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時長の玉 ~トキオサノタマ (アヤの妖怪退治シリーズ)

 私が所属しているHEARシナリオ部で書いた作品です。
月に一度テーマを決めて、部員で作品を書き合います。
フリーで朗読・声劇で使用できる物語です。
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不思議なものが見えるアヤは思春期にありがちな世の中に対する絶望を感じていた。彼女はある外国人の喫茶店に通い始め、壮大で不思議な体験をする。

 

 

◆1 訪問

 

  気になっていたものがあった。カウンター横の壁には絵がかかっていたのだ。軍服を着た男が、白い旗を高く掲げて、立っている絵だ。写真みたいな妙にリアルな絵だった。そして、軍人が白旗を上げているのに、なんだか、あっちの壁にあるキリストのイコンより神々しい雰囲気だった。当時のあたしは、これが何なのかわからなかった。

  「もう、こんなのやりきれない……」

   あたしは、子どもの頃、特殊な体質で、変なものが見えたり……かっこつけた言い方をすると、感受性が鋭かったので、よく学校でいじめられた。家族はよくわかんない仕事をしていて、ほとんど不在だったし、稼業のために変な訓練が始まるしで、あたしは、いつも、イライラしていた。 それが高じて、もう少し年齢が行った時、あたしは、ムカつく奴を気ままに、ぶちのめしたりするようになった。その時の事を思い出すと、苦笑いが込み上げてくる。 まあ、逃げ足も速かったので、捕まるようなことは無かったけれど…… そんなふうに過ごしていた、ある日、あたしは、ガラーホワさんに出会った。

  ある日、あたしは、ぶらぶら歩いていたら、灰色で金色の目をした猫が、近寄ってきて、あたしをじっと見上げた。灰色の猫は、あたしの足の周りを歩き、体をすり寄せた。体を撫でようとしたら、猫は歩きはじめた。猫は歩き続けて、ガラーホワさんのお店の前で止まった。そして、店のドアをすり抜けていってしまった。猫ドアがあったわけでも、ドアが少し開いていたわけでもない。その猫は、閉じているドアをすり抜けていったのだ。 あたしは不思議なものをよく見ていたので、あんまり驚かなかった。が、でも、そのお店に、とても興味が沸いた。あたしは、ドアを開けてそのお店の中に入っていった。 ガラーホワさんは、驚いた顔もせず、根掘り葉掘り何かを尋ねることもせず、あたしのことを普通、いや特別のお客として、お茶を出してくれて、なんとなく話しかけてくれた。 なんで、ガラーホワさんは、あんなにあたしに良くしてくれたのか…… ガキでお金なんかないので、タダで貴重なお茶を飲ませてもらいつつ、入り浸るようになった。当時のことを思い出すと、あまりにも申し訳無い気がする。しかし、彼女のお陰で、あたしは、思春期の闇を乗り越えられたのは間違いなく、深い感謝しかない。 小さくて古い石造りの建物を見上げた。壁にツタが絡みついている、その「ブリーミャ」という看板。何年も、塗装しなおした様子がないのに、ちっとも変わらない。

  ドアをくぐると、カランカランという音がした。

 「あら……いらっしゃい」とガラーホワさんが迎えてくれた。

   ガラーホワさんや店の印象を説明するのは、少し難しい。良い意味での違和感がたくさんある。ガラーホワさんは顔かたちが整っている。まあ、早い話、とても美人だ。外国人なのだが、どういうわけか言葉に外国語なまりがない。あまり日本では見かけないような柄の服を着ているし、店の中も、よくわからない民芸品や珍しい花と観葉植物で飾られている。 それよりも、気になっていたものがあった。カウンター横の壁には絵がかかっていたのだ。軍服を着た男が、白い旗を高く掲げて、立っている絵だ。写真みたいな妙にリアルな絵だった。そして、軍人が白旗を上げているのに、なんだか、あっちの壁にあるキリストのイコンより神々しい雰囲気だった。当時のあたしは、これが何なのかわからなかった。あの不思議な雰囲気の灰色の猫も、ときどき出て来て、ニャーと挨拶してくれた。これだけ異質なものに囲まれているし、ガラーホワさん自身も異文化の香りが漂っているのに、なんだか、安心して一緒にいられる感じがした。 外国人で、こんな変わった人なのに近所の人とも何の違和感も無く挨拶をしてるし、地域に溶け込んでいる。 

