいで先生も遅刻していてばれなかったり、両親の結婚式も雨の日だったという。


そんな人生だったから大学の合格発表の朝。少し騒がしい外の音に起こされて窓からの景色を見た時は思わずガッツポーズをした。



雨だ。



大学につくと合格者発表の掲示板の前には人だかりができていて、掲示板が無くなるわけでもないのに私は焦って近づいた。


自分の番号を確認してから掲示板のほうを見る。

ない。

いやそんなはずはない。

今日は雨だ。

私の番号があるはずの列を何度も見返す。


もう10度目で、あるはずもないのに掲示板から目が離せなかった。

何分経ったかわからない頃、人だかりはなくなっていた。

諦めて家へと向かう途中、コンビニの窓ガラスに映った自分の顔があまりに暗くて、このまま帰ったら心配されると思ってコンビニで大好きなチョコを買った。

美味しいもの、特に甘いものには目がない私にはそれだけで十分前向きになれる。

会計を終えて外にでて傘立てに置いていた私の傘がなくなっていた。

傘はいくつもあった。それなのに私が差した傘立ての穴だけがぽっかりと空いていた。

私の受験番号だけが連番の中からすっぽり抜けた掲示板を思い出す。


今日の私はついてない。チョコを食べても上がりきらない憂鬱を抱えていると前から数人の大学生らしき人が歩いてきた。私の気持ちなどお構いなしに少し離れていても聞こえるほどに騒いでいた。

今一番私の心に持ち込んでほしくない空気を運んできた彼らとすれ違い、また少し静かになった道に安心感を覚えた。

「すみません!」

そういって私を追い越して前にできた男はさっきすれ違ったどちらかといえば嫌いな集団のうちの一人だった。

「これ。つかって。風邪ひくし、まだ間に合うでしょ。じゃあ!」

そう言って傘を押し付けてきたその男は元いた集団へと消えていった。

何を言う気力もない私はその傘をもらったのなら使わないわけにはいくまいとそこから雨に濡れることなく家にたどり着いた。


それから私は滑り止めの大学に入学し、それなりに楽しんでいて慣れてきた毎日に退屈さすら感じる余裕があった。

あまりに暇そうにしている私に母が言う

「だらだらしてばっかいないでバイトでもしたら?」

名案だ。


それから私はすぐに携帯でアルバイト先を探しすぐに面接の日取りが決まった。

面接当日、外は雨がちらほらと降ってきていたが受験発表の日以来、私にとって雨はそれほどいいものではなくなっていた。

家の近くの個人経営の飲食店で店長は気さくな人だった。

面接らしい面接はほとんどせずに、ほとんど受かっているかのようで、次にいつ来るかなどの日程を決めた後まだ営業前の店内を案内された。

なんやかんやで説明がおわり、「今日はありがとうございました。」といって荷物を持った。

入り口のドアが開く音がして「おつかれまさで~す」と聞こえた。

店長が「おっ、ちょうどいい」といってその男をつれてくると、

「この子、来週からここで働くからおまえ教育係な。」

そういって軽く挨拶をかわしたが、男は不自然なくらいに私のことを見てきた。こういう男は苦手だ。

「それじゃあまた。」

そういって店を出て傘をさす。



「店長。あの傘、俺のっす。」

「はぁ?さっさと準備するぞ。」

そのころ店内ではそんな会話をしていた。


それから私はそこでバイトを始めた。やけに優しくしてくる先輩はいるが、仕事はできるしお客さんにも人気で、そんな人にやさしくされるのは悪い気はしない。


それからそう長くは経たないうちに雨の日がラッキーな日だという私の勝手なジンクスは復活する。

思い返せば特別な日はいつも雨だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?