MIKI

2015年から、精神疾患である「解離性(転換性)障害」と闘っています。 ストレスによる…

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2015年から、精神疾患である「解離性(転換性)障害」と闘っています。 ストレスによる運動機能障害があり、車椅子や杖も使います(フリーでも歩きます)。 イラストレーター、クリエイターとして働いてます。

最近の記事

一流の「”見えない障害”当事者」になる方法

先日Twitterでこんな投稿を目にしました。 『発達障害の人に根性論を突きつけることは、下半身付随の人に”頑張って走ってください”と言ってるのと同じことじゃないのか?発達障害は脳の障害だよ』 確かに発達障害など見えない障害を持つ人に「努力でどうにかしろ」と根性論を突きつけるのは大きな間違いだと思います。 でもこの投稿に私は大きな違和感を感じました。 まずこの投稿には、論点がかなりズレているところがあります。 ・発達障害などの見えない障害を、見える障害と同じ土俵にあげ

    • 私は本当に線維筋痛症?|線維筋痛症の通院記録

      今日は精神科と整形外科の通院でした。 元々は精神科だけだったんですが、精神科のお医者さんからサインバルタという抗うつ薬がもらえなかったので(薬の処方元は統一した方がいいそうです)、無くなった薬をもらいに整形外科も精神科の後に行くことにしました。 私は運転ができないので、父に同行してもらいました。 待ち時間が精神科で30分、整形外科で1時間半。 診察と会計の時間もあったし、ざっと3時間は出かけていました。 普段こんな長く出かけることもないし、病院というだけで疲れるので、1日本

      • 線維筋痛症になりました|線維筋痛症患者に支援の手を

        先月25日、私は『線維筋痛症』という難病に罹りました。 19日頃からじわじわと痛くなり、不眠や微熱が続いていたのですが、 24日の夜痛みが激しくなり、25日に整形外科に行ったところ、 「線維筋痛症で間違い無いでしょう」とのことでした。 訪問のOTさんに「なんだか最近足が痛くて眠れない」と 相談した矢先の出来事でした。 今は車椅子でないと家の中も移動できない状況です。 線維筋痛症の診断のこと線維筋痛症の診断は、私は1週間ととても早く降りました。 というのも、大体の人が1年

        • 災害時の障害者避難について

          能登の大地震から3日が経ちました。 私は今日、支援物資を集めているところにホッカイロ8枚を持っていきました。 私にできることは、ホッカイロをたった8枚支援物資として持っていくことだけなのです。 働いていればそれなりに募金したり、物資を買い込むこともできるかもしれません。 健康だったら現地に足を運んで物資を届けることや、それができなくても物資回収のお手伝いができたかもしれない。 この災害で私は直接的な支援は何ひとつできません。 自分ができることは、ホッカイロをたった8枚袋に入

        一流の「”見えない障害”当事者」になる方法

          登山とマラソンが世界一嫌いなわたしがあなたに叫びたいこと

          人生は借り物競走みたいだ。 お母さんのお腹の中で何者かに命を与えられ、生まれた瞬間、その借りた命で人生を歩み始める。 なんで生きてるとこんなに苦しいのか。 それは人様に借りた命で途中棄権は許されないからだ、と思うことがよくある。 わたしは小学生のとき、学校のマラソンが大嫌いだった。 マラソンは走ってないと大人に怒られるし、サボることもできない。 途中で「やめまーす」と棄権するなんて、授業なのだからもってのほかで、こんな苦しいことを鍛錬だと銘して子どもにやらせている大人が憎

          登山とマラソンが世界一嫌いなわたしがあなたに叫びたいこと

          (概念が)古の国に暮らすわたしの呟き

          前の記事で「障害者ができる健常者への合理的配慮」について書いたけれど、その内容の色々の背景には、日本人の「生産性への執着」が頓挫している。 先日、SNSでこんな投稿を見た。 とある障害当事者の投稿だった。 「わたしは生産性がないと思ってて、情けないなあと思ったけど、医療従事者を動かして給料の大元を支払ってるんだから生産性もなくはないと思った」 この国はどこまで国民から搾取するのかとこの投稿を読んで思った。 障害も健常も関係なく「生産性」に追われているのだ。 仕事も家庭も友

          (概念が)古の国に暮らすわたしの呟き

          障害者ができる「健常者への合理的配慮」

          精神障害を10年もやっていると、人を目の前にした時の関わり方や、仕事の仕方って難しいなと、病気になる前の頃より強く思います。 病気を抱えてるから、それなりに自分の体や心に配慮しなくちゃいけなくて、でも周りとの協調性も大切にして過ごさなければならないからです。 これは仕事に限らず、家庭や友人関係とも同じことです。 精神障害になりたての頃、わたしは人との距離感がわからない時期がありました。 今思えば、なんでこんな距離の取り方をしたんだろうと思うこともすごくたくさんあって、でもそ

          障害者ができる「健常者への合理的配慮」

          泣けないあなたへ、泣きたくなったあなたへ

          昨日、久しぶりに大声を出して泣きました。 最近いろんなものに人生や生活を阻まれ、ストレスによる発作を何度も起こしたりしていたのです。 ここ数週間は、ちらほら泣くこともあったけど、人前では笑うことしかできなくなっていました。 感情が麻痺している感覚だったのです。 誰もがそういう経験があるんじゃないでしょうか。 人に「大丈夫?」と言われると、咄嗟に「大丈夫だよ」と本当は辛いのにその気持ちを隠してしまうこと。 生きているのに死んでいるみたいな感覚に陥ってしまうこと。 感情を人前で