ただ……ガラーホワさん、今は、一人暮らしになってしまった。

  「 ご注文は?」

    あたしが壁際の席に座ると、ガラーホワさんが聞いてきた。 

 「あの紅茶をお願いします!」

  ガラーホワさんは、にこにこしながら、紅茶を沸かし始めた。とても、いい香りがする。しばらくしてから、紅茶と、小さな容器に入れられたジャムを彼女が運んできてくれて、あたしは、ジャムを舐めながら、紅茶を飲んだ。とても濃くてコクのある味とジャムがよくマッチしていて、あたしは、これが大好きなのだ。彼女の故郷では、砂糖が貴重だった昔に、こういう飲み方が、始まったのだと彼女は教えてくれた。ジャムを直接入れると、紅茶が冷えてしまい、体が温まらないので、舐めながら飲むのが、一般的なのだそうだ。 直接入れるのは、違う地方の習慣らしい。 あたしはため息をついた。

「 どうしたの?」と彼女は言った。

  どう言ったらいいのかわからなくて、遠まわしな言い方になってしまった。

 「 なんだか、最近起こる事って、凄く身勝手で、なんか、いたたまれなくなることあるじゃないですか……そんなことばっかりじゃないんだとは思うんだけど、それでも、なんだか疲れちゃうときがあって!」 

 「 あらあら、アヤちゃん、今でも、そんな事を感じる時あるの?」

  「 ガラーホワさん! こんな、あたしだって、悩み多き乙女なんですよ? ハル兄(にい)に『あたしだって、悩みくらいあるんだぞ!』って言ったら『お腹空いたのか?』って、あんの野郎、失礼にも程がある! あたしのこと、なんだと思っているんだよ、まったく!」

   ガラーホワさんは、けらけら笑った。

  「 気にするなって言いたかったんじゃないかしら? でも、強く見えても、時には、安心して泣き言を言いたい時もあるわよね。 アヤちゃん乱暴なくらい大胆なことするときがよくあるから、本当は繊細なこと、みんな気づいてないのかもね」

  「泣き言っていうほどでもないけれど……解決してほしいわけじゃないんです。もやもやすることって、そんなに、簡単に解決することばかりじゃない……ただただ、話を聞いて欲しいことってあるじゃないですか。でも、男って、そういうのが苦手みたい……」

   また、少しガラーホワさんが笑った。

  「 そうねえ。もっともらしい理屈を言う人いるわよね。この間来てくれた年配のお客さんが『そういうのを紅茶野郎って言うんだ』って、教えてくれたわ」

  「紅茶野郎?」

  「 セイロンだからだって」

  「 うわー、親父ギャグ―!」

  「 親父ギャグって嫌う人いるけど、でも、日本語って、同じ読み方で違う意味の言葉がたくさんあるから、そういう……洒落言葉っていうの? 私たち外国人からすると、凄く面白いんだけどね」

 「 へえー! ところで、ガラーホワさん! あたしが、ここで『人間なんて滅んじゃえばいいのに!』って叫んだ時の事、覚えてます?

