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虹色の糸(アヤの妖怪退治シリーズ)

私が所属しているHEARシナリオ部で書いた作品です。
月に一度テーマを決めて、部員で作品を書き合います。
フリーで朗読・声劇で使用できる物語です。
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■前書き

クリスマスにちなんだ、シナリオです。


■登場人物

 ◎アヤ
 ◎少女時代の妻
 ◎看護師
 ◎ジョン・ニュートン
 ◎語り
 ◎司祭(私)
 ◎数年前の私(40代~40代半ばくらい)
 ◎幼い頃の私(中学生くらい)

 

■1748年 大西洋 ある船上

 

◆0 祈り

 

(SE) 暴風と雷。荒れた海の音。

 

(SE) 怒号。スラング。

 

ジョン: Oh My god!! Please save me!!

 

■現代

 

◆1 アメージング・グレイス

 

(BGM) アメージング・グレイス

 

司祭(私): ガラーホワさんからの紹介の方ですね。話は聞いています……詳しくお話を伺う前に…………彼女があっちで弾いている曲を知っていますか?

 

男: …………聞いたことはあるけど、曲名は、知らないです……

 

司祭(私): アメージング・グレイスという曲です。

 

男: ああなんか聞いたことが……

 

司祭(私): 驚くべき神の恵み、という意味です。

 

語り: 男が困惑した顔になった。

 

司祭(私): そんなことを突然、言われても、困りますよね。でも、お伝えしたいのです。この曲の歌詞を書いた者は、ジョン・ニュートンという男で、何をしていたと思います?

 

男: …………何をしていたんです?

 

司祭(私): 黒人奴隷を扱う商人です……

 

男: え? なんで、そんな男の曲が……

 

司祭(私): 彼の船が難破したのです。彼は恐怖して、神に祈りました。彼の船は木材など水より軽い積み荷を大量に積んでいたせいで、船は奇跡的に沈没せず、天候も回復しました。それで彼は助かり、彼は神の恵みに心から感謝しました。しかし、彼は、奴隷貿易から、何年も足を洗うことができなかった。人が変わるのは簡単なことではない。死んで生まれ変わるようなことだ。苦心の末、彼は、違う生き方を始めたのです。

……そう。私も、ジョンやあなたのように贖いようのない酷い生き方をしていて、なかなか生き方を変えられなかった……

 

◆2 奇病

 

 

数年前の私: いくらかかってもいい…… 金なら、いくらでも出す…… ノリコを助けろ……

 

語り: その小柄なショートカットの髪形をした女は、目を閉じてベッドに横たわっている妻を見ていた。

 

アヤ: うーん……

 

数年前の私: 医学的には何の問題も見つからない…… 通常はそんなことはありえん…… 意識も戻らないし、どんどん衰弱していっている。

詐欺師が、多いこの業界で、お前らはこういうことを解決できると聞いた……

 

語り: そのアヤと名乗った女性は、私を汚いものでも見るような目で見た。

 

アヤ: ……ばあちゃん、本当に、この人助ける価値なんてあるのかなあ……

 

数年前の私: はぁ?

 

語り: 女はノリコを、じっと見ていたが、話し始めた。

 

アヤ: あ、いや、ごめん。こっちの話。

奥さんには、悪いけど、正直、凄く難しい状況だね。

 

数年前の私: どういうことだ?

 

アヤ: これ、通して見てみて。

 

語り: 女は透明の玉を取り出した。そこを覗いて、俺は、ノリコを見た。ノリコには……いろいろな色で光るキラキラした無数の糸が絡みついていた。まるで虹みたいだった。

 

数年前の私: なんだ? これは……

 

アヤ: あたしたちは、「虹色糸(こうしょくし)」と呼んでる。

 

数年前の私: だから、それは、何なんだ?

 

アヤ: 謎に包まれている現象で、妖怪だとも、病気だとも言われてる。これが出て来ると、ほとんどの人は衰弱して死んじゃう。

 

数年前の私: なんとかならないのか?

 

アヤ: ちょっとくらいなら、虹色糸の力を弱らせて、延命することくらいはできるんだけど、ま、ほぼ助からない。

 

数年前の私: 原因はなんだ……?

 

語り: 女は、顔をしかめながら言った。

 

アヤ: …………言いにくいんだけどさあ……強欲な資産家とか、その家族に、まれに出てくる妖怪って言われてる。

 

◆3 言い伝え

 

数年前の私: はあ? なんだ、それは! 俺にバチが当たったとでも言いたいのか?

