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7.オージの解き起こし【連載小説・キッスで解けない呪いもあって!】



 ――ドプン。時生の脳内図書館は一瞬にして仄暗い水中と化した。瞬間、それまでヨチヨチと歩いていたペンギン達がぷかりと水中に浮いた――かと思うと、突如弾丸の様に気泡を巻き上げながら記憶本棚の間を飛び回りはじめる。
 時生の記憶に無いほど混み合っているワッフル店。
 時生達を取り囲む人々。
 眠り姫の動画。
 部下に指示をだす大河内。
 体の向きを無理やり変えられた時生。
 次々とペンギン達が取り出す記憶の頁は、唯一明るい図書館中央部のシャンデリアの下、ゆらゆらと浮いている時生を取り囲んでいく。そしてあらゆる情報がフラッシュの様に瞬き終わった時、時生の口元はニヤリと笑っていた。
 
 ――さあ、こしの始まりだ。

「僕は中学生の時、東京に住んでいたんですよ。東京駅もよく利用していて、境のワッフルでは常連でした。でも、過去一度もこれだけ混んだ事はない。今日は異常なほど混んでいる」
「だからなんだ。アウロラ公国の王子が東京駅に来るかもしれないと聞いたら人も集まるだろう」

――なんだこいつ。俺はどうしてこんなチビに気圧されてるんだ。
 
 淡々と詰めてくる時生の眼鏡の奥の小さな瞳が、まるで緑の熾火の様にチロチロと燃えている。
 大河内は漠然とした恐れを感じて、知らぬ間に一歩引き下がっていた。

「その情報を報道させたのはあなたですよね」
「な、なんで私が……」
「僕は『眠り姫の黙示録』の発見を報道する各国のニュースを見ました。あらゆる国が黙示録、アウロラ公国、タカフミ王子のこれまでの実績について報道していた。でもこれからタカフミ王子がどう行動するかなんて、ましてや日本国のボッチ村に行くために東京駅に行くかもしれないなんてどの国も報じていない。当たり前です。各国が色々な意味で動き出す前に、アウロラ公国は動き出したんですから。まあそれも失敗におわりましたけど」

 時生がちらりと人垣に目をやると、いくつかの影がたじろいだ。

「日本国の報道の情報収集力が素晴らしかったという事だろう」
「南極ですよ。アウロラ公国の地下研究所が出した公式発表以外に、たった数時間で情報なんて集めようがない」
「しかし現に王子は日本国にいらした」
「あなた方に王子訪日の打診があったのは到着の1時間前。日本国の王子訪日報道はその何時間も前」
「だからそれは……!」
「王子が来ようが来まいがどうでもよかった。あなた方は黙示録が見つかった時点であの報道を流す算段だった」
「……何のために?」
「この東京駅を――もっと言えば境のワッフルの周りを人で埋めるために」

 時生達を取り囲む様に集まった人々は、今やワッフル店と通路を埋め尽くしている。
 ――え、ウチらなんかに参加してるワケ?
 そう騒つく人々に時生は言った。

「あなた方は『ボッチメトロの入り口』を人混みで隠す為に集められたんです。そうでしょう、大河内さん?」
「……!」
「そう、あなたは確かにそう言った。僕達はボッチメトロが地下鉄であること以外は、どこにどんな状態であるのかもわからない。だからボッチメトロそのものを探していた。それに対してあなたは『ボッチメトロの入り口』と言った。ある事がわかっている人間にしか出て来ない言葉だ」

 時生の脳内で大河内が時生の前に立ち塞がり、肩を掴んで180度回転させた映像が光る。

「黙示録は世界中の国にとって垂涎の代物です。これさえ手に入れればアウロラ公国という資産大国を我が物にできたも同然。なんとでも理由をつけて、今は英国のメアリ女王が管理している公国の資産を手にする事ができる。発見から1日もすれば、各国に狙われた王子は身動き出来なくなるでしょう。だからあなた方は情報操作で各国の動向を日本に向けさせ、万が一王子が日本に来た場合の足止めを計った上で、黙示録の発見から1日だけは、どうなろうともメトロの入り口を隠す計画をたてていた」
「その為に嘘の情報を国民に、全世界に流したと? 馬鹿か? 入り口があると分かっているならそれこそ壁でも立てて塞いで隠せばいい」
「――オージ」

 不意に隣に立つタカフミに呼びかけられ、時生の頭の片隅にも漸く疑問が浮かんだ。
 
 ――やけに話を繋ぐな。こんな衆目の前ですべてを曝け出してもいいのか?

 しかし瞳に着いた熾火はそう簡単に消す事が出来ない。目の前の大男をやり込めながら、今の時生は最高に気分が良い。口が勝手に動く。

「それが出来ない事くらい調べてあります。平安時代に異国呪物を封印する為の村として造られた境の国村の始祖、境師博士は先見の明があった」

 周りが「境師ってなに?」と騒つく。呼応する様に時生の脳内で境師の頁が光る。

「境師はあらゆる境界線を神の矢を以て定める官職で、陰陽師と並ぶほどの力がありました。にも関わらずその存在は隠され続けています。何故か? それは国にとって都合が悪い物、つまり異国呪物を矢で封印する役も負わされ、国は威信の為にそれを隠したかったからです。神である朝廷に解明すら出来ない異国の物などあってはならない。しかもそれが災いをもたらす呪物など以ての外。全ては秘密の存在だった。だからこそ村の安全の為、境師博士は国の言いなりにはならず、交渉の末3つの約束を取り付けた。その一つが『いかなる時も村の出入りを封じるべからず』ですよね?」
「――」
「だからあなた方は入り口を見張ることは出来ても塞ぐことは出来ない。千年以上たった今でも通じる約定を結ぶなんて、境師博士は凄いです――」

 そう言い終わりかけて、時生は大河内の口元が緩むのを見た。その顔が屋内にも関わらず夕方の様相を呈している――。そうか

「逢魔時だ……」

 そう呟いた途端、リンゴーン、リンゴーン! と大鐘楼のような鐘の音が耳に響き、それを上回る大声で眠り姫が叫んだ。

「オージ、ボッチメトロが来る!!」

 

 
 

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