  「 覚えているわよ? 高校生の頃だったかしら?」 

  「 あの頃、特に病んでたし、大人の醜さと鈍感さにうんざりしてたんですよね」

  「 アヤちゃん、荒れてたわよねー。青春には、ありがちではあるけれど、さすがに、あれは、ちょっと、どうしようかなあと思ったわね」

 ガラーホワさんは、くすくすと笑った。

  「 ちょうど、この席に、あたしは座っていて……」

  あたしが座っている方とは、反対側の壁際の台に、綺麗な刺繍の入った布がかけてあり、あの時と同じように水晶玉が置いてあった。

  

◆2 水晶玉

 
 あたしは、子どもの頃、同年代に、ハブられて、常にイライラしていた。ハブられていたというのは、正確ではないかもしれない。いじめられていたというよりも、なんか、同じ年代の子たちと、感覚があまりにも違うので、溶け込めないでいた。粋がってはいたが、感情が通じ合える人が誰もいないという状態は、いくら強がっていたところで、結局は脆い。精神的にヤバい時、人はマイナスなことばかりを、拾ってしまいがちになる。

 当時、悪質で強欲な事件、異常性・残虐性のある事件も、続いていて、人の悪意に対してあたしはとても過敏になっていた。

 当時のあたしは、ガラーホワさんに対して、甘え過ぎていたので、身の回りや世の中の不満なことを、ガラーホワさんにぶちまけ「もう、人類なんか、滅んじゃえばいいのに!」と、ある日言ってしまった。そうしたら、あの水晶玉が光り出した……。

 「 ガラーホワさん! あれって水晶玉? なんか、あたしには、変に光って見えるんだけど……」

  「 ……………………これは「時」を見る玉よ。見てみる?」

  「 え?」

  その時、ガラーホワさんは、小さな座布団みたいなものごと、その水晶玉を持ってきた。あたしは、そこを覗き込んだ。

 小さな玉の中で、外国人の男たちが、航空写真みたいなものを見て、何か話している様子が見えた。髪型が、なんか、昔っぽい……

「小さな玉なのに、なんで、こんなに凄く大きくはっきり見えるんだろう」と思ったのを覚えている。

  「これって……言葉がわからない……」

  「同時通訳してあげるわ……」

  

◆3 ある写真

 

作業服のようなものを着た男たちが話していた。

  「ああ、間違いないな……見たことがある……軍事パレードで転がされてたやつと酷似してる。念のために送られてきた仕様書とも照らし合わせてみよう。十中八九、中距離弾道ミサイルだ。配備されている数は、20機くらいか……多いな……

  「 ……主任……核弾頭も用意していると思いますか?」

  「 ……トーストが出来てるのにバターを塗ってないと思うか?」

  

◆4 ある陰謀

 

 場面が変わって、なんだか、別のまた、違った雰囲気の初老の男たちが話し合っている。別の言葉だ。

 ガラーホワさんが言った。

 「ああ、これも訳してあげるわ……」

  「通常兵器はともかくとして、あの革命家に、核ミサイルを、本当に、預けて良かったのでしょうか?」

 「この作戦には、三つの利点がある。核配備に関しては、わが国は、劣勢だ。これで、かなりの挽回になる。喉元の国にミサイルがあれば、あの国も好き勝手できまい。そして、このミサイルを、あの国が配備しているウラノスシステム撤去の交渉材料に使う。一石三鳥というわけだ」

 男は低い声で笑っていた。

  

◆5 会議の始まり

 

 また別の場面が水晶玉の中に現れた。十数人の男たちが、大きな会議室のような所で、言い合いをしている。

  「 輸送船が偽装されていたにしても、どれだけの数の往来を見逃してしまったのか。なんで、本土が射程距離に入る、あんな喉元の国にミサイル基地など作られてしまったんだ!」

  「 空爆で破壊するしかない!」

  「 ダメだ! いきなり空爆するのは、絶対に私は反対だ! 向こうも引くに引けなくなる!」

  私は呟いた。

 「 これって……」

 「バーンズ国連大使!! 奴らは防衛のための施設だと大嘘を言っていた。恐らく戦術核が、本土射程距離内にあるんだぞ! すぐ破壊するべきだ! そして、侵攻作戦に移るべきだ!」

 「冷静になってください。リズメイ統合参謀長! 何の警告も無く空爆したら、パールハーバーと同じだということが、わかりませんか?」

  「 ケネス司法長官! それなら、どうするというのだ! 指をくわえて見ていろというのか?!」

  「 何もしないという選択肢は、もちろんありません。それは、私にもわかっています。私は、交渉と海上封鎖を並行して行い、相手の出方を見ることを提案します。我々は、海上封鎖の法的正当性の検討を始めます。