 

アヤ: いや……あたしに、そんなこと言われてもさ……

 

数年前の私: 千歩譲って、俺の生き方への天罰だと言うのなら、なぜ俺にではなく、ノリコにその妖怪は、取りついたんだ?

俺よりも、もっと酷い事をしている奴は、世界にゴマンといるぞ!

 

語り: その女は、我慢の限界を超えたという感じでわめいた。

 

アヤ: (舌打ち)だから、そんなんあたしが知るかよ! 難しい事故や病気に遭った人間は、みんなそう言うんだよ! 『なんで自分が? なんで自分の家族が?』って。恵まれてる人はさ、みんな自分は例外だって思っているけど。体質とか条件とか、そういうのが、たまたま合っちゃったんじゃないの?

 

語り: 俺は、言葉を失った。

 

アヤ: ま、とにかく、完全に駆除する方法は無いって言われてる……

 

語り: 女は、ノリコに近寄ると呪文のようなものを唱えた。

 

アヤ: (呟くように)…… 化外(けがい)の者たちよ。その者の魂魄(こんぱく)を蝕む者を連れて、帰れ……(できれば息を吹きかける音)


語り: 彼女は、ふっと、息を吹きかけた。気のせいか、部屋全体が揺れたような気がした。

 

アヤ: (玉を「私」に差し出す)ん。覗いてみて……

 

語り: 俺は玉を通してノリコを見た。少し、その虹色の糸は、少なくなっていた。

 

アヤ: 虹色糸はホントやっかいで……ちょっとだけ減らすことはできるけどさ。全部取ることはできないんだよね。

 

数年前の私: 何とかしろ…… 金ならいくらでも出す!

 

アヤ: 約束したお金だけでいいですよ……

私たち詐欺師じゃないし……

 

語り: 嫌な目つきで、突き刺すように言うと、女はドアを開けて出ていった。

 

数年前の私: クソッ! 

 

語り: ノリコが寝ていなければ、何かをぶっ壊したいくらいだった。

その後も、ときどき、あの女に虹色の化け物を減らしてもらうが、日に日にノリコは弱っていった。女にどうにかしてくれと、いくら頼んでもどうにもならないというばかりだった。でも、気になることはあった。女が病院から帰っていく時に、そっと、ドアを開けて見ていたら、廊下を歩きながら、こんなことを言っていたのだ。

 

アヤ: あの言い伝え、本当かなあ。改心する見込みのある人に現れるって。あのやり方もさ……どうかと思うしなあ……

 

◆4 過去

 

 

(場面転換。子ども時代)

 

(SE) 子どもが遊ぶ声。歪んだジングルベルの曲。

 

少女の頃の妻: はあっ……(ため息)。ずっとこんな人生になるのかな……

 

語り: 幼い頃、俺の両親は行方不明になってしまった。それで預けられた児童養護施設で、のちの妻に出会った。ノリコも俺も傷だらけだった。俺たちが預けられ育った児童養護施設は、明らかに外れガチャだった。いじめが横行して、暴力を振るわれても職員は、対応しない。


少年の私: (呟き)大丈夫だ。まかせろ! 今に絶対に、誰にも負けない金持ちになってやる!

 

語り: 彼女は、ほっとしたような顔をした。

 

少女の頃の妻: (呟き)うん……

 

語り: ノリコを守りながら登っていくのは容易なことではなかった。いや、本当に、過去においても、俺は、彼女を守れていたのだろうか? 

彼女を犯したクソを切り刻んで殺したこともあった。

俺は反社会的集団の下働きから、特殊詐欺の番頭になり、トップの成績を上げ続けて、ついに前のオーナーを失脚させて、全てのグループのオーナーになった。


以前、俺は、ノリコ以外の女に夢中になっていたことがある。

ある日、ソファで俺と女がいちゃついている所へ、ノリコはやってきた。俺は、女の首に手を回して長い髪を弄んでいた。

ノリコは手に持っていた、ICレコーダーの再生ボタンを押して印籠のように縦に持って少し首を傾げた。聞こえてきたのは部下と女が、俺の首を取る相談をしている会話だった。女は、がたがた震えはじめた。

 

語り: 俺は、震えている女の首をゆっくりとホールドして一気にひねった。

 

(SE) 骨が折れる音。殺した女を突き倒す音。

 

語り そして、俺は、ノリコの前にゆっくりと膝をついて土下座した。

 

幹部の私: すまなかった……

 

妻: バカ!


