Kagura古都鎌倉奇譚【壱ノ怪】星月ノ井、千年の刻待ち人(15)
15:かぐら、玉響に涙す
目が覚めた。
目が覚めた?
何だか体中が痛い。
重くて動かないし、熱があるみたいにだるい。
右側から明るい陽射しが差し込んでいる。
どうやら障子一杯に光がこの部屋に注がれているらしい。
まるで軽井沢かどこかのリゾートのように鳥の歌が美しく部屋に響き渡っている。
―東京じゃ・・・ないな。
それは、1%しか働いてない頭でも瞬時に分かった。
東京はこんな風に美しいものを朝から感じられる場所なんて極々、極々一部だ。皆灰色の中のたうち回っている。
しかし、ここはなんという穏やかさだろうか。
綺麗な和室には、美しい木目の天井が朝日に光っているし、
障子からは鳥の歌と紅葉の葉の影の揺らぎ。鳥の影。
畳も最早朝日に光そのものだ。
布団はふわふわで温かいし、良い匂いがする。
それに左隣には美しい女性が・・・。
なんて美しい朝。
「あ"?!」
体がぎしぎしと痛むことも、熱っぽくだるいことも忘れて飛び起きた。
「ふぉ?!」
自分の服が旅館の着物みたいなものになっているのも驚いたし、乱れ方にも驚いて慌てて正座で整える。もはや帯で布がくっついてるだけであった。
障子を開けて廊下を見る。
が、家が広くてここが良く分からない。
あの居間はどこにあるんだ?目の前は中庭のようだが・・・。まるで旅館だ。
それに、服がどこか分からない。失礼があってはいけないので動き回れない。
この部屋の隣に続くだろう襖を開けた。
何だかメルヘンなぬいぐるみだとか、クッションだとかがナチュラル思考のシンプルでオシャレな部屋に似つかわしくなく所狭しと飾られたりしているのを見て、スッと閉めた。
これ以上情報を入れるのは止めよう。
それだけが頭に浮かんだ。
もう分からないので寝たふりをした。
ーそれにしても、自分はあの後どうしたというのだろうか?
まったく思い出せない。何だか凄いことが起きたような気がしたが、そのせいで疲れている気もする。兎に角体が不調だ。
首に触ってみると熱かった。熱がある。
ージャスト8度くらいか。
そういうのは結構当たる方だ。
皆は無事なのだろうか?
小笠原家の人たちは?
狐少女や烏天狗は?
それに一番は・・・
そろりと目を開けて、薄目で隣の小舞千を覗き見る。
頬も額も赤く見える。
息が苦しそうだ。
ーまさかまだ心臓が・・・?!
とりあえず生きていることにホッとするが、起き上がって彼女の隣に正座した。
布団も上下しているし、顔色も・・・まあ熱なのでいいとは言えないが生気が戻っている。しかし、玉のような汗が次々と出ている。
ーん?
何だか小舞千の足元に樽が見える気がする。
まさかと思いながら小舞千の足元から回り込んで、自分は立ったままそれを見て顎に手を当て思案した。
ーおいおい嘘だろ?このご時世に樽に水に手ぬぐいとか。江戸時代かよ。
それを無視して彼女の横に正座で座る。
勿論気配を殺して。
寝息と言うより荒い息。
脱水症状になるのではと思うほどの汗。
寝苦しそうな表情。
布団から少し出ている手もほんのり赤い。
色白なのにこんなになってしまって・・・。
そして、その手の小ささに気が付き、検証の為自分の手を横に置いてみた。
布団の上の小さな細い手。
畳の上の骨ばった大きな手。
自分の手も女のようだと学生の頃から馬鹿にされていたのに、今そいつらが居たらこれを見せてやりたい。
ー同じなわけないだろうが!触ったら折れそうだぞ?!
だが。
自分はこの人に護られ、庇(かば)われ、死にそうになっているのに何もできず見ているだけだった。
見殺しにしそうだったのだ。
そして、自分の命でと思った矢先のあの言葉・・・。
そう。
少し思い出したぞ。
自分は仕方ないので樽に手拭いを突っ込んで硬く絞ると、彼女の額に乗せた。
前髪が少し額にかかっていたので、なんとか爪で・・・額に触ることも無いように横に避けると、手拭いを乗せた。
それから、自分の着物の裾で吹き出す汗を拭う。
少し穏やかな顔になる彼女の閉じた長いまつげを見る。
『もう勝手に死なないと約束しろ・・・ッ。もう・・・私を独り置いてかないと約束・・・しろッ!!』
彼女は、この目を怒りと、憎悪と、悲しみに満たして自分を見ていたっけ・・・。
あの時の感情が何だかは全く分からない。
だがあれから自分は彼女を見ると変な気分になる。
何だか、昔から家族だったようなそんな気持ちだ。
それも、ただの家族ではない。
深い、
深い、
絆だ。
彼女の汗を着物の裾で拭い続ける。
自分は約束した。
「分かった・・・。俺は・・・貴女の死を見送るまで・・・生きる。生きて、生きて、生き抜く。約束を、守る」
そこから記憶が無いというか・・・本当に濃い霧の中だ。
眠っていたような感じだ。
ん?待てよ。
俺のセリフよ。
え?それって・・・。
それって・・・。
それって?
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ご興味頂きましてありがとうございます。書き始めたきっかけは、自分のように海の底、深海のような場所で一筋の光も見えない方のために何かしたいと、一房の藁になりたいと書き始めたのがきっかけでした。これからもそんな一筋の光、一房の藁であり続けたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。