 軍の方では、海上封鎖のためにどれだけの艦隊や兵力が動員できるかを検討していただけないでしょうか?」

  

◆6 受けいれる覚悟

 

次の場面では、とても体格の大きい真っ黒なスーツ姿の男と、若い女性が、二人の幼い子どもを連れているのが見えた。

 「大統領夫人、あなたにお伝えしなければならないことがあります……」

  「コリンズ……あなたが何を言いたいのかわかっています。その前に、伝えておくことがあります。私たちが核シェルターに入らなければならない時が来たら、私はキャロラインとジョンの手をつなぎ、大統領官邸前の庭に行きます。そして、ほかの一般市民の人たちと同じように、運命を受け入れます……」

   本当に、あたしは、バカだった。

 あたしは、これを見て、世界が終わるとしたら、何も知らない幼い子どもたちも犠牲になるということに、ようやく気がついた。

  

◆7 空爆の是非

 

 「 大統領! 海上封鎖など、手ぬるい! はっきり言って、弱腰だ! すぐに空爆して、侵攻作戦を進めるべきです!

敵軍は、たかだか、一万ほどしかいないというのに!」

 「リズメイ統合参謀長……もし、君が、間違った選択をして、それが採用されたとしても、誰も君を責めることはできない!

ほかのメンバーの間違った意見が採用されても、同様だ……!

そうなったら、ここにいる、君も含めて全員、一人残らず生き残っていないからだ

リズメイ統合参謀長……そのくらいの事態だという事を理解して慎重に発言してくれ……!

ターナー空軍参謀長……君は、現場のことをよくわかっているはずだ。率直な意見を聴かせてくれ」

  「 大統領……お尋ねの件ですが、現在の空軍の能力を鑑みて(かんがみて)、一度の空爆で、全部のミサイルを破壊するのは、保証しかねます。ミサイル基地は、広範囲に多数存在し、破壊しきれなかったミサイルで反撃を受ける可能性は非常に高いと思われます」

 

 

◆8 点呼

 

また、別の場面。どこかの空軍基地らしい所で、大勢の兵士が慌ただしく動いている。

  「マジかよ……これだけの規模の緊急移動なんて、第二次大戦でも無かったんじゃないか?」

  「余計なこと言わずに、さっさと動け!」

 

 

◆9 向こう側の意識

 

 また別の場面。

  「 大統領が、テレビ演説するだと?」

  「はい、副首相!」

 「首相には伝えたのか?」

 「まだであります!」

 「あの国のミサイル基地に気付かれた! 早く首相に伝えろ! 下手をすると全面戦争になる!」

 

 

◆10 テレビ演説

 

 大統領のテレビ演説が行われていた。

 「かねてから我が国の国民の皆さんに約束した通り、政府はかの地域における連邦の軍事力増強を厳重に監視してきました。過去一週間以内に明白な証拠によって一連の攻撃用ミサイル基地が我が国の喉もの国に準備されている事実が確認されました。

 こうした措置は、わが国と同盟国の安全保障上、重大な脅威であり国際法をないがしろにするもので、断固容認するわけにはいきません。

 これ以上、連邦の攻撃用ミサイルを増やす事も防ぐ必要があります。我が国は、あの島国に対して海上隔離を行います。

 シェーキン首相およびモラン大佐に、以下の四つの項目の措置を我が国は、速やかに行う事を宣言します。

  ・バルベルデ共和国向け船舶の「海上隔離措置」

 ・バルベルデへの空中監視

 ・国連安全保障理事会の緊急招集

 ・そして両国の指導者に『世界を壊滅の地獄から引き戻すための歴史的努力』に参加していただく交渉を開始すること

 これが我々が着手した困難かつ危険な努力であることは、誰にも疑いの余地のないことでしょう。今後、この事態が。どのような経過をたどるか予想できません。もし、この危機が……大国同士の大量破壊兵器による応酬の引き金になれば、それは、世界戦争に繋がり、どれだけ人的損害を招くか全く予想できません。

