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光の方向

私が所属しているHEARシナリオ部で書いた作品です。
月に一度テーマを決めて、部員で作品を書き合います。
フリーで朗読・声劇で使用できる物語です。
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■前書き

外伝なので、前置きをさせいただきます。煩わしい長い前置きですみません。
この作品は、拙作「アヤの妖怪退治」というシリーズの外伝になります。
もともと、このシリーズは、HEARシナリオ部というサークルで書いていたボイスドラマ用のシナリオなのですが、その外伝にあたります。
シナリオ形式で見にくいかもしれませんが、本編は、時系列では、以下の作品があります。シリーズものではありますが、単独で読んでも、大丈夫なように書いております。
また、ご興味がありましたら、演じ手の方にお願いしてボイスドラマにしている作品もありますので、聞いていただけたら幸いです。

■シナリオURL

◎車鬼 ~クルマオニ
◎文字喰い ~モジクイ
◎道閉じの儀式
◎時長の玉 ~トキオサノタマ 
◎虹色の糸 ~ニジイロノイト
◎奈落の鳥 

■ボイスドラマURL

◎道閉じの儀式
https://youtu.be/tDbI2cwkdgE

◎虹色の糸
https://youtu.be/N240WKdDRg8

 ◎奈落の鳥
https://youtu.be/ApOxgin8JYs


■登場人物
 
◎アヤ
説明のつかないような怪異が関わる事件の解決を生業としている。
 
◎ガラーホワ
アヤの行きつけの喫茶店のマスター。アヤが思春期の頃、お世話になった人物。
このエピソードは
時長の玉(トキオサノタマ)
何か不思議な力がある??

 
◎クラサワ
教会の司祭。反社会的集団の人間だったが、ある事件を通じて、改心する。
このエピソードは
虹色の糸

 
◎カオル
教会の使用人。孤独な人の看取りの仕事をしている。元犯罪者。
虹色の糸」の冒頭のエピソードで司祭のクラサワに出会う。
 
◎鳥使いの男
DVをして妻と息子に逃げられる。しかし、自分は不治の病で死んでいくのに対し、元妻が再婚し幸せになっていくのが悔しくて、動物を操る能力を利用し、妻と息子を襲う。
鳥の群れを使役してアヤと戦ったが敗北。
このエピソードは
奈落の鳥

 

僕は、男のベッドのそばで椅子に座っていた。
最初、男は、「なんだ、ヤロウか……」としわがれた声で言った。それっきり、一言も話さなかった。僕のカオルという名前を誰かから聞いて、女性だと思っていたのかもしれない。この男は、アヤさんと戦い、敗北したらしい。
アヤさん――彼女は、妖怪とか超自然的な事件を解決するのを生業にしていて、数々のヤバイ相手と戦っている。どんな事情で、この男がアヤさんと戦ったのか、詳しくは知らない。
彼女ほどの人を苦戦させるなんて、どんな男だろうと思っていた。しかし会ってみれば、骸骨みたいに痩せているしょぼくれた男だった。ああ、そういえば、この男の命は長くないのだと、思い返した。クラサワさんは、何かアヤさんに弱みを握られているらしい。結構な無理難題を頼まれる。
今回も、クラサワさんは「やっつけた相手が、死にそうな病気だったから、看取れ!」とアヤさんにねじこまれたそうだ。いくら教会の司祭でも、突然、見ず知らずの人を看取れ、場所も用意しろと言われたら、さぞ面食らったことだろう。
クラサワさんの知人の「先生」――この人も、相当込み入った事情のある元医者なのだけれど――その「先生」の知り合いの医師に連絡をして、これまた相当無理を言って、病院の一室を使わせてもらうことになった。
そして、クラサワさんが、申し訳ないが、葬儀の予定が立て込んでいて、ゆとりがないので、この男の看取りをしてほしいと、僕に頼んできたのだ。
 
僕が、何時間も、ぼんやりと男を見つめていたら、
 
「おまえ……退屈……しないのか?」
 
と、男が言った。
 
「全然!」
 
と、僕は答えながら首を振った。
 
「僕は、ほかにやれることが無くて……」
 
男が、怪訝な表情をしたので、僕は続けた。
 
「僕は、病気になってしまって、見た感じ普通ですけど、力仕事とかできないし、集中力も無くて、話はできるんですけど、細かい事が間違わずにできなくて……長時間、何か決まった作業ができる持久力があったら、もう少し何かやりようがあるんでしょうけど……
少しでも、規格外の人間になってしまうと、もう、それだけで、今の社会って、お払い箱というか……役割も居場所も無いんですよね……
そんなこんなで困ってたら、無茶な教会の司祭さんに、口だけはうまいし、君はあっちの世界から戻ってきてるから、看取りの仕事してくれって言われて……この仕事なら、何もしないで、ただいるだけでいいから……」
 
「あっちの世界? お前も……病気か……」
 
「はい……あなたも、病気なんだそうですね。病巣が体中にあるって……そんな状態で、アヤさんを苦戦させるほどの戦いをしたって……」
 
「はっ! 結果……この……ざまだ……自分を殺そうとしたクズの看取りの手配をするなんて、あの女、バカなのか?」
 
「同感です!」
 
と僕が勢い良く答えたら、男が咳込んだ。
 
「アヤさんは、あなたの看取りの手配をしたけど、ガラーホワさんは、僕を拾ったり……あ、ガラーホワさんは、アヤさんの大恩人なんだそうですけど……彼女らは、どうなってるんだろうって、ときどき思います」
 