          泣けないあなたへ、泣きたくなったあなたへ

          ウェルビーイングと特別扱いのちがいについて

          あなたは障害者に対して「あの人特別扱いされてるな」と感じたり、当事者の場合、「自分は特別扱いされてる気がするな」と感じたことはありますか? 「特別扱い」とは、その人に対して他の人とは違う何か特別な態度や対応をとることを指します。 わたしは障害者に対する「特別扱い」とされるものは、ほんとうに特別扱いとされるものと、そうではないものがあると思っています。 世の中には「平等」と「公平」という言葉があり、そこには小さな違いがあります。 平等は、背が大きい人も小さい人もみんなが同

          ウェルビーイングと特別扱いのちがいについて

          障害がある人とない人の接点づくり|接点ができたらありのままのわたしでいられたエピソード

          先日、松本で開催されている「対話アートNagano WEEK 2023」内の「ナナイロ会議」に出席しました。 地元高校生が考える多様性についての発表があったり、みんなで「障害を持つ人とそうでない人の接点を作るイベント」を意見を出し合って考えたり(いわゆるシンポジウムみたいなものですね)。 今までに障害者と接点を持ったことがない人は、全体の約52%。 日本の半分もの人が、障害を持った人と関わったことがないというのです。 障害理解とか、障害を持つ人がしていきたい「健常者理解」

          障害がある人とない人の接点づくり|接点ができたらありのままのわたしでいられたエピソード

          ほんとうの多様性って、なんだろう|わたしって、何者ですか?

          身障者手帳を取得したいと相談をしに市役所に行った。 実はもうこれで2回目。 前回は私1人で行って、「精神科の診断書ではダメです」とだけ言われ、撃沈して帰ってきたのだった。 歩けない、手も動かない、働けない。 なのに年金は受給できないし、車椅子も修理も全額負担。 親を頼って生活できる日々も、いつか終わる。 15条指定医の診断書をもらうのに、今の病院では9月に起こった「病棟内イジメ事件」で精密検査するにあたっての入院ができない。 私はどうしたらいいですか、と先生に聞いたら、片

          ほんとうの多様性って、なんだろう|わたしって、何者ですか?

          身障者手帳を持たない車椅子ユーザーの雑記

          私は身体障害者手帳を持たない車椅子ユーザーです。 今持っているのは、「精神障害者手帳」の2級のみ。 これを言うとみんなにびっくりされますが、私自身も「なんで身体の手帳降りないんだろう〜」と思うことがたくさんあります。 身体障害者手帳がないと、車椅子の補助がおりません。 歩行器レンタルも、クラッチも、全額負担です。 場所によっては、車椅子補助は等級にもよると聞きました。 身体障害者手帳は国の15条指定医という脳神経内科などの特定の科の医師によって書かれた診断書でなければもらう

          身障者手帳を持たない車椅子ユーザーの雑記

          野外保育現場から学んだ「思考の多様性」と「社会の多様性」のこと|本当のしあわせってなんだろう?

          今日、山梨県韮崎市に、ある講演会を聞きにいきました。 同県北杜市にある「森のようちえん ピッコロ」の15周年記念で作られた映画の上映会と、代表の中島先生、保育スタッフ、保護者のトークショーです。 私は自己紹介でも書いた通り、10年前保育士をしていました。 自分が保育士をしていた時は、上司や保護者の目を気にしての保育ばかり。 子どもを人として尊重したいのに、座る場所から一挙手一投足まで、全部を決めつける保育しかできなくて、そのギャップに戸惑っていました。 自分はなんでこんな保

          野外保育現場から学んだ「思考の多様性」と「社会の多様性」のこと|本当のしあわせってなんだろう?

          行政を品種改良するより、土壌の質を変えよう

          友人(健常)と話していて、「行政が多様性に対して動いてくれないのは何故か」という話になった時、友人があることに触れて話をしてくれました。 それは「トランスジェンダーや障害を偽るニセモノがいて、そのニセモノに行政が警戒するあまり多様性に対して動けなくなっているんではないか」ということ。 私は行政に関わる仕事を半年だけしていました。 でもそもそも行政って、「人を信じていない」というか、「いつでも疑っている」みたいな傾向があると思います。 お金が1番大切で、だから目の前の人に本当

          行政を品種改良するより、土壌の質を変えよう

          あなたの苦手な人の、「好きなところ」はどこですか?

          昨日はよく落ち込んで、よく泣いた日だった。 いつもは「多様性のことをみんなに頑張って伝えていくんだ」「一緒に考えていくんだ」と息巻いている私の頭から突然言葉がなくなり、悲しみとか苦しみとか、自分はなんでこんな体になってしまったのだろうという情けなさとか、みんなに迷惑かけているという申し訳なさとか、そういうものに取り憑かれたようになっていた。 「みきちゃんって、障害があるのになんでそんなに笑顔でいられるの?」って言われることが本当によくある。先週もそう言われたばっかりで、その

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          障害は子どもにはわからない?|インクルーシブ教育と家族児にしてほしい大人からのアクション

          私はハンコ作家として活動をしているので、よく小学校などで子どもたちに向けてものづくりのワークショップを開催します。 調子が良ければ杖で行くこともありますが、たいてい車椅子で行きます。 一昨年の冬、4年生のワークショップの最後に「何か質問はありますか?」と子どもたちに聞いた時、こんなことを言った子がいました。 『先生は、なんで車椅子なんですか?』 私は一瞬たじろぎました。 「これは、どう説明したらわかりやすいんだろう」「心の病気です、と言っても子どもたちの頭の中では病気と車

          障害は子どもにはわからない?|インクルーシブ教育と家族児にしてほしい大人からのアクション