我々の意志と忍耐が試練にかけられています。一番大きな危険は何もしないことです。我々が選んだ道は危険に満ちています。しかしそれは、我々が世界に負っている重大な責任でもあります」

  

◆11 軍の集結

 

また、海軍基地みたいなところで、大勢の兵士が移動していく。

  「なんで、休暇中に呼び出されなきゃいけないんだよ!」

  「……なんかヤバくないか? 休暇中の全兵士が呼び戻されてるって……どこの陸海空軍基地もこんな感じらしいぞ……?」

 「……まだ開戦しているわけでもないのに、どんどん戦闘機が飛び出してる……異常だよ」

 大雑把にしかわからないけれど、話している場面が移り変わるにつれて、どんどん、ドミノ倒しみたいに事態が悪化していくのがわかった。

また別の場面が現れた。

 

 

◆12 大統領の書簡

 

 『海上封鎖など国際法違反だ。そんなものは突破する』と、ラジオであの国は声明を出してきた。非常にまずい状況だ。秘密裡に書簡を送ることにする」

  「どのような内容ですか?」

  「 ……口述筆記してくれ。推敲したあと、首相に、送ろう。

 『あなたの国は、攻撃用ミサイルを我が国の喉元にある国に与えた。これは、わが国の安全保障上、この上ない脅威です。

それで私たちは……海上「隔離」を実行しました。これは、私がテレビ演説でも伝えた通りです。

国の指導者として、これらの処置を取らざるを得ないことは、ファレル首相。あなたにも、当然わかっているはずです。

私が、テレビ演説で、申しあげた事の繰り返しになりますが、小さなプライドと、わずかな目先の利益のために大量破壊兵器で戦いを始めるならば、世界規模で、どれだけの犠牲が出るか、予測すらたちません。この事態は、誇張ではなく、世界の命運は、今、我らの手にかかっています。

また、この交渉が長引くことにも、危惧を感じています。小さな偶発的な出来事がきっかけで、一気に事態が悪化しかねない。一刻も早く、状況を打開する必要があります。私と、第一書記、あなたは、理性と賢明さを持って状況を管理不能な状態にしてはなりません。これは、大国の指導者として、私たちの責務であり、使命であるはずです』

 

 

◆13 迎撃の体制

 

また、場面が変わった。多分、核ミサイル基地なのだろう。武器のことは、よくわからないけれど、いかつい兵器が、いろいろと備えられていて、基地の出入り口には、小さな要塞みたいなものが作ってある。銃を持っている兵士がたむろしていて、兵士がたくさん乗った軍用車両も走っている。

 また場面が切り替わる。今度は、多分、地下の指令室みたいな所……

 「 海上封鎖が始まったようです。我が軍は、孤立する恐れがあります!」

 「心配するな。この地には、精鋭四万と現地兵三十万がいる。向こうも大きな被害は出したくないはずだ。おいそれと、攻撃をしかけてくるはずがない! それに、空爆でミサイルを破壊しようとしても、残った核弾頭で大統領官邸が吹き飛ばされるということは、向こうも理解しているはずだ……」

 

 

◆14 国連での対決

 

また、別の場面が現れた。何かの国際会議みたいだ。ここでも、怒鳴り合いになっている。

 「バーンズ国連大使、お言葉ですが、攻撃的なミサイルの供与など、わが国は行っていない! 根拠のない我が国に対する中傷行為を、我々は断固非難する!」

 「 皆さん、今の発言を聞かれましたね?

……これが、わが国が、上空から撮影した写真です。皆さん、見てください! 

何度も我が国で、写真を分析・検討を重ねた結果、これは、防衛のためのミサイルではない事が確認できました。

防衛のために、なぜ核弾頭を搭載できる中距離弾道ミサイルを配備する必要があるのですか。

こんな重大な事に関して、国際会議の場で、写真までつけて、我々が嘘をつくと思いますか? 