「……拾われた?」
 
「そうなんです。僕、人を殺しちゃって……」
 
男が、もっと激しく咳こんだ。
 
「だ、大丈夫ですか?」
 
「お、お前、何を……」
 
「……僕、詐欺師やってたんです。そしたら、騙した相手が、自殺しちゃって……僕、逮捕されて、服役してたんだけど、出所してから行く当てがない所を、ガラーホワさんに……拾われた感じで……」
 
「お前……最低だな……」
 
「そうなんです……僕、最低なんです……」
 
僕は、下を向いた……
 
「俺は、親友に金を騙し取られた……お陰で、事業も財産も、パアだ! 金、騙し取る奴なんて、最低な奴は許せねえ……あいつは二十年来の付き合いだったんだぞ!……なんでなんだよ!」
 
男の顔が歪んだ。
 
「大変だったんですね……」
 
「大変だったんですね、じゃねえよ! なんなんだよ、お前は!」
 
「すみません……」
 
気まずい空気になってしまった。しばらく沈黙が続いたあとに、ぼくは、こんな話をした。
 
「……カオルなら……僕なら、あいつの気持ちがわかるかもって。アヤさんが言ったんです」
 
「はっ! 俺はお前ほどのクズじゃねえよ!」
 
男は、バカにしたような声を上げ目をつぶってしまった。
 
「光あるうちに歩め。そうすれば、暗闇につまずかない」
 
「なんだそりゃ?」
 
男は目を閉じたまま、せせら笑った。
 
「聖書の文句らしいです。クラサワさんの説教で出てきました。あ、クラサワさんって、僕に看取りの仕事を勧めた教会の司祭さんです。でも、『無茶言うな!』って思います。僕は、『光』なんてわからなかった」
 
言葉を続けても、男は目を閉じたままだった。
 
「僕の父親は、人生がうまくいかないからって、酒飲んでは、僕や母を殴っていました。中学校だってろくに行かせてもらえなかった。力が無いと酷い目に遭うって、小さい頃から、骨身に染みてましたよ。
頑張ろうとしても、社会に居場所が無いんです。
光とか信頼とか、わかりっこないですよ。
さんざんな扱いをしておいて、ふざけないで欲しい!
光の当たる場所とか時間とか方向とか、そんなのわかるわけがないじゃないですか!」
 
男は盛大に咳き込んだ。苦しそうな長い咳が収まっても、目を白黒させていた。
 
「大丈夫ですか? あ……ひょっとして、あなたも家族を殴ったりしていませんよね?」
 
男は答えないし、目を合わせようとしない。
 
「なんだ。僕たちお互い最低のクズ仲間じゃないですか……」
 
「その言い方……やめろ……」
 
「別に不真面目にやっているわけじゃなくても、光の方向と真反対に行ってしまう人がいる。そういうことは、普通の人には、絶対にわからない……」
 
「わかってたまるか!」
 
「でも、僕は、自分のやったことが取り返しのつかない、償いようのないことだってこともわかっています。
相手や方法は違うけど、自分も父親と同じように人に危害を加えた。しかも、命まで奪ってしまった。それを意識したら、食事が普通に摂れなくなって、体がボロボロなまま戻らないんです。
自殺した人の遺族に言われました。『どんな事情があったとしても、お前を八つ裂きにしても足りないくらいだ。もし、お前に良心が残っているなら、二度と人を不幸にする仕事につかないでほしい』って。あなただって、随分と酷いことをしてきたみたいですね。それなのに、あなたには、もう生き方を変えたり、償いをする時間が無い……」
 
「……はっきりと言ってくれるじゃないか……」
 
「僕も、神とか仏とか、正直、わかんないんです。でも、僕の『闇』は、強烈だったのに、『光』と『闇』の境界線に立てる、アヤさんやガラーホワさんに、僕を『何か』が、引き合わせてくれた。彼女たちに出会わなかったら、僕は、世の中には『闇』だけじゃなくて『光』もあるってことすら、わからなかった。苦しいけれど『光』の方向を探したり、進んだりする可能性が開けたんです
……少なくとも、前みたいに『闇』の真っただ中じゃなくて『光』の方向を向いて近づきながら死ぬことはできる。だから、引き合わせてくれたのが、運命なんだか、神さまなんだか、よくわからないんですけど、そこには、感謝しています……
あなたからすれば、敵に看取られるなんて、当然、かっこ悪くて居心地が悪いでしょう。でも、アヤさんは、何の義理もないのに……義理が無いどころか、自分を殺そうとしたあなたを、ひとりぼっちで死なないようにしてくれたんですよ……?」
 
男が震えていて……痙攣しているのかと思ったら、男は泣き笑いをしていた。
 
「何を笑っているんですか?」
 
「……もっと、早くに……あのバカなヤンキー女に出会ってたら、俺の人生変わってたのかな……ってな……」
 
最後の二日間、男は、「寒い……暗い……痛い……つらい……」と言い続けていた。僕が男の手を握ると少しだけ、落ち着いたみたいだった。そして、体をさすってやった。この病気は、全身の疼痛が酷いはずだ……
業の深い人の焼かれるような最期の心身の痛みには、どんな言葉も通じない。そのくらいのことしかできない。
僕だって、人間の最期につきそうなんて、こんなにきつい仕事はない。人間の最期の苦しみが、自分の中に容赦なく入り込んでくるから。病気の自分に、なぜ、こんなことができているのか、不思議に思うことがある。何かをすることよりも、ただ、そこにじっと、いることの方が、はるかに難しいのだ。
今回の少しだけの救いは、男の最後の言葉だった。
「最後の……最後におもしろい奴らに出会えた……もうちょっと生きてみたかった……息子には……光が……ある所を……息子に……俺やあんたみたいに……なるなって……伝えたかったな……」
僕は「アヤさんを通じて、息子さんに伝えておきますよ」と言った。それを聞いて、男は、少し笑って息を引き取った。

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