語り: 女と裏切った部下は海に沈んだ。ノリコ以外の女は、二度とごめんだと思った。彼女と一緒に地獄まで行く。そう決めている。



 


 

(回想終わり)

 

◆5 変わったものは

 

 

語り: ノリコはどんどん弱ってきていた。もういつ死んでもおかしくない様子だった。

あのやり方がどうこう……と女は言っていた。女は不確実でもあの化け物への何らかの対抗策を知っている……。

くそっ、あの女。それなのに、何がどうあっても教えようとしない。

どんな困難な時も、俺は切り抜けてきた。これも絶対切り抜けてやる……考えろ……考えろ……

……あの女、改心する見込みがどうこうとも、言ってたな。どういう意味だ?

改心……?

 

数年前の私: ひょっとして……

 

語り: 翌日。あの女が、妻に対処療法を施したあと、さっさと帰ろうとしたので、俺は廊下まで追いかけて、問いただした。

 

数年前の私: おい! この化け物は、強欲な資産家かその家族に現れると言ったな!

 

アヤ: は?

 

数年前の私: そう言ったな!

 

アヤ: そう言われてるけど……

 

数年前の私: ひょっとして、俺が強欲な資産家でなくなれば、あの化け物は消えるのか?

 

語り: 女は、困ったような顔をした。

 

数年前の私: どうなんだ! はっきり言え!

 

アヤ: 生き方を変えた人間やその家族から、虹色糸が消えた例も、ほんのわずかだけどあるって聞いたことはある。

でも、ほとんどの場合、財産を丸ごと寄付しても、取りつかれた人は死んだとも聞いてるよ。

正直、私は、あんたなんか、助けたくない。

それでも、ばあちゃんが、行けっていうから、あんたの所に来てる……


語り: 俺は、ゆっくり膝をつき、彼女に対して土下座し、床に頭をつけた。あのとき以来だ。

 

アヤ: 何やってんだよ! そんなことしたって、あたしには、何もできないよ!

 

語り: 俺は、土下座したまま言った。

 

数年前の私: あんたが、廊下で呟いているの聞いた。改心する見込みがある者に、虹色の糸が現れると。だったら、俺にもチャンスはあるはずだ。あんただけが、最後の頼みの綱なんだ。

 

アヤ: はあ? 何言ってるわけ!

 

数年前の私: 俺の全財産、慈善団体に寄付していいと思った。しかし、昔馴染みに電話をして気がついたんだ。

仲間に慈善団体を紹介してくれって俺は言った。そうしたら仲間は何と言ったと思う?

こう言ったんだ。

「乗っ取って資金洗浄のルートに使うのか? 喜んで一枚噛ませてくれ」って、俺の仲間は、そんな奴しかいない。

もう、ノリコは、今にも死にそうだ。

周りにクズしかいない俺には誠実な活動をしている慈善事業を探している時間が無い。

慈善事業を謳っていても、人助けになってないどころか害悪にさえなっている組織もたくさんある。

失敗した奴らは、自分の我欲が叶うかどうかだけ考えて、金だけ手あたり次第にぶん投げたんじゃないのか?

 

アヤ: あんた、馬鹿? こんな小娘に、そんな人脈あるとでも思ってんの?

 

数年前の私: やってみなくちゃわからねえ! 今までの人生、すべてそうだった。だから、ベストを尽くしたいだけだ!

 

アヤ: だーからさあ! 全財産使っても、奥さんが助かる保証なんて無いんだってば!

 

語り: 俺は顔を上げた。

 

数年前の私: 構わねえ! 俺は、ノリコを失ったら、金持ちでいる意味も、生きている意味もねえ! 俺は全てを賭ける! 

もし、やってみて、ノリコが死んでも、あんたや、婆さんに、文句は言わねえ! 

俺もクズだが、かつてはこの地域の四天王と言われた男だ。そのくらいの筋を通す覚悟はある! 