これは、世界の安全保障に対する重大な挑戦であり、核攻撃の連鎖が起きることも考えられる事態です。

今、世界は存続できるかどうかの瀬戸際に立っています。ゾイド国連大使、あなたの国は、密かに攻撃のための弾道ミサイル基地を建設しましたね?

通訳は必要ないでしょう。イエスかノーでお答え下さい!」

  「私はあなたの国の法廷に立たされているのではない!」

 「あなたは今、世界世論の法廷に立たされているのです!」

  「そんな検事のような質問をされても、お答えすることはできない!」

 「ゾイド国連大使! 地獄が凍りつくまで、回答をお待ちしていますよ!」

 

  

◆15 交渉の可能性


 

 「 連邦の首相からの書簡が届きました」

 「読み上げてくれ」

 「あなたから十月二五日付けの書簡を受け取りました。あなたが事態の進展をある程度理解しており、責任感も持ち合わせていると感じました。私はこの点を評価しています。

世界の安全を本当に心配しておられるのであれば私のことを理解してくださるでしょう。

私はこれまで二つの戦争に参加しました。至るところ死を広め尽くして初めて戦争は終わるものだということを知っています。ですから政治家としてふさわしい英知をみせようではありませんか。

今、戦争というロープの結び目を引っ張り合うべきではありません。強く引っ張り合えば結んだ本人さえ解けず…

……それが何を意味するか申し上げるまでもありません。我々の条件としては……」

 「 なんだ? 今になって! 海上封鎖など突破すると、伝えてきていた癖に!」

 「随分、時間がかかりましたね。意図的に遅らせているんでしょうか」

  「それでも、かなり柔軟な内容になりました。これなら交渉の余地があると思います。全面戦争の危機を感じ、向こうも、それは回避したいのだと思います。

この状況で開戦したら、どちらが勝ってもピュロスの勝利です。粘り強く交渉するべきです」

  

◆16 撃墜と領空侵犯

 

好転したかと思ったら、事態はまた悪化していった。

 「 悪い知らせです、大統領! 我が国の偵察機が撃墜されました。パイロットも、恐らく死亡したものと思われます」

  「なんだと? 間違いないのか?」

  「やはり、こちらの交渉など、はなから聞く気は無いのだ! 全面空爆と侵攻作戦しかない!」

 「 いや、それでも貨物船は、引き返し始めている。刺激するべきではない」

 「 まず、小規模の空爆を行って、相手に警告を与え、出方を見るべきではないだろうか」

 「 ダメです! これは、向こうの作戦行動ではなく、偶発的な事かもしれない。空爆するにしても、時間を置くべきです!」

 「……もう一度、書簡を送る事を検討しよう。それでも、向こうが、さらに軍事行動を取った場合、十月三十日に空爆を開始したらどうだろうか。全員の意見を聴かせてもらいたい」

  「 大変です!」

 「 今度はなんだ?」

  「 こちらの偵察機が、操縦を誤って、連邦に対して領空侵犯をしてしまいました。相手の戦闘機がスクランブル発進したそうです!」

  「まずいです。こちらが、核の先制攻撃場所を偵察していると勘ぐられる恐れが……向こうから先制攻撃を受ける可能性も……」

 「なんということだ! こんなタイミングで、相手を刺激する事が起きるなんて!」

 

 

◆17 駆逐艦と潜水艦

 

 寒気がした。こんなに立て続けに……あたしは、教科書で見た核兵器で人が死に絶えた地域の写真を思い出した。今度は、どこかの海の上で、艦船が航行していた。その戦艦のキャビネットで……

 水の音と、レーダー音が聞こえる。 

 「ソナー探知。潜水艦がいるようです。3、いや4隻。友軍ではありません。引き返していく貨物船の護衛でしょうか?」

 「演習用爆雷を投下し、浮上するよう警告を!」

  私は呟いた。

「 え? そんなの警告じゃなくて、攻撃と取られるんじゃ?」

 「了解!」

  兵士たちが、次々と、二人がかりで、大きな金属の物体を海中に投げ入れていく……

 大きな轟音がいくつも起きた。海中にいた潜水艦が、衝撃で嫌な振動をしていた。次は、その潜水艦の中の様子が映った。

 「……今、我々は、爆雷攻撃を受けた!

