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筆司に訊く/生々流転

G7広島サミット開幕日、道路規制の街中を避けて筆の産地 熊野にある筆の里工房(博物館)へ赴く。

まず、開催中の企画展「宮廷文化を彩る絵画」を鑑賞五摂家の筆頭、近衞家の美術保管庫:陽明文庫のコレクション展だ。

筆跡がつなぐ歴史と伝統- 宮廷文化を彩る絵画(陽明文庫収蔵作品より)/筆の里工房


重要文化財級の貴重な作品や教科書に載っていた(ような?)肖像画、古典作品を当時の文化人が描き写した絵巻物、焼物や人形といった工芸品等が一堂に並んでいた。

作品の強さはさることながら、「筆」のミュージアムだけあって、美術工芸品を「筆」や「書」、「筆致」に着目して作家の人物像や時代背景に迫る特徴的な展示だった。

地下には伝統工芸師による筆作りのデモンストレーションがあり、間近でその技を見ることができる。

黙々と毛の束を選別してパーツを作っている工芸士さんに話しかけるのは流石に躊躇してしまう。

ジーッと見させていただいていたところ、伝統工芸士の大久保順敬さんから話しかけてくださり、原料や製造工程の対話をする貴重な機会を得た。(正座で向き合いながら)

筆作りの解説で動物の毛の油分を取り除く時に灰を利用していること(火のし•毛もみ)を知ったので、その点についてお聞きした。

熊野産毛筆の製造工程

近年、地元•埼玉の里山で芸術家たちと炭や灰を用いたアートプロジェクトを実践している私は、自然素材の特性を活かした製法に関心がある。

2021年秋にキュレーションを担当した野外展で土壌の専門家でいらっしゃる福島大学食農学類の石井秀樹先生にゲスト講演していただいたことがある。

そのときの展覧会テーマは「鎮魂と再起」というおどろおどろしいもの。新型コロナウイルス感染症による自粛が解かれつつあり、東日本大震災から10年の節目の年だった時期性、かつて白鷺の営巣地だったが姿を消してしまったという場所性に「炭」や「灰」を用いたアート作品で応答するというサイトスペシフィックな企画だった。

そこで、石井先生が仰ったのが生命の循環を暗喩する「灰」の象徴性である。
西洋ではシンデレラ、東洋では花咲か爺さんの童話に見られるメタファーとしての「灰」だ。

動物の毛を筆という実用品に変換して書画が創作されて後世に伝わっていくことに物質循環の奥深さ、「魂」が紡がれていく歴史の厚さを感じる。

今でこそ利用する機会は少なくなったが、灰を洗剤として使うという生活の知恵もある。

工芸士の大久保さんも同様にフィリピンの山奥では灰が日常利用されていることを引き出しながら、「火のし•毛もみ」の工程は良い筆を作るのに欠かせないと仰っていた。灰を再使用した場合に効果は変わるのか等といったようにルーティンワークの中でも素材や工法の改良を探究しながら技を紡いでいっているようだった。

筆作りの材料入手の状況は近年そして今後にかけて暗雲低迷と言えるだろう。

材料は中国からの輸入が多いらしく、特に上海近郊の雄ヤギの胸毛が重用されるらしい。何故かというと湿潤気候の環境で他の土地の種よりも水分を吸収する部分が長く発達しているからだという。

しかしながら例の感染症パンデミック以後、動物の毛や皮の輸出入制限は以前より厳しくなっているのだという。
国内で採れる自然素材も、材料を採る•加工する担い手不足が深刻だそう。

そんな中でも創意工夫を凝らしながら技を守り、時に時代に合わせて改良して後世へ伝えていく。
まさに「伝統工芸なう」である。

筆で字を書く習慣が少なくなってきた現在では、熊野筆といえば化粧用というイメージも強い。ブランディングを含め工芸品として生き残っていく新展開があるのだとすれば注視してみたいと思う。

物質循環的に紡がれていく「筆」の魅力と現在進行形の匠の技に惚れ惚れする有意義な時間だった。

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