あんたや、あんたの婆さんだったら、何か繋がりがあるんじゃないか? 俺に見込みがないのなら、婆さんは、あんたを俺の所にやったりしないだろう……

……こんなに無慈悲で裏切りばかりの酷い世界だ。それなのにノリコだけが、俺を愛してくれてたんだ……ノリコは、こんな稼業やめて欲しいって何度も言い続けてたのに、ノリコはずっと、俺の傍に居てくれてた……

 

語り: 女は、じっと、俺を見て考え込んでいたが、携帯電話を取り出した。

彼女はどこかに電話をかけ、話はじめた。

 

(SE) 電話のコール音

 

アヤ: あ、あの……ガラーホワさん? アヤです。ガラーホワさん、なんか国際機関に友だちがいるって前に言っていましたよね……話すと長くなるんだけど、聞いてくれたりします?

 

語り: 話し始めてしばらく経ったとき、看護師が、走ってきた。

まさか……

彼女が、話すのを忘れて、目を見開き、口もぽかんと開けたままになった。

 

ガラーホワ: (電話)アヤちゃん? アヤちゃん? どうしたの?

 

アヤ: マジ……? ウソでしょ……?

 

看護師: クラサワさん! 奥様の意識が!

 

語り: 俺は慌てて妻の病室へ駆け込んだ。

 

(BGM) アメージング・グレイス

 

 


 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

◆2

 

 

数年前の私: いくらかかってもいい…… 金なら、いくらでも出す…… ノリコを助けろ……

 

語り: その小柄なショートカットの髪形をした女は、目を閉じてベッドに横たわっている妻を見ていた。

 

アヤ: うーん……

 

数年前の私: 医学的には何の問題も見つからない…… 通常はそんなことはありえん…… 意識も戻らないし、どんどん衰弱していっている。

詐欺師が、多いこの業界で、お前らはこういうことを解決できると聞いた……

 

語り: そのアヤと名乗った女性は、私を汚いものでも見るような目で見た。

 

アヤ: ……ばあちゃん、本当に、この人助ける価値なんてあるのかなあ……

 

数年前の私: はぁ?

 

語り: 女はノリコを、じっと見ていたが、話し始めた。

 

アヤ: あ、いや、ごめん。こっちの話。

奥さんには、悪いけど、正直、凄く難しい状況だね。

 

数年前の私: どういうことだ?

 

アヤ: これ、通して見てみて。

 

語り: 女は透明の玉を取り出した。そこを覗いて、俺は、ノリコを見た。ノリコには……いろいろな色で光るキラキラした無数の糸が絡みついていた。まるで虹みたいだった。

 

数年前の私: なんだ? これは……

 

アヤ: あたしたちは、「虹色糸(こうしょくし)」と呼んでる。

 

数年前の私: だから、それは、何なんだ?

 

アヤ: 謎に包まれている現象で、妖怪だとも、病気だとも言われてる。これが出て来ると、ほとんどの人は衰弱して死んじゃう。

 

数年前の私: なんとかならないのか?

 

アヤ: ちょっとくらいなら、虹色糸の力を弱らせて、延命することくらいはできるんだけど、ま、ほぼ助からない。

 

数年前の私: 原因はなんだ……?

 

語り: 女は、顔をしかめながら言った。

 

アヤ: …………言いにくいんだけどさあ……強欲な資産家とか、その家族に、まれに出てくる妖怪って言われてる。

 

◆3

 

数年前の私: はあ? なんだ、それは! 俺にバチが当たったとでも言いたいのか?

 

アヤ: いや……あたしに、そんなこと言われてもさ……

 

数年前の私: 千歩譲って、俺の生き方への天罰だと言うのなら、なぜ俺にではなく、ノリコにその妖怪は、取りついたんだ?

俺よりも、もっと酷い事をしている奴は、世界にゴマンといるぞ!

 

語り: その女は、我慢の限界を超えたという感じでわめいた。

 

アヤ: (舌打ち)だから、そんなんあたしが知るかよ! 難しい事故や病気に遭った人間は、みんなそう言うんだよ! 『なんで自分が? なんで自分の家族が?』って。恵まれてる人はさ、みんな自分は例外だって思っているけど。体質とか条件とか、そういうのが、たまたま合っちゃったんじゃないの?