戦争の火ぶたは、切って落とされた。我が軍の誇りを見せようではないか!

核魚雷用意!」

  「艦長 目にもの見せてくれましょう!」

  「副艦長! 祖国のために!」

  「 核魚雷発射用意……!」

 「 え? 核魚雷?」私は呟いた。

  水中を魚雷が進む音。核爆発。そして、その攻撃による、ドミノが、次々と世界中に倒れていった。あちこちの地域で、核攻撃の応酬が起きた。キノコ雲が無数に立ち、熱風で人々が蒸発し、世界中の建造物が崩れて吹き飛んでいくのが見えた。

  ガラーホワさんが、呟いた。「これが、一つの結末だったの」

  「 え?」

 「試されていたの……」

 「え? 何が?」

 「人類が……ここだけは介入できなかった……」

 「え?」

  なぜか、少し時間が戻って、またあの場面が続いた。

  

 

◆18 世界の終わる日に

 

 「……今、我々は、爆雷攻撃を受けた!

戦争の火ぶたは、切って落とされた。我が軍の誇りを見せようではないか! 

核魚雷用意!」

  「 艦長!

私は、反対です! 今、我々は爆雷攻撃を再度受けるのを避けるため、深い場所を航行しています。それで、情報が途絶し、外部の状況がわかりません! 本当に、開戦したのかどうか、今の我々には確認できません!

このような状況で、軽々しく核の使用など、絶対にやめるべきです!」

 

「 副艦長! 戦争は始まった。この艦の損傷では、これ以上の、長距離潜水航行は無理だ! 一矢報いて、最後の誇りを見せるべきだ!

 

 「 ダメです! 

この一隻の潜水艦が、世界の命運を握っているかもしれないのです!

浮上して、戦闘の意志が無いことを、向こうに示すべきです!」

 

 「しかし!」

 

 「 この状況での発射は絶対に、やめるべきです!

全面核戦争になれば、世界が終わります。

私は、世界の終わる日に立ち会いたくありません!

それを回避できるなら、どんな屈辱であろうと引き受ける覚悟です!」

 

 副艦長と呼ばれた男が、艦長を説得して、潜水艦は、包囲していた敵の艦隊の真ん中に浮上し、白旗を掲げて戦闘の意志が無い事を伝えた。戦闘の意志の無いことが、確認されると、潜水艦は解放されて、その海域を離れていった。

  このあとも、必死に人々は、戦争回避のために、奔走していた。

  「 再び、シェーキン首相に書簡を送ってくれ。今から言うので口述してくれ。

 ・ミサイル基地建設の中止

・攻撃型ミサイルの撤去

・国際連合の査察団受け入れ

 この三つの条件が、容れられれば、我が国は、海上隔離を解き、空爆・侵攻しないと確約します。

私はあなたからの十月二六日付けの書簡を大変注意深く読み、この問題への早急な解決を願う熱意が述べられていたことを歓迎します。書簡で示された線に沿って、解決に向けた取り組みを、この週末に国連事務総長代行の下で作成するように指示しました……」

  

 ◆19 強硬な人々

 

 「 大統領! すぐに、侵攻作戦を開始するべきです!」

  「危険は伴いますが、この状況ではやむを得ないかもしれません」

  「今回は、私も即時攻撃を支持します」

  「私も、攻撃に賛成です。しかし、時間を置く必要はあると思います。大統領が言われたように三〇日までに、回答が無かったら、空爆・武力侵攻を開始する案に賛成します。明日の会議で三〇日の攻撃作戦について、話し合う事を提案します……」

  

◆19 川のほとり

 