 

語り: 俺は、言葉を失った。

 

アヤ: ま、とにかく、完全に駆除する方法は無いって言われてる……

 

語り: 女は、ノリコに近寄ると呪文のようなものを唱えた。

 

アヤ: (呟くように)…… 化外(けがい)の者たちよ。その者の魂魄(こんぱく)を蝕む者を連れて、帰れ……(できれば息を吹きかける音)


語り: 彼女は、ふっと、息を吹きかけた。気のせいか、部屋全体が揺れたような気がした。

 

アヤ: (玉を「私」に差し出す)ん。覗いてみて……

 

語り: 俺は玉を通してノリコを見た。少し、その虹色の糸は、少なくなっていた。

 

アヤ: 虹色糸はホントやっかいで……ちょっとだけ減らすことはできるけどさ。全部取ることはできないんだよね。

 

数年前の私: 何とかしろ…… 金ならいくらでも出す!

 

アヤ: 約束したお金だけでいいですよ……

私たち詐欺師じゃないし……

 

語り: 嫌な目つきで、突き刺すように言うと、女はドアを開けて出ていった。

 

数年前の私: クソッ! 

 

語り: ノリコが寝ていなければ、何かをぶっ壊したいくらいだった。

その後も、ときどき、あの女に虹色の化け物を減らしてもらうが、日に日にノリコは弱っていった。女にどうにかしてくれと、いくら頼んでもどうにもならないというばかりだった。でも、気になることはあった。女が病院から帰っていく時に、そっと、ドアを開けて見ていたら、廊下を歩きながら、こんなことを言っていたのだ。

 

アヤ: あの言い伝え、本当かなあ。改心する見込みのある人に現れるって。あのやり方もさ……どうかと思うしなあ……

 

◆4

 

 

(場面転換。子ども時代)

 

(SE) 子どもが遊ぶ声。歪んだジングルベルの曲。

 

少女の頃の妻: はあっ……(ため息)。ずっとこんな人生になるのかな……

 

語り: 幼い頃、俺の両親は行方不明になってしまった。それで預けられた児童養護施設で、のちの妻に出会った。ノリコも俺も傷だらけだった。俺たちが預けられ育った児童養護施設は、明らかに外れガチャだった。いじめが横行して、暴力を振るわれても職員は、対応しない。


少年の私: (呟き)大丈夫だ。まかせろ! 今に絶対に、誰にも負けない金持ちになってやる!

 

語り: 彼女は、ほっとしたような顔をした。

 

少女の頃の妻: (呟き)うん……

 

語り: ノリコを守りながら登っていくのは容易なことではなかった。いや、本当に、過去においても、俺は、彼女を守れていたのだろうか? 

彼女を犯したクソを切り刻んで殺したこともあった。

俺は反社会的集団の下働きから、特殊詐欺の番頭になり、トップの成績を上げ続けて、ついに前のオーナーを失脚させて、全てのグループのオーナーになった。


以前、俺は、ノリコ以外の女に夢中になっていたことがある。

ある日、ソファで俺と女がいちゃついている所へ、ノリコはやってきた。俺は、女の首に手を回して長い髪を弄んでいた。

ノリコは手に持っていた、ICレコーダーの再生ボタンを押して印籠のように縦に持って少し首を傾げた。聞こえてきたのは部下と女が、俺の首を取る相談をしている会話だった。女は、がたがた震えはじめた。

 

語り: 俺は、震えている女の首をゆっくりとホールドして一気にひねった。

 

(SE) 骨が折れる音。殺した女を突き倒す音。

 

語り そして、俺は、ノリコの前にゆっくりと膝をついて土下座した。

 

幹部の私: すまなかった……

 

妻: バカ!


語り: 女と裏切った部下は海に沈んだ。ノリコ以外の女は、二度とごめんだと思った。彼女と一緒に地獄まで行く。そう決めている。



 


 

(回想終わり)

 

◆5

 

 

語り: ノリコはどんどん弱ってきていた。もういつ死んでもおかしくない様子だった。

あのやり方がどうこう……と女は言っていた。女は不確実でもあの化け物への何らかの対抗策を知っている……。

くそっ、あの女。それなのに、何がどうあっても教えようとしない。

どんな困難な時も、俺は切り抜けてきた。これも絶対切り抜けてやる……考えろ……考えろ……

……あの女、改心する見込みがどうこうとも、言ってたな。どういう意味だ?

改心……?

 

数年前の私: ひょっとして……

 

語り: 翌日。あの女が、妻に対処療法を施したあと、さっさと帰ろうとしたので、俺は廊下まで追いかけて、問いただした。

 

数年前の私: おい! この化け物は、強欲な資産家かその家族に現れると言ったな!