 「 国務長官と呼ばれていた男が、会議の小休止のとき、大きな川を見ながらつぶやいていた」 

  川の流れる音がする。

  「……安全保障会議の多くのメンバーが、空爆と侵攻が不可欠だと言うようになった。戦争回避のため取り組みが限界に近づいている。明日、空爆と侵攻作戦ついての、会議が開かれる…… この美しい夕日を、私は家族と、また見続ける事ができるのだろうか?」

  

◆20 首相の決断

 

 また、別の場面が映った。また、あっちの国の方だ。

  「 本当に、偵察機を撃墜したのか?」

  「 間違いありません!」

 「 大統領官邸の動きは?」

  「 大統領が、三〇日の朝に新たに声明を発表する可能性が高いという情報が……それから……」

  「それから? まだあるのか?」

   『戦術核を使ってでも、大国の横暴を許してはならない。絶対に退いてはならない』と、あの革命家が……書簡を送ってきました」

  「軽々しく核を使え? 正気か? 若僧が! 

核は、あくまで外交のカードだ! 

使用すれば、核攻撃の応酬になり、世界が終わる。

あの男は、その程度の政治的判断もできない馬鹿なのか?

あの男の国にミサイルを預けるべきではなかった! 

事態が制御不能に陥いりつつある。

私は、こんなことで、世界の終わる日に立ち会いたくない!

大統領からの書簡が来ていたな……

大統領官邸に、三つの条件を承諾する書簡を送る。

いや……前回は、書簡の送付に手間取った。

手間取っている間に、また、偶発的な事故が起きる可能性がある。ラジオ放送で、すぐに声明を発表する……」

 

 ノイズのたくさん入ったラジオの声が聞こえた。

 「…………この声明は嘘ではないですよね……」

 「ああ……確かに、基地建設の中止、国連査察団の受け入れ、そして、ミサイル撤去に合意する、と……」

  男の一人が、大きくため息をついて、座り込んだ。

 「世界は救われた……」

 「 ……我らは、世界の終わる日に立ち会わずに……済んだ……」

 もう一人の男も、大きく息をついて座り込んだ。

 

 

 

◆21 人間の愚かさと気高さ

 

 私は我に返った。水晶玉は、光るのをやめていた。

  「 ガラーホワさん、私は、いったい何を見たの?

   ガラーホワさんは、澄んだ瞳で、私を優しく眺めながら言った。

   「人間の愚かさと気高さ……かな?」

 

 ◆22 祈り

 

私は、現代のガラーホワさんに話しかけた。 

 「そのあと、ガラーホワさん言いましたよね。核魚雷を絶対に発射させなかった『副艦長』は、私の曽祖父だ。彼は、何の勇ましい名前も残さなかった。でも、私は、彼のことを心の底から誇りに思っている。

愚かな人もいっぱいいる。人は愚かな間違いを起こす。けれど、無数の名もない人たちも含めて、少しでも世の中を平和にしたい、良くしたいと思って頑張っている人たちもたくさんいる。

いろんな気が滅入る事件が起きているから、気持ちはわかるのだけど、そんなに、人間に対して、悪く言わないでほしい。絶望しないで欲しいって……」

  「そうね……」

  「でも、今回のこと……あの………………ガラーホワさんは本当に強いし、今も、何でもない顔してるけど……その……」

 ガラーホワさんの目が少し大きくなった。

  「 アヤちゃん……………あなた……」

 「みんな、あんまりのことで、どう言っていいかわからないから、ガラーホワさんに話しかけないみたいだし……中には心無い客が、嫌がらせをする事もあるって聞きました。

……あたしには、なんにもできないんだけど、でも……ガラーホワさん……」

 ガラーホワさんの目から涙が溢れて、彼女は手で顔を覆って……嗚咽しはじめた。

 あたしは、立ち上がり、生まれて初めて、泣いている人を自分から抱きしめた。彼女は、背が高いから、抱きあげるような感じになったが、彼女は、子どものように泣き続けて、あたしを抱きしめ返した。

 「戦争、本当に早く終わってほしいですね……」

  あたしは、ガラーホワさんの背中をさすりながら言った。

 「そうね…………」


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