 

アヤ: は?

 

数年前の私: そう言ったな!

 

アヤ: そう言われてるけど……

 

数年前の私: ひょっとして、俺が強欲な資産家でなくなれば、あの化け物は消えるのか?

 

語り: 女は、困ったような顔をした。

 

数年前の私: どうなんだ! はっきり言え!

 

アヤ: 生き方を変えた人間やその家族から、虹色糸が消えた例も、ほんのわずかだけどあるって聞いたことはある。

でも、ほとんどの場合、財産を丸ごと寄付しても、取りつかれた人は死んだとも聞いてるよ。

正直、私は、あんたなんか、助けたくない。

それでも、ばあちゃんが、行けっていうから、あんたの所に来てる……


語り: 俺は、ゆっくり膝をつき、彼女に対して土下座し、床に頭をつけた。あのとき以来だ。

 

アヤ: 何やってんだよ! そんなことしたって、あたしには、何もできないよ!

 

語り: 俺は、土下座したまま言った。

 

数年前の私: あんたが、廊下で呟いているの聞いた。改心する見込みがある者に、虹色の糸が現れると。だったら、俺にもチャンスはあるはずだ。あんただけが、最後の頼みの綱なんだ。

 

アヤ: はあ? 何言ってるわけ!

 

数年前の私: 俺の全財産、慈善団体に寄付していいと思った。しかし、昔馴染みに電話をして気がついたんだ。

仲間に慈善団体を紹介してくれって俺は言った。そうしたら仲間は何と言ったと思う?

こう言ったんだ。

「乗っ取って資金洗浄のルートに使うのか? 喜んで一枚噛ませてくれ」って、俺の仲間は、そんな奴しかいない。

もう、ノリコは、今にも死にそうだ。

周りにクズしかいない俺には誠実な活動をしている慈善事業を探している時間が無い。

慈善事業を謳っていても、人助けになってないどころか害悪にさえなっている組織もたくさんある。

失敗した奴らは、自分の我欲が叶うかどうかだけ考えて、金だけ手あたり次第にぶん投げたんじゃないのか?

 

アヤ: あんた、馬鹿? こんな小娘に、そんな人脈あるとでも思ってんの?

 

数年前の私: やってみなくちゃわからねえ! 今までの人生、すべてそうだった。だから、ベストを尽くしたいだけだ!

 

アヤ: だーからさあ! 全財産使っても、奥さんが助かる保証なんて無いんだってば!

 

語り: 俺は顔を上げた。

 

数年前の私: 構わねえ! 俺は、ノリコを失ったら、金持ちでいる意味も、生きている意味もねえ! 俺は全てを賭ける! 

もし、やってみて、ノリコが死んでも、あんたや、婆さんに、文句は言わねえ! 

俺もクズだが、かつてはこの地域の四天王と言われた男だ。そのくらいの筋を通す覚悟はある! 

あんたや、あんたの婆さんだったら、何か繋がりがあるんじゃないか? 俺に見込みがないのなら、婆さんは、あんたを俺の所にやったりしないだろう……

……こんなに無慈悲で裏切りばかりの酷い世界だ。それなのにノリコだけが、俺を愛してくれてたんだ……ノリコは、こんな稼業やめて欲しいって何度も言い続けてたのに、ノリコはずっと、俺の傍に居てくれてた……

 

語り: 女は、じっと、俺を見て考え込んでいたが、携帯電話を取り出した。

彼女はどこかに電話をかけ、話はじめた。

 

(SE) 電話のコール音

 

アヤ: あ、あの……ガラーホワさん? アヤです。ガラーホワさん、なんか国際機関に友だちがいるって前に言っていましたよね……話すと長くなるんだけど、聞いてくれたりします?

 

語り: 話し始めてしばらく経ったとき、看護師が、走ってきた。

まさか……

彼女が、話すのを忘れて、目を見開き、口もぽかんと開けたままになった。

 

ガラーホワ: (電話)アヤちゃん? アヤちゃん? どうしたの?

 

アヤ: マジ……? ウソでしょ……?

 

看護師: クラサワさん! 奥様の意識が!

 

語り: 俺は慌てて妻の病室へ駆け込んだ。

 

(BGM) アメージング・グレイス

作品ご利